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【深層心理の謎】デビュー作で称賛を受けると創造性が損なわれてしまうのはなぜ?

2022.08.07

人に称賛されて悪い気持ちはしないとは思うが、どうやらそこには大きな落とし穴があるのかもしれない。“褒められた自分”を自分の中で認めてしまえば、次の展開がきわめて難しくなりそうだ――。

“一発屋”について考えながら鶯谷の街を歩く

 人は誰でも1冊の本を書くことができるといわれている。しかし1冊といわずに2冊、3冊と書きたいという向きもあるだろう。1冊で終わることと、何冊も書き続けることの違いはどこにあるのだろうか。


※画像はイメージです(筆者撮影)

 JR山手線・鶯谷駅界隈に来ていた。夜8時を過ぎたところだ。今日の仕事はもう手仕舞いにしてもよい。ちょうどいい時間でもあるし、帰路に就く前にどこかで「ちょっと一杯」にしてみたい。駅の北口から言問通りに通じる通りを進む。夏本番の陽気で日が暮れてからも暑い。日中に暖められた空気がそのまま滞留している感じだ。

 某有名アスリートの第一線からの引退がニュースになっている。冬季五輪を2連覇したまさに国民的英雄だが、近年は怪我に悩まされていたようである。

 ともあれこうして記者会見を開いて引退を発表する選手がいる一方で、大半の選手は特に知られることなく、ひっそりと姿を見せなくなるのだろう。

 またアスリートはもちろん、クリエイタ―でもタレントでもビジネスマンでも、そのキャリアの初期に称賛を浴びてさらに将来を嘱望されるも、その後は精彩を欠き目立つことなくフェードアウトしていく人々も少なくはない。続にいう“一発屋”と呼ばれる歌手や芸人はその典型例ともいえる。

 もちろん自分の人生のうえで“ひと花咲かせる”ことができれば、それでよしとする考えもあるだろう。たとえば最初に書いた本がベストセラーになり、一生食うに困らないお金を稼ぐことができたとすれば、経済面からはその後の人生で無理して2冊目を書くこともなくなる。

 それはそれで羨ましい人生ともいえるのだろうが、結果としてそうなったにせよ“一発屋”で終わりたくないと、悪戦苦闘を繰り広げているケースも少なくないはずだ。若い時に人生の最盛期を迎え、その後に鳴かず飛ばずというのは、確かに寂しいことであるのかもしれない。まぁ考え方ひとつではあると思うが…。

 アスリートには生理学的な体力の衰えは避けられず、当人はもっと活躍したいと思っていても現役引退を余儀なくされる日は案外早くやってくる。タレントや俳優には加齢による容姿の変化があるが、これについてはうまくイメージチェンジを図ることで、活躍期間を延ばせる可能性は残っていそうだ。

 その点、活躍可能な期間の長さという観点から、クリエイターはアスリートやタレントよりもかなり有利であるはずなのだが、しかし現実には“一発屋”も少なくないだろう。デビュー作で賞を受賞して、事実上はそれで作家活動を終えてしまっている作家もいたりする。

 その点、身体を動かせばなんとか形にはなるスポーツやパフォーマンスに比べて、創作活動はやる気がないことには1ミリたりとも前には進んでいかない。そして自分でも凡庸と思えるアイデアしか思いつけないとすれば、創作に取り組む気持ちにすらなれなかったりもする。何事も一筋縄ではいかないものだ。

創作活動の初期の段階で称賛を受けると創造性が損なわれる

 駅前の通りを進む。道の両側に並んで建つポールには「鶯東会」というプレートが掲げられている。ここは商店街なのだ。


※画像はイメージです(筆者撮影)

 たとえ“一発屋”だとしても、人生の上でひと花咲かせた体験を得ているわけであり、それすら味わったことのない自分にはじゅうぶんに羨ましい存在である。しかし“一発屋”と呼ばれる所以は、その後が“不発”であるということだ。

 どうして“一発屋”が2発目、3発目を打てないのか? 最新の研究では、デビュー作など初期の段階で人々から称賛を受けることで、皮肉にもその後の創造性が損なわれることが報告されていて興味深い。デビュー作で賞を取ったりするようなケースにおいて“一発屋”になる確率が高まるというのだ。

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 私たちの理論モデルは、特に最初の作品に賞や表彰が授与された場合、最初の作品の目新しさが2番目の作品を作成する可能性を下げる可能性があることを強調しています。

 この効果は主に、以前の小説制作で賞を受賞した個人が、それに続く小説作品を制作しなければならないことを予期したときに、(自己の)創造的アイデンティティに対するより大きな脅威を経験するために発生します。

 私たちの調査結果は創造性を長期にわたって維持することの複雑さを浮き彫りにし、一部の制作者が創造的な努力を放棄する理由についての洞察を提供します。

※「National Library of Medicine」より引用
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35549286/
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 ワシントン大学オーリン・ビジネス・スクールとオランダのロッテルダム経営大学院の合同研究チームが2022年5月に「Journal of Applied Psychology」で発表した研究では、クリエイターが初めて手掛けた作品が賞を受賞するなどして称賛されることで、それに続く作品を生み出すことが難しくなり、結果的に“一発屋”に終わってしまう可能性が高まるメカニズムを解説している。

 研究チームはイギリスで出版された224人の著者の初めての料理本のデータを収集し、そのうち2冊目の料理本を出版した著者は50%にとどまっていることを突き止めた。さらに興味深いのは、最初の料理本の内容が斬新であるほど、2冊目の料理本が出版される可能性が低くなっていたこともまた浮き彫りになっている。

 続いて研究チームはビジネススクールの学生たちに対して実験を行い、学生の半数には「非常に独創的で斬新」な料理本を企画することを求め、残りの半数には「非常に堅実で伝統的」な料理本を企画することを求めた。

 料理本の企画を完了させた後、続いて学生たちは2冊目の料理本の企画を考えることが求められた。その際、最初に手掛けた料理本の続編になるような同じコンセプトの本にするか、最初の本とは直接関係のない新たな企画を立てるか、その2つのうちのどちらかを選択することが要求された。

 このようにして収集されたデータを分析してみると、最初の企画で「非常に独創的で斬新」な料理本を企画した学生たちは、2冊目の企画では続編を選ぶ可能性が高くなり、もう一度斬新なアイデアを生み出そうとする気持ちが弱くなっていることが示されたのである。

 研究チームによれば最初の作品できわめて独創的で脚光を浴びる成功した作品を手がけることで自分のクリエイティビティへの要求水準が高まり、納得できる2作目のアイデアを生み出すことが難しくなるということだ。その結果、2作目を放棄すること、つまり“一発屋”になる可能性が高まるのである。

クミンの香り漂う羊肉の串焼きで「ちょっと一杯」

 言問通りに突き当たり歩道を右折し、入谷方面に進む。某牛丼チェーン店があるが、今は牛丼という気分ではない。もう少し先へ行ってみよう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 そもそも最近はテレビもほとんど見ていないし、話題の小説なども久しく読んでいないので、今の世の中にどのような“一発屋”がいるのかよくわかってはいない。そしておそらくすでに姿を消した最近の“一発屋”も知ることがないままであったのだろう。自分にとってまさにパラレルワールドの出来事である。

 雑居ビルの前の路上に置かれた赤いスタンド看板が目に入る。店名の横には「お食事呑み処」とあり飲食店のようだ。ビルまで来てみると、店の入口は施設内の奥にあることがわかる。入口の前の壁には料理の写真がいろいろと貼ってあり、基本的には中華料理店のようだ。食事をするわけではないのだが、中華メニューで飲むのもいいだろう。入ってみよう。

 オフィス向けの物件を改修したと思われる店内で、入口は小さいものの店内はけっこう広い。カウンターにテーブル席、加えて小上がりの座敷席もある。4組のほどの先客がいた。

 お店の人にカウンター席に案内され、まずは酎ハイをお願いする。店内の壁には写真付きのメニューが所狭しと貼られていて何を注文すべきか迷うこと必至だ。

 酎ハイとお通しがやってきたタイミングでホワイトボードに書かれてあった本日のおすすめの中から「カニ玉」と、なかなか珍しい「羊肉串焼き」を2本お願いした。

 羊肉の串焼きは池袋の中華料理店で何度か食べたことがあったが、クミンの香りが独特でなかなか美味しかった記憶がある。どんな一品が出てくるのか楽しみだ。

 今どんな“一発屋”がいるのかわからないのだが、ひと昔前までは仕組まれたヒットソングというのが確かにあった。たいていはテレビCMに起用されてサビの部分が人々の耳に入り、何度も聴かされることで好感を持たれてその年を代表する楽曲になったりしていたのだ。そしてその多くの歌手は“一発屋”となってしまった。今もそうした曲があるのだろうか。

 羊肉串焼きがやってきた。鉄串がけっこう長い。案の定クミンの爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。さっそくいただくことにしよう。


※画像はイメージです(筆者撮影)

 わりと硬く焼かれていて歯応えがある。香辛料の香りと辛めの味付けでお酒が進んでしまう。こうした機会でもなければ食べられないメニューであることは間違いない。

 羊肉串焼きは多くの日本人にとっては目新しい料理だと思うが、当然だが中国のしかるべき地域では伝統的なメニューなのだろう。このように伝統に裏打ちされた目新しさというのが重要なポイントになるのかもしれない。

 流行り廃りに翻弄されたくないものだが、流行は広く世に知られるチャンスでもある。たまたま注目を集めることがあっても、一過性のものでは終わらせない内容と実力を備えていればきっと次の展開もあり得るのだろう。

文/仲田しんじ

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