地球から1億5千万キロ離れた太陽の活動がもたらす影響が大きな注目を集めている。太陽は”太陽フレア”と呼ばれる巨大な爆発現象を引き起こすがことがあり、そこで生じた強力な電磁波やプラズマ噴出などによる太陽嵐が地球に到達すると、人工衛星や電子機器を破壊したり発電所を停止させるといった被害をもたらす場合がある。現代社会は太陽嵐の影響を受けやすい電子機器に囲まれており、放送通信や天気予報、GPSなど日常生活で活用するのが当たり前になっている人工衛星はさらに被害を受ける可能性が高い。イーロン・マスクやジェフ・ベゾスらが進める宇宙ビジネスもすでに太陽嵐の被害を受けている。
「宇宙天気」が注目される理由
こうした太陽活動がもたらす影響は「宇宙天気(Space Weather)」と呼ばれ、用語としては1950年代に登場し1990頃から使われ始めている。日本を含む世界各地で観測が行われ、さらに観測データを分析し宇宙天気を”予報”することで被害を防ごうという動きが進められている。海外では海洋と大気に関する調査研究を専門とするNOAA(アメリカ海洋大気庁)の宇宙天気予報センターやイギリス気象庁が宇宙天気予報を公開している。日本ではNICT(情報通信研究機構)が20年ほど前から太陽フレアの発生予測につながる黒点などの観測情報を「宇宙天気予報」として専用サイトで公開している。
日本は世界でも早く太陽活動の観測に取り組んでおり、京都大学の大学院理学研究科付属天文台の一つである「花山(かざん)天文台」に1929年に設置された現役としては日本最古のザートリウス望遠鏡を使用した太陽観測活動が現在も続けられ、観測データはWebサイトで公開されている。京都の中心地から車で数十分の東山にある天文台は、観測実習や校外学習が行われる教育施設として重要な役割を果たしており、一般公開やツアー企画も行われている。太陽物理学を専門とする太陽研究の第一人者であり、2年前まで台長を務めていた柴田一成博士は、「日本の太陽研究は世界でもレベルは高いが研究者の数が少なく、宇宙天気の重要性も最近になってようやく認識されはじめたばかり」と指摘する。
京都の花山天文台では日本最古の望遠鏡を使用した観測が現在も行われている
柴田博士自身は1994年4月に太陽の爆発を観測し、大量に噴出されたプラズマが地球に到達するのを予報してシカゴの電力発電所を大停電の危機から救ったという経験から、宇宙天気の重要性を強く感じていたと言う。宇宙天気を学ぶには太陽物理学の知識と地球を取巻く大気や磁場に関する知識が必要となり、NOAAはNASAと連携して宇宙天気予報を学ぶ機会を設けているが、宇宙嵐の予報を正確に出す『宇宙天気予報士』と呼ばれる公式な資格は今のところ存在していない。柴田博士は今こそスペシャリストの育成が必須だと考え、その第一歩として花山天文台で続けられてきた教育ノウハウを活かした日本初の「宇宙天気講座」を今年4月よりスタートさせた。
入門編には応募者が殺到、9月からは応用編も始まる
講座は入門編と応用編があり、講師は柴田博士と同じく日本を代表する宇宙天気の研究者である東北大学災害科学国際研究所の小原隆博博士が務める。入門編では宇宙天気に関する基礎知識を学び、9月から始まる応用編は、宇宙開発や宇宙ビジネスに関わる宇宙天気により生じる災害や宇宙天気予報について詳しく学ぶことが予定されている。当初、入門編はビジネスパーソンを含む一般市民を対象に30人ほどで応募を始めたところあっという間に定員を超え、最終的には130人ほどまで増えた。幅広い年代と背景を持つ人たちから応募があり、関心の高さに驚かされたという。
入門編は8月25日に終了するが、現在募集中の応用編は入門編の基礎知識が不可欠となることから、希望者には録画での受講を受け付けている。「今のところは講座はオンラインのみでの参加だが、宇宙天気予報士の誕生に向けて必要となるであろう観測実習を花山天文台で行うことも計画している」と柴田博士は話す。天文台には本館と別館にそれぞれ1台ずつ屈折式の望遠鏡があり、太陽の分光スペクトル観測望遠鏡がある太陽館と併せていずれも現役で使用できる。昭和の貴重な洋式建築物として残されたもう一つの天文施設は歴史館として様々な資料が展示されており、観測技術の進化を知ることができる。
本館にある45cm屈折赤道儀の架台は昭和4年の創設時に京大時計台キャンパス
から移設された。
別館にあるザートリウス18cm屈折赤道儀は現役日本最古ながら現在も太陽観測に使用されている
太陽館には太陽の光を観測する様々な機材が揃っており実習でも使われている
精密時計を補正するなどの目的に用いられていた歴史館は貴重な資料が展示されている