キングジムというメーカーの名前を聞き、『ポメラ』を連想する人は少なくないだろう。
ネット接続機能を持たないこのデジタルメモはライターや小説家、脚本家といった「物を書く人々」の間で広く普及している。
筆者のとある知り合いも、ポメラを使わないとなかなか筆が進まないそうだ。「PCだと、ついついネットや動画に寄り道しちゃうんだよね」とのこと。
そんなポメラが、4年ぶりの新機種を発表した。『DM250』である。
スタミナと校正支援機能が大幅強化
7月12日、東京・赤坂。
この日はあまり天候が良くなく、空もどんよりとした灰色だった。筆者は静岡から高速バスに乗って移動したのだが、いつものようにバイクに乗っていたら悲惨なことになっていただろう。
幸いにも、バイクは車検に出していたため高速バスに乗車という運びとなったのだが。
この発表会はオンライン参加も可能だった。しかし、実地取材は「製品に触れることができる」という何ものにも代えがたい利点がある。
多少の悪天候くらいでひるんではいけない。
会場に入ってすぐ、筆者は目的の製品を見つけた。
今回発表されたポメラシリーズ『DM250』は、6年前の機種である『DM200』のデザインを踏襲している。
が、その中身は長足の進化を遂げている。
まず言及すべきは、最大約24時間の連続使用時間。これはもちろん待機電力ではなく(『DM250』は天板を閉じると電源がオフになる)、充電をしていない状態でぶっ通しの操作ができる最大時間。
『DM200』は約18時間だったことを考えると、大胆な性能向上を果たしたと言える。
そしてATOK校正支援機能を強化し、より精度の高い文章の作成を実現。誤字脱字や「てにをは」の整合性は、全ての物書きの悩みどころ。それを解消してくれる機能が、『DM250』には備わっている。
また、専用アプリ『pomera Link』を使ったデータの送受信も可能。『DM250』だけでなく、スマホでも文章の閲覧・編集ができる。おお、これは便利!
シナリオ執筆に最適の機能も
筆者も実機を触ってみた。
筆者が小説投稿サイトで公開している作品の序文を、『DM250』に打ち込む。横17mm、縦15.5mmのキーピッチ(これは『DM200』と同様)は太くて短い筆者の指には若干窮屈な気もする。
しかし筆者よりも小さい体躯の人や女性ならばちょうどいいだろう。
嬉しいことに、7.0インチTFT液晶の下方に文字数が表示されている。
ライターにとって、文字数の確認は非常に重要。それを一目で把握できる機能は、本当に頼もしい!
そして、筆者は最も評価しているのは「シナリオモード」である。これはシナリオライター向けの機能で、フォーマットを脚本用の体裁にしてくれるのだ。
この『DM250』は、「クリエイターの存在」を強く意識している。搭載辞書も『角川類語新辞典.S』『明鏡国語辞典 MX』『ジーニアス英和辞典 MX』『ジーニアス和英辞典 MX』が用意されている。
紙の辞書がなくとも、物書きにつまずくことはないだろう。
もはやこれは「デジタルメモ」ではなく、執筆創作者の片腕にもなるような「クリエイターツール」と言えるのではないか。
当初は反対意見が多かったポメラ
2008年11月に初代機種が登場したポメラは、キングジムの社員が一丸となって世に送り出した製品…というわけではなかった。
むしろ、反対意見が多かったという。
2008年当時の小型ノートPCの性能向上は、まさに「飛躍的」と表現できるほどだった。重苦しい端末はどんどん小型化し、片手で持ち出せるほどのサイズに収まった「ネットブック」なるものまで登場した。
その一方で、文章作成機能に特化したワードプロセッサー(いわゆるワープロ)は軒並み製造を終えてしまった。
このあたりに執筆業従事者から不満の声があったのは事実だ。
小学館の雑誌でもよく記事を書いているとある作家は、
「ゲーム専用コンピューターがあるのだから、執筆専用コンピューターがあってもいいじゃないか」
と、公言していた。
それでも、当時は多くの人がノートPCの急速進化に目を奪われていた。
キングジム社内も「メモしかできない端末」には懐疑的な声が大きかったという。
が、この企業の経営理念は「独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する」である。
ノートPCの小型化・多機能化が目覚ましい中、敢えて「文章執筆のみ」に機能を絞った製品は確かに「独創的」だった。
そして現在、ポメラはライターにとっても作家にとってもビジネスパーソンにとっても極めて有益かつ仕事に欠かせないガジェットになった。
物書きは「集中力の競技」でもある。限られた時間の中で最大限の集中力を発揮し、数千字で構成された文章を書き上げる。
これは紛れもなく肉体労働だ。故に集中力を阻害する要素はそこにあってはならない。
メディアライターの場合、文章以外にも画像編集や参照元のページの確認もあるから、どのみちPCを使わなければならない。
しかし、肝心なのはやはり「本文の執筆」だ。そこはポメラを使ってガッツリ書き上げ、そのデータをあとでPCに移せばいい。
こういう具合の使い方をしている人が、今現在のポメラシリーズを支えていると言っても過言ではないだろう。
旅する先生の相棒として
『DM250』は、ポメラシリーズにとっての「ひとつの結論」かもしれない。
少なくとも「こんな使い方をされている。だからこういう機能を加えよう」ということを、開発陣がはっきり認識しているのは間違いない。
新幹線に乗り、旅情を楽しみながらミステリー小説を執筆する先生……というのは今時見ないタイプの物書きだろうか。
しかしそのような先生にとって、『DM250』は心強い旅の道連れになるはずだ。
軽くリクライニングを倒したシートに座り、文章を執筆する。頭の中の文章を書き起こすために必要な機能が、『DM250』には全て備わっている。
ノートPCよりも遥かに軽く、起動も早い『DM250』は先生の構想を忠実に記録する。
この文章は数ヶ月後、何千冊と製本されて大手書店に平積みされるのだ。
その先生がSDカードを持っていたら、
「ねぇ君、とりあえず続きを書いてみたの。確認してもらえないかしら?」
と、『DM250』から移したデータを隣のシートで居眠りする編集部員に渡すこともできる。
『DM200』と同じく、SDカードスロットが実装されているのは非常にありがたい。
ポメラと世界情勢
今後の普及が期待される『DM250』だが、しかし不安な要素もある。
この製品も世界経済とは無縁でいられず、故に半導体の確保や製品の流通でかなり難儀したそうだ。
「現在の半導体不足についてですが、これは今年一杯は解消しないでしょう」
キングジムのとある社員は、筆者にそう語った。
そして新製品発表会の質疑応答の際も、中国ロックダウンや半導体不足に起因する「発表の遅れ」が指摘されていた。
実はこの発表会、当初はもっと早い時期に開催される予定だったのだ。それが製品出荷の遅れで延期になったという経緯がある。
その上でウクライナでの戦争が原因の物価高、円安なども考慮すると、『DM250』の今後の価格改定即ち値上げという可能性も考えられる。
無論この辺りは上述のキングジム社員が言及したことではなく、筆者の推測に過ぎないことを断っておかなければならない。
が、製品を作って売るメーカーは軒並み「販売価格を下げられない」という悩みに陥っているのは事実だ。
『DM250』の一般販売価格は6万280円。発売日は7月29日とあるが、もしかしたら6万280円で入手できる期間はそう長くないのでは…と筆者は邪推してしまう。
これはキングジムにとっては不可抗力以外の何ものでもない。
だからこそ、この製品を発売日早々に買ってしまうという選択肢も出てくる。
なお、『DM250』のカラーはダークグレーの他、キングジムストア250台限定モデルのホワイトも用意されている。気になる人は、キングジム公式サイトからチェックしてみよう。
【参考】
ポメラDM250-キングジム
取材・文/澤田真一