サッカー元日本代表の新町亮太郎が突然、引退の憂き目に遭い、ゼロからセカンドキャリアを構築していくTBS系のドラマ「オールドルーキー(主演・綾野剛)」が今、注目を集めている。
「サッカー選手をバカに描きすぎではないか」というネガティブな見方がある一方、「非常にリアル」と神妙な面持ちで言う元Jリーガーもいて、目下、賛否両論が渦巻いている。いずれにせよ、「アスリートの第2の人生」というのが、難しいテーマなのは間違いないだろう。
現役中からコーチングライセンスを取ったり、大学院やビジネススクールに通う「意識高い系」も年々、増えているが、選手間で再評価されつつあるのが農業だ。Jリーグ発足から30年が経過し、クラブ数が58に増加。大都市圏以外に居を構え、プレーする機会が増えれば増えるほど、近隣農家との関わりが深くなり、食への関心も高まっていく。「自分たちも農業のプラスになることはできないか」と考える選手が多くなっていくのも、自然の流れと言っていいだろう。
Jリーガーの現実のセカンドキャリアは「オールドルーキー」より進んでいる!
その先駆者的存在の1人が、2017年に引退し、現在はFC東京クラブコミュニケーターを務める石川直宏だ。
彼は2021年2月に長野県上水内郡飯綱町に5アールの農地を確保。「NAO’s FARM」として5月から稼働を開始し、東京と頻繁に行き来しながらトウモロコシ栽培を手掛けるようになった。その結果、初年度は1500本を収穫したというから驚きだ。2年目の今年は農地を拡大し、収穫量を1万本に増やす計画を進めている。
5~6月にかけては週1~2回飯綱町に通って農作業に精を出した(本人提供)
「きっかけは、当時アスリートのキャリア開発などを行っていた企業『㈱I.D.D.WORKS』の三橋亮太社長との関わりでした。同社がサッカー選手とクラブをつなぐポータルサイト『PLAYMAKER』を運営していて、2020年5月に大勢のサッカー選手を集めてオンライン勉強会を行ったんです。その中でアスリート同士のネットワークや価値観共有の場が足りないと痛感した。彼らのつながりを増やすためにも、農業というのはいい手段じゃないかと考えたんです。
僕はFC東京のホームタウン活動の一環として2019年に三鷹市で農業体験イベントを実施したことがあり、人のつながりが生まれたり、新たなコミュニティが形成されるという利点を感じていました。自らが育てた農作物を販売できれば、ビジネス的なメリットもある。これは大きな意味があるなと思い、すぐにやろうと動き始めましたね」
「モノだけでない価値を届けたい」。新たなビジネスモデル構築へ
彼が2021年2月に確保した「NAO’s FARM」は、「㈱I.D.D.WORKS」が地域活性化のために確保した14アールの農地の一部。もともとは耕作放棄地であり、開墾が必要だった。これをトウモロコシ栽培可能な状態にするため、7月には200万円を目標にクラウドファンディングを行ったところ、支援者150人から240万円が集まった。その資金を農地整備費や農機具購入費に充て、初年度の栽培・収穫にこぎつけた。
今年2月からは、「㈱I.D.D.WORKS」から独立した中條翔太社長ら2人が「㈱みみずや」という新会社を設立。彼らが「NAO’s FARM」の運営サポートに当たっている。中條社長は
「石川さんはじめ農地で何かを表現したい方々が、”モノ”だけではない価値を届けていくサポートをしている」と語っており、農地という場を活用した研修やワークショップなど多角化を図りながら、新たなビジネスモデルを構築していくつもりだ。
「僕も多い時は週に1~2回は飯綱町へ行っていて、5~6月も仲間やアスリートたちと1万本の苗を植える作業に精を出しました。昨年生産分はクラファンの返礼品に当てました。今年からはEC販売(詳細はみみずやHPを参照:https://mimizuya.co.jp/)をスタートします。また、ホテルや飲食店、学校給食への出荷も検討中。販路拡大を図っていくつもりです。
この事業を持続可能なものにして、多くのアスリートが関われるようにするためには、やはりマネタイズが重要。中條君たちとコミュニケーションを取りながら、5年後くらいには採算ラインに乗せられるようにしたいと考えています」と石川は前向きに語る。
農業というのは天候や天災に左右されやすく、不安定というマイナス面もあるが、生産者の顔が見えれば、安全安心な生産物を買いたいという人々のニーズには確実に応えられる。
2月のウクライナ危機発生によって、輸入食材が入ってこなくなったり、円安による価格高騰という事態が起きている今、日本の農業に目を向けることは非常に重要だ。そういった教育にも尽力しつつ、石川らは地域貢献や地域活性化にもつなげていくつもりでいる。
元松本山雅の多々良敦斗・久保田和音らもクラファン実施中
一方で、「NAO’s FARM」で研修を行ったパラアスリート(ロービジョンフットサル選手)の中澤朋希らで構成される「Rifio」も農業に意欲を燃やす1人である。彼とザスパクサツ群馬の久保田和音、松本山雅やベガルタ仙台などでプレー経験のある多々良敦斗の3人が結成したこの団体は、農業の社会的課題解決、障害を持つ子供たちへのスポーツ機会の提供などを視野に入れ、活動していくという。
Refioのクラファンは17日まで。詳しくはサイトをチェック!
そのための賛同者・協力者を募るべく、7月17日までの期間でクラファンも実施している(詳細はこちら)。メンバーの一員である多々良は、活動とクラファンの狙いを次のように説明する。
「僕は松本山雅、仙台、ジェフ千葉などを経て、2019年から今年6月までJFL・マルヤス岡崎でプレーしていました。そういう中で、岡崎の農家の方と知り合う機会に恵まれ、人手不足や後継者不足に悩んでいることを知りました。農作業ができずに耕作を放棄せざるを得ない状況に追い込まれる農家も少なくないんです。
僕らアスリートは体力・気力が充実していますし、空き時間もありますから、農業従事者のサポートができる可能性が大。そう考えて、コメ作りを一緒にさせてもらうべく、自分から率先して研修を受けました。マルヤスの若手選手2人もその考えに賛同し、一緒に作業を進めてくれています。3年後には彼らがメインになって『Rifio』の農業活動を担えるように、今から態勢を整えていくつもりです」
多々良が身近な農家と接して厳しい現実を切実に感じたように、同じような問題に悩む農家は日本全国にある。後継者不足によって耕作放棄地も年々増えており、日本の食の未来は険しい。そんな農家にJリーガーが手伝いに行き、最終的には農地を引き継げるような形を全国で作れれば、お互いにとってメリットが多い。そういうマッチングや研修活動も進めるべく、彼らは準備を進める構えだ。
「セカンドキャリアをどうすべきか考えあぐねている選手は少なくない。彼らに今のうちから農業研修を受けてもらって、1人でも2人でも魅力を感じてくれる人が出れば、いい方向に進むという手ごたえを感じています。
岡崎の農家からは安く土地を借り、農作業の器具も提供してもらっていますが、全国の自治体には農地や器具のみならず、住居も提供してくれるというところもある。それを探して人材を派遣するのも一案。とにかく選手にとって食は全ての資本。その原点である農業に関わることは必ずプラスになる。僕はそう信じています」
こういった考えを持つのは石川や多々良らだけではない。農作業を通しての社会貢献、新たなビジネス創造を模索するアスリートはこの先も増えることは大いに考えられる。そういった活動の活発化に期待しつつ、今後の動向に注目したいものである。(本文中敬称略)
取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。