「自動販売機で薬も買えるなんて!」とJR新宿駅構内に設置された機器が話題となっている。実はこれ、大手製薬メーカーが設置した、日本初の薬を自販機で販売する実証実験中のものなのだが、スタートして約1か月超。どんな薬が売れているのか、どんな反響があるのかを開発担当者に直撃した。 実際に薬を購入するまでの様子もレポートする。
猛暑の中、熱い風が通り抜けるJR新宿駅南口、改札を通り抜けてまっすぐ20メートルほど歩くと、右手に並ぶコインロッカーの横に大きな白い自動販売機がドーンと鎮座している。「これが日本初となる薬の自動販売機か!」。想像以上に大きくて存在感があり、駅構内を足早に歩く人々の注目を集めていた。
新宿駅南口の改札から20メートルほどの場所に「クスリの販売機」なるものが!
これは、『パブロン』などの薬を手がける大正製薬がスタートした実証実験で、30種類のOTC薬を選んで購入することができる自動販売機(以下、自販機)だ。
2022年5月31日から販売を開始して約1か月超、実際にユーザーはどんな薬を買っていくのか、なぜ駅構内で薬の自販機を設置するに至ったのか、担当者に話を聞いた。
「1か月間設置してみて、一番売れているのは『ヴイックスメディケイテッドドロップ』(医薬部外品)です。レモン風味よりも巨峰風味が売れていますね」
こう語るのは、大正製薬・セルフメディケーション事業企画部・企画グループ主任の奥山貴則さんだ。
奥山さんは、同社の新規事業として薬の自販機を3年前から手がける
「薬に限ると、1位は鎮痛薬『ナロンエースプレミアム』、2位が『アイリスフォンリフレッシュ』という目薬です。3位は『大正漢方胃腸薬』となっています。ビジネスパーソンの利用者が多く、通勤途中や移動中に頭痛薬を購入される方が多いようです。
2種類売っている鎮痛薬『ナロンエース』シリーズでもプレミアムが人気で、目薬でも1個1496円の高価格帯のものが売れています。そのほか、胃腸薬や下痢止め薬といった緊急性の高いものもよく売れていますね」(奥山さん、以下同)
30種類のOTC薬をタッチパネルで買える
自販機のパネルには、風邪薬や鼻炎薬、水虫薬など30種類の薬がメニュー化されている。商品パッケージや薬の中身、価格がスッキリとレイアウトされ、一覧で見やすい。
この自販機の開発がスタートしたのは2019年2月だった。
「開発のきっかけは、ドラッグストアが閉まっている時間帯に薬が買えたらいいのに、と思ったことなんです。たとえばお子さんが夜中に急に具合が悪くなったとき、お母さんが自動販売機で薬を買えたら、便利ではないかと。
今コロナ禍でさまざまなものの非対面販売が進んでいます。たとえば痔の薬ですとか、水虫薬といったデリケートな薬は非対面のほうが買いやすいだろうと考えました。薬を自販機で買いたいという需要は結構あるのではないかと、新規事業をスタートさせました」
しかし薬の販売には、さまざまな法規制があり、自販機で薬を売るにはさまざまな壁があったという。この販売機で販売しているのは、第2類医薬品、第3類医薬品、医薬部外品があるが、
「第2類、第3類の薬は、薬剤師か登録販売者が実地で管理・販売しなければいけないという法律の規制があるため、自動販売機で売るためには、この規制を緩和していく必要があります。
そこでまず『実証実験』という形で、実際にドラッグストアが近くにあって、何かあったらすぐに薬剤師か登録販売者がかけつけられる場所に、自販機を設置するという仕組みを考えました。
実は社内では自販機は、法的にも売り上げとしても難しいのではないかという声もありましたが、『まずはやってみたら?』という社長のひと声もあってプロジェクトをスタートさせました」
最適な場所が見つかるまで約1年かかり、コロナ禍に突入して厚労省とのやり取りなどにも時間を要したため、約3年がかりで実証実験にたどり着いたという。
「駅中の空きスペースを探し、管轄する地域の保健所に許可を得て、設置場所を決めていきました。最初は品川駅で店舗からもう少し離れた場所が候補だったのですが、国内で前例がないということもあり、店舗にさらに近い現在の新宿駅南口構内になりました。
この場所は、改札を入ってすぐにドラッグストア『Eki RESQ 新宿南口店』があり、そこから10メートルほどの所に自販機を設置することができました」
自販機で薬を買ってみたら…
「実際に自販機でお客様が薬を購入するときは、風邪薬や一部の鎮痛薬などは、顔認証が必要となり、システムで設定した期間内の追加購入は制限されます。自販機のカメラで捉えたお客様の様子や自販機で選択した内容はドラッグストア側に配信され、薬剤師や登録販売者がタブレットで確認して販売を許可するという仕組みになっています。
商品を直接選ぶほか、症状を選んで適した薬を表示させることもでき、支払いは交通系のICカードをタッチするだけと、手軽に薬をお求めいただけます」
薬によっては顔認証が必要。カメラが作動して過剰な連続購入を自動的に抑止
顔認証のデータがドラッグストアにデータが送信され、確認することで販売が許可される
自販機は高機能化している
「自販機も進化しています。これはタッチパネルや顔認証を搭載した高機能IoT自販機で、株式会社ブイシンクの製品。詳しくは言えませんが、1台数千万円はするものです。
実はこの自動販売機は、お弁当を売る自販機のモデルなので薬の取り出し口が大きいため、将来的には薬のサイズにマッチするモデルを作っていきたいと考えています。
現在は30種類の商品を買えるように設計していますが、需要を見極めながら商品を10個に絞って数を増やすなどシステム面の調整もできるようにしていきたいですね」
実際、飲料の自販機と比べるとかなり大型で、薬の取り出しスペースも広い。この中に30種類のOTC薬が10個ずつ、最大300個が詰められて販売されているわけだ。
「将来的には、タッチパネルの設定を変えて、対面販売で買うのをためらいがちなデリケートな商材は、購入時に確認しなければならないパネルを周囲の人から見えにくいように設定するなど調整をしたいと考えています。
今はまだ近くにドラッグストアがある場所で、営業時間内でなければ自販機で購入できないというハードルがありますが、規制緩和の道を探り、いずれ生活者が利便性を感じる薬の自動販売機として各地に増やしていければいいと思っています」
筆者の中学生の息子が新型コロナに罹患したとき、深夜に熱がグングン上がり始め、「解熱鎮痛薬が足りない!」と焦った経験がある。また、デリケートゾーン関連の薬を買いたいのに、異性の店員で恥ずかしい思いをしたこともある。自宅の近くやマンションのエントランスなど、買いやすい場所にこういった薬の自販機が増えていき、多様な薬を取り扱ってもらえるようになれば、我が家の“薬箱”のような感覚で利用できそうだ。今後のさらなる実用化と普及を願ってやまない。
撮影/横田紋子
取材・文/望田真紀