月の巨大なクレータ群が不思議な模様を浮かび上がらせる。日本では、地球から見た月は「餅をつく兎(うさぎ)」に見える、そんな穏やかで親しみのある月のイメージが強い。しかし、実際には月の環境はとても過酷だ。温度環境、放射線環境など、中でも隕石。実は、月では隕石が想像以上に降り注いでいるというのだ。
穏やかな月のイメージが一変!?
読者のみなさんは、月というと何を思い浮かべるだろうか。お餅をつく兎(うさぎ)だろうか。かぐや姫というおとぎ話だろうか。それとも、アポロ計画やアームストロング船長だろうか。おそらく人それぞれ月に対する思い、考え、イメージが異なることだろう。概して月に対して日本人の多くは、優しいイメージ、穏やかなイメージ、夢のあるイメージ、そんなイメージが強い。
しかし、実際の月の環境は非常に過酷だ。太陽が当たる時と当たらない時の温度差、空気(大気)がない、大量に降り注ぐ宇宙放射線、ガラス状で有害で月の砂レゴリスなどだ。そして、隕石も然り。よく目にする月面の画像から分かるように、月の表面に存在するクレーターの大きさ、数からして多くの隕石が降り注いでいるのだ。実は、地球に暮らすのとは、大分かけ離れた環境であることがわかっているのだ。
アポロ計画から約50年。人類は再び月を目指そうとしている。それは、米国が主導するアルテミス計画、中国の月の裏側のプロジェクトやILRS計画などだ。これらの計画は、有人活動、つまり月の隕石の課題の把握をし、しっかりとした対策をすることが必要になる。
予想外に月に降り注ぐ驚きの隕石の力
少し古いデータだが、2009年に、アメリカ航空宇宙局NASAは、月の周回軌道へLunar Reconnaissance Orbiterという探査機を投入。月面の高解像度写真を100万枚以上撮影してきた。その写真のうち1万4000枚ほど、アリゾナ州立大学とコーネル大学の研究チームが、同じ場所を撮影したものを時期をずらして分析、調査を行った。その結果、予想を上回る速度で、月面に隕石が降り注いでいることが判明したのだ。また、過去7年間の月面を調べてみたところ、大きいもので優に直径40mを超えるクレーターが新たに222個も生まれていることも判明したという。さらには、月面に隕石が衝突するときに溶岩が発生するそうだが、その溶岩が高速で飛び散って他の月面に落ちた時に作られた月面の変化は、実に4万7000ヶ所を超えていることが確認されている。8万1000年ほどの周期で、月面全体が全く新しい形で一新されていることも明らかになっているということも判明した。
つまり、大昔にみえていた月は、「餅をつく兎(うさぎ)」ではなかったかもしれないということだ。そう考えれば、月面着陸を果たしたアポロ宇宙飛行士の足跡なども、いまごろはすっかりなくなってしまっているのかもしれない。
本当に月に人は住めるのか?
実は、どれくらいの頻度で、月に隕石が降り注いでいるのかのデータは正確にはわかっていない。しかし、月の地震の震度を測定することができる月震計(げっしんけい)から推測することができるという。アポロ計画の時に米国が月に設置した月震計を使うのだ。
月震計のデータによると、月震全体のうち、隕石の衝突によると思われるものは、全体の15%程度で、数でいうと7年間に隕石の衝突と判明したものは、1743個になるという。実際には、アポロ計画のときに設置した月震計は月の表側の一部に集中して設置されているので、月面全体に落下する隕石の数は、これよりはるかに多いことは間違いない。
アリゾナ州立大学とコーネル大学の研究チームは、月の地表面になんらかの建造物を設置する場合、宇宙空間から飛んでくる隕石などの落下物が当たってしまい、破壊される確率は、定量値は不明だが高いと報告している。
実際に、地球でさえ1mmサイズの隕石が30秒ごとに落下してきていると言うが、幸いなことに、それらは大気によって燃え尽きている。1mサイズの隕石は1年に1回程度落下しているようだが、空中で小規模な爆発を起こし、破片が地面に到達することはないと言う。地球でさえ、これくらいの頻度で落下しているため、月も同程度と考えると、しかも、大気がない月と考えると非常に怖い。
大気のない月で大量に降り注ぐ隕石に対する対策は、隕石が衝突しても大丈夫な頑丈な住居や施設にする、というアイデアはあるだろう。他にはどのようなものがあるだろうか。NASAは、直径500mを超す巨大小惑星「ベンヌ」が、2135年9月22日に地球に衝突する可能性があると発表した。衝突の可能性は低いらしいが、衝突した場合の威力は、米国が現在配備している核弾道ミサイル群に匹敵するとしている。そのため、NASAは、衝突回避のための計画「HAMMER」の宇宙船コンセプトデザインを設計した。このHAMMERを巨大小惑星「ベンヌ」に突っ込ませるか、核装置を使うかのいずれかの手段で、地球に向かうベンヌの軌道を変えさせることを検討しているのだ。
HAMMERはNASAの実際的なプログラムではなく、目的はこうした装置を設計する際の技術的課題について調べることにある。小惑星は、予想される衝突の何年も前であれば、小さな力を加えるだけで、簡単に軌道を変えることができる。一方、直前に介入しようとすれば多大な威力が必要になり、衝突が避けられない事態にもなりかねない。
そうした事態を想定して、NASAは「惑星防衛調整局」を設置している。同局はHAMMERのような衝突回避策について研究するほか、地球に接近する恐れがある小惑星の軌道研究も担う。
同プログラムを通じてこれまでに発見された地球接近天体(NEO)は約1万8000個に上り、うち約1000個は直径1kmを超す極めて危険な天体に分類される。NEOの研究プログラムは、さまざまな形で1970年代から存在してきたという。
人類にとって住み慣れた地球を離れるのは、予想以上にハードルが高いのが現実なのだろうか。いやきっと最新のテクノロジーを持って解決策が生み出されることだろう。
文/齊田興哉
2004年東北大学大学院工学研究科を修了(工学博士)。同年、宇宙航空研究開発機構JAXAに入社し、人工衛星の2機の開発プロジェクトに従事。2012年日本総合研究所に入社。官公庁、企業向けの宇宙ビジネスのコンサルティングに従事。新刊「ビジネスモデルの未来予報図51」を出版。各メディアの情報発信に力を入れている。