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電気自動車は本当にエコなのか?製造業に問われるライフサイクル全体での環境負荷軽減策

2022.07.23

 気候変動問題は年々深刻化しており、温室効果ガスとなるCO2排出を抑え、地球環境に貢献する次世代自動車として、今後大きく普及が見込まれるのが電気自動車(EV)です。現在、ガソリン車ベースのハイブリッド車ではなく、電気自動車を推進する動きが世界的に加速しており、日本でも電気自動車に関連するニュースが連日報道されています。ところが、走行中のCO2排出量がゼロであることからガソリン車よりも環境に良いとされる電気自動車(EV)も、実は製造時のCO2排出量はガソリン車の2倍かそれ以上になるという試算があります。

 また、電気自動車を使う場面でも、充電時に天然ガスや石炭、石油などの化石燃料による発電方式の電気を使っていれば発電時にCO2が排出されるため、環境への負荷は完全に軽減されるわけではありません。太陽光・風力・地熱・水力発電などによる再生可能エネルギーを活用することで、電気自動車の実質的なCO2排出量を大きく削減できるのです。その点で日本は欧米に比べて再生可能エネルギーの普及が遅れています。

 2020年の日本の発電は化石燃料による火力発電の割合が全体の約76%を占め、再生可能エネルギー発電の割合は約20%にとどまっています(総合エネルギー庁調べ)。したがって現状のままでは、EV車がいくら普及してもCO2削減には十分につながりません。サステナブルな移動手段として電気自動車を普及させるのであれば、再生可能エネルギーの大幅な普及が絶対的に必要な条件なのです。

 課題はEVを動かす為の電力だけではありません。車内インテリアの素材やバッテリー、部品の製作の際に工場で使用している電力やその過程で排出される温暖化ガスも抑える工夫や施策をしなければ、いくらEVが普及したとしても環境負荷は大きい状態のままになってしまいます。したがって自動車産業にはあらゆるプロセスで環境への負荷を減らし、SDGsに代表されるサステナブルな産業へと変革することが必要です。

 そこで重要になってくるのが、「ライフサイクルアセスメント(LCA)」という評価方式です。ライフサイクルアセスメントとは、「ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)またはその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法」になり、多くの場合これをCO2排出量の観点から計算します。

 日本政府も「2050年までに実質的に排出量をゼロにする」ことを目標として掲げていますが、そのためにはライフサイクル全体におけるCO2排出量を抑えることが必須となります。

再生可能エネルギーで充電するかどうかでCO2排出量が大きく変わる

 そうしたライフサイクル全体でのCO2排出量を把握し、評価する考えを世界でいち早く取り入れている例として、スウェーデンの自動車メーカーであるボルボ・カーズの取り組みがあります。ボルボでは欧州で2019年に発売した同社初の電気自動車であるXC40 Recharge以降、発売するEV車ごとにLCA報告書を発行しています。

 ボルボの電気自動車C40 RechargeのLCA報告書によると、風力発電などのクリーンエネルギーで充電した場合、車のライフサイクルにおけるCO2排出量は、従来の内燃機関(ICE)エンジンを搭載したXC40の半分以下になるとのことです。一方で、化石燃料で発電した電気で充電すると、その差は遥かに小さなものになると試算されています。

◆各電力による二酸化炭素排出量に関する損益分岐図(ボルボC40 RechargeのLCA報告書より引用)

損益分岐図。XC40 ICE(波線)とC40 Recharge(使用段階での電力ミックスが異なる)の総走行キロ数に応じたGHG排出量の総量です。線が交差する地点で、2台の車の間で損益分岐が発生します。
使用段階を除くすべてのライフサイクル段階をまとめ、距離ゼロで各線の起点とします。

 ボルボのオフィシャルサイトでは、「電気自動車の利点と課題」として以下が指摘されています。

「2040年までにクライメートニュートラルの実現を目指す私たちの展望のなかで、電動化は重要な役割を担っています。その一方で電気自動車は、すべての人に関わる新たな課題も生み出しています。化石燃料発電による電力で充電した場合、電気自動車の利点である環境負荷を低減する効果は十分に得られません。車両1台が寿命を迎えるまでの間に生じるCO2の総量は、再生可能な電力で充電してこそ大幅に削減できるのです。充電という要素は、電気自動車の普及にも影響します。より多くの人が電気自動車に乗り換えられるようにするためには、充電インフラの充実が欠かせません。」

 ボルボが挙げている「クライメートニュートラル」とは、工場や販売店も含め、車の製造から使用、リサイクルから再使用に至るまで、温室効果ガスの排出をトータルでゼロにすることを指しています。この実現を2040年までに行う為には、充電時の電気を再生可能エネルギーにしていくことが重要な構成要素のひとつになるということです。

 ボルボはこうした観点から、2021年11月、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に合わせて、世界のリーダーやエネルギー供給者に対し、クリーンエネルギーへの投資を大幅に増やすよう呼びかけています。国際エネルギー機関(IEA)が発表した「2021年世界エネルギー投資報告書」によると、クリーンエネルギーへの投資は「緩やかな増加傾向」にあるものの、計画されている投資額は「気候変動による深刻な影響を回避するために必要な額をはるかに下回っている」とされています。

 世界ではすでに産業革命前の平均気温を約1度上回っているにもかかわらず、いまだ化石燃料への投資額が気候変動対策への投資額を上回っているのが現状です。2050年に脱炭素を実現するためには、今後あらゆる緊急対策が必要になることを考えると、車のライフサイクルにおけるCO2排出量削減へ向けた取り組みはすぐにでも対策を始める必要のある非常に重要な課題だと考えられます。我々消費者としても、これまでとは発想を変え、インフラや電力供給のあり方と移動手段とを一体化して考える必要があるのです。

製造から使用までライフサイクル全体で環境負荷を軽減する

 充電時に使用する電力には各国政府やエネルギー関連企業によるインフラ整備が必要になりますが、製造段階などその他のプロセスにおいて各自動車メーカーはより持続可能なアプローチをすることが可能です。ボルボのLCA報告書によると、例えばC40 Rechargeの製造時のCO2排出量は、ガソリンエンジンを搭載したXC40と比べて70%高くなっています。その要因は主に、バッテリーとスチールの生産における二酸化炭素排出量と、アルミニウムの割合が増加したことにあります。

 そこでボルボでは、化石燃料を使用しないスチールの開発や、サプライヤーとのコラボレーションによって100%再生可能エネルギーを使用してバッテリーを生産しようと計画しています。ボルボ・カーズと新興電池メーカーのノースボルトはスウェーデン・ヨーテボリの近郊に大規模なEV用電池工場を23年から建設開始し、25年から稼働開始予定である(写真提供=ボルボ)。

 ボルボ・カーズはスウェーデンの鉄鋼メーカーであるSSAB社と提携し、自社の生産車に化石燃料を使用しない鉄を用いる最初の自動車メーカーになることを目指している(写真提供=ボルボ)。

 また、レザーの大量使用は生態系保全の観点やアニマルウェルフェアのからも問題視されていますが、レザーに比べてCO2排出量を74%削減できる、バイオ由来の原料とリサイクル原料を使用した独自の新素材や、セルロースを原料とするテンセル™繊維を含む環境に配慮した素材などを車内に使用することで、安全性と快適性を備えた環境負荷を低減したクルマを実現しています。プラスチックの使用削減は、海洋プラスチックごみ汚染問題の観点からも重要視されていますが、こうした様々なサスティナブルな素材開発がより魅力的な代替素材を生み出すことにつながると期待したいところです。

 このような環境に配慮した素材を使用したクルマづくりとCO2排出量削減の姿勢を示す取り組みの最右翼に位置するのが、ボルボの“コンセプト・リチャージ”というコンセプトカーの開発です。これにより、脱炭素化されたサプライチェーン、製造プロセス、自動車の使用段階におけるクリーンエネルギーの使用を組み合わせることで、CO2排出量を2018年製のボルボXC60と比較して80%削減できると試算しています。

 欧州のプレミアムブランドであるボルボの例は、かなり最先端の取り組みかもしれません。しかし、日本の各メーカーも、ライフサイクル視点での材料・部品・モノづくりを含めたトータルでのCO2排出ゼロへ向けてすでに動き出しています。大切なのは、ボルボのような優良事例から学べるところを学びとり、翻って自分(たち)で出来ることに組み入れることで、サステナブルな社会への変革を行っていくことです。SDGsの達成には、こうした取り組みが欠かせません。

 これからは単に電気自動車だから環境に良い、というだけではなく、ライフサイクル全体で循環型社会を実現しようとしているかどうかを見極め、ブランドや車を選ぶ時代に入っていくでしょう。総合的にモノを見ること、言い換えれば、モノの「ストーリー」を買うという時代が到来しようとしているのです。

文/蟹江憲史

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科にて博士学位を取得。北九州市立大学助教授、東京工業大学大学院准教授などを経て、2015年より現職。日本国政府「持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議」委員などを務め、国際的、国内的にSDGsや環境問題を中心に多方面で活躍している。https://kanie.sfc.keio.ac.jp/profile.html

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