■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は、楽天モバイルの新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VII」について話し合っていきます。
Rakuten UN-LIMIT Ⅶで0円廃止
房野氏:楽天モバイルの料金プランが2022年7月1日から新しい「Rakuten UN-LIMIT VII」になりました。UN-LIMIT VIでは1GBまで0円で使えましたが、3GBまで980円(税込み1078円)、3GBから20GBまで1980円(税込み2178円)、20GB超過後は2980円(税込み3278円)。既存ユーザーは7月1日から自動移行になります。
石川氏:発表会の前に、法林さん、石野さんと3人で、どうなるんだろうと色々予想していたんですが、その想像を超えてきた。
法林氏:使えば使うほどポイントが貯まるとかじゃないの? と話してたんだよね。
石川氏:回線を使わない0円のユーザーが非常に多いことはわかっていた。だから、楽天モバイルは彼らにいかに回線を使ってもらうかという方向で料金プランを設計するだろうと思った。プランの階段を上がれば上がるほどポイント付与率が上がる料金プランだったら、きれいでいいなあと思っていて、そういうものじゃないかなと思っていたら、0円廃止だった。
法林氏:下をガッと上に上げたという格好。みなさん驚くけど、まぁ、仕方がないかなと。
房野氏:データ使用量の上の方の設定は変わっていませんね。
石野氏:そこが変わっていれば、新料金プランとしての説得力が増したんですけどね。
法林氏:まぁ、回線を使わないユーザーは、維持費などを考えると経営面の負担になってしまうからね。でも、僕は結構当たり前というか、売上を考えたら、そうなりますよねと思った。
石川氏:キャリアとユーザー、どちらの立場も理解できる。ユーザーからすれば0円から使えると言っていたのに、それがいきなりなくなる、しかも自動移行となるのに抵抗感があるのは理解できる。一方で楽天モバイルの立場も理解できる。0円ユーザーが集まりすぎていて困っている。
石野氏:ただし、一気にカットし過ぎましたかね。
石川氏:そう。ちょっと、0円をやめるのが早すぎたかな。
法林氏:0円で使っていた人には申し訳ないけど、切らざるを得ないよね、というところが結構ある。一方で、楽天に対しては、去年の段階で3GB 980円〜と設定していたらどうだったかというと、「無料キャンペーンが終わったらしょうがないか」みたいな空気になっていたと思う。残念なんだけど、マーケティング的には後手になったかな。
石川氏:そう。去年の段階で、終了日未定の〝キャンペーン〟としてやっていればよかったですよね。
石野氏:料金〝プラン〟と言いきっちゃったのが、よくなかったかもしれませんね。あと、有料化するにしても、0から1GBは300円とか500円とか、もうワンクッション置くという手もあったんじゃないですかね。povoやLINEMOはもっと安く使えるのに、楽天モバイルは1GBで1078円なんだ、と思われないように。
房野氏:実際、0円ユーザーは離脱してますか。
法林氏:楽天モバイルが発表した翌日から、povoとLINEMOとIIJmioと、いずれも申し込みの本人認証が大変な騒ぎになっていた。だけど、僕は楽天モバイルの契約を、ユーザーが急いでやめる必要はないと思っているんですよ。
石野氏:全然急がなくていいですよ。
法林氏:2か月間タダで使えるからね。10月まで楽天モバイルを使って、例年だと9月には新しいiPhoneが出るみたいですから、その時にMNPすればいいって話ですよ。
石川氏:でも、3、4か月目はポイント還元で実質0円という形ですよね。
石野氏:そうです。それでも楽天ペイで使えば現金みたいなものじゃないですか?
法林氏:そう。だから、急いでやめることはないですよ。
0円を廃止した理由
石川氏:髙橋さん(KDDI代表取締役社長 髙橋 誠氏)が上手かったのは、「povoの契約申込数が2.5倍に増えた」という言い方をしたこと。あれ、母数は少ないんじゃないかなと思うんですよね。しかも、そこに被せるようにLINEMOは2.6倍と言った。
石野氏:しかも「ミニプランで2.6倍」という。
石川氏:povoは1年間で120万契約くらい獲得している。120万を300日で割ると、1日4000契約くらい加入している計算になるわけです。単純にそれの2.5倍と計算すると、1万契約ぐらい入ってくる計算も、一応成り立つ。毎日2.5倍入ったとしたら1か月で30万契約になったりする。
石野氏:0円ユーザーが相当いたという感じですね。0円ユーザーが7割ぐらいいたんじゃないかという予想もある。
法林氏:だから、楽天モバイルは0円を廃止するしかない、その事情はわかります。楽天モバイルはauのローミングを前倒しでやめている。まだ全部やめたわけではないけど、順次やめていて、そのために基地局も大量に建てていて、そこでお金がかかる。でもその分、auに払うローミング料金が少し減る。
ただし、0円ユーザーが大量にいると維持費がかかる。だから今回、契約数の減少は覚悟の上で廃止しますという感じ。だけど、これは良いこと。0円ユーザーが楽天経済圏に貢献してくれるか1年間やってみたけど、やっぱり貢献しなさそうな人が一定数いたから、という意味だし、それならしょうがないと思うんですよ。だから、会社の経営的には健全な話なので、良いと思うんですよね。
もう1つ、楽天モバイルとしては、トラフィック(トラヒック/通信量)が逼迫しているという実績が必要なわけです。その先には、当然プラチナバンド獲得への思いがある。例えば、「楽天モバイルのユーザーが多すぎて、もう渋谷のスクランブル交差点はカツカツでつながらないんですよ、だから800MHz帯をください」と、総務省に言えるでしょ、という話なんですよ。
今までは「契約数がすごく増えている。ウチのユーザーの中には何十GBも使う人がいる」と言っていたけど、ほかのキャリアから「0円ユーザーばっかりでしょ」って言われたら、返す言葉がないわけですよね。楽天の料金プランはデータ上限なしなので、たくさん使う人が多い。だからこそ、総務省に周波数の割当をもらうには「これだけひっ迫しています」と、きちんと実績を示さないといけない。
石野氏:ユーザーが半分に減ったとすると、250万契約とかになっちゃうわけじゃないですか。250万規模のキャリアにプラチナバンドを割り当てるというのは……
法林氏:楽天としては、トラフィックを上げていかない限りプラチナバンドを割り当ててもらえないわけですよ。憶測だけど、おそらく総務省からも指摘されているんだと思う。楽天モバイルは3社から5MHz幅ずつをわけてもらう案を提案しているけど、「もっとトラフィックが増えてないと話の筋が通らないですよ」と言われているんじゃないのかなと思うんですよ、あくまで憶測だけどね。
石川氏:そのための説得力として「1人当たりのトラフィックが上がってます」という言い方が大事。総量じゃなくて、「1ユーザー当たりでこれだけ使っているので、なんとかしてください」という方向に持っていくのは、確かに理があると思います。
あと、楽天モバイルはSIM発行手数料を無料にしているじゃないですか。eSIMからプラスチックのSIMカードに変えたとして、プラスチックの発行代や冊子代、さらに配送費もかかるはずなのに、ユーザーには手数料がかからないんですよ。それは大盤振る舞いし過ぎ。きちんと正規の手数料をもらってもいいんじゃないかな。
石野氏:eSIMでも、SIM管理料とか、発行すると本来は手数料がかかる。IIJmioもeSIMを再発行すると「SIMプロファイル発行手数料」を取っているんですけど、楽天モバイルはタダ。そうなると、1日何十回でも、0円で端末にeSIMを入れ替えることが、理論上は可能。
法林氏:本来は200円ぐらい、発行手数料を取りますよね。
石野氏:そうです。それくらいはかかるんですよ。無料で国内通話かけ放題の「Rakuten Link」だって接続料、アクセスチャージが出ていますよね。
法林氏:あのコストは結構、経営負担になりそうだよ。
石野氏:大変だと思います。0円ユーザーに電話を思いっきりかけられたら、ほかのキャリアに払うアクセスチャージで大赤字になりかねない。
楽天モバイルじゃないけど、過去に〝0円ハンター〟がわーっと集まってきて、食い潰されてしまったという負の歴史が色々あったじゃないですか。nuroモバイルの「0 SIM」とかもそうでした。人が集まり過ぎて通信速度が遅くなったりとか。通話が無料となったら、みんなバンバン通話しちゃいますし。
石川氏:料金を引き下げてユーザーを集めて一瞬盛り上がるんだけど、どの会社もそういう料金プランは長続きしない。ウィルコム然り。イー・モバイルもネットブックを組み合わせて安く売ったりとかしていた。唯一、ソフトバンクは月額980円のホワイトプランでユーザーを集めて、安さで頑張ったけど、ある日突然、iPhoneが日本へ上陸して、そこからロイヤルカスタマー重視に転換できた。本来であれば、楽天モバイルもそういう特需があった上で、「ちょっと料金を変えます」という形にできたら美しかったんですけどね。
法林氏:料金プランの上の階段にユーザーを押し上げる努力が必要だと思う。今回のUN-LIMIT VIIは3階建てかな。980円、1980円、2980円(税別)。auがダブル定額を提供した時に、なんとか上の階段へ上がってもらうため、「もっと使っていただけるようにサービスを色々用意しますから」と髙橋さんが言って生まれてきたのが「着うた」。楽天はようやく、楽天マガジンを少し安く提供しますと。こういうサービスは去年からやるべきだったと思いました。
石川氏:だとしたら、5G端末がもっと普及しなきゃだめだし、5Gエリアが普及しなきゃならない。三木谷さんも、5Gになればデータがどんどん流れるから、ユーザーは上の段に移行すると言っているので、もっと端末とエリアを頑張れば良かったんじゃないのかなという気もする。理想としては、端末を販売する時に割引ができれば5G端末の普及が早くなって、データもたくさん流れていいんでしょうけど、なかなかそうはいかない。楽天モバイルのユーザーは最初、自分の持っている端末を持ち込んでSIMだけ契約している人も多かったので、そうなるとARPUを上げるのは難しい。
楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長最高執行役員 三木谷 浩史氏
楽天モバイル黒字化への道は?
房野氏:楽天モバイルは2023年の単月黒字化を目指していますが、どうでしょう。
法林氏:難しいと思います。
石川氏:MNOだけで契約数が510万超えたんですけどね。
石野氏:そう、500万を超えたのに、三木谷さんが全然アピールしないのはなぜだろうと言っていたんですよ。
石川氏:減ることを想定していたんじゃないかと。
法林氏:そう考えると、0円ユーザーが2022年7月から10月に離れていったとして、本当に100万も減るかといったら何とも言えないけど、減ってもおかしくない。過去の事例に縛られて申し訳ないけど、僕らがよく言っていた「500万の壁」(第4のキャリアは頑張っても400万から500万契約程度しか取れないという事例)をどれくらい超えられるか。やっぱり1000万契約ぐらいは行かないと「黒字です」とはなかなか言いづらいと思う。仮想化などでほかの3キャリアと比較して運用コストが安いといっても、700万から800万契約を超えないと、たぶん難しい。
石野氏:0円の人が抜けても売上は変わらないけど、コストが削減できる。しかも、0円のうち、うっかり解約を忘れて残っちゃっている人とか、まぁいいかと思って残る人が何割かいれば、トータルではプラスになる。だから今回は、0円ユーザーで出て行きたい人はどんどん出て行ってくださいという感じの施策かと思うんですよね。
法林氏:すでに2GBとか3GBを楽天モバイルで使っていて、かつ楽天市場で買い物をしたり、楽天カードを使ったりしている人にとっては、ポイント付与などプラス要素が増えるだけなので、別にいいと思うんけどね。
石野氏:楽天モバイルの売上高から仮のARPUで計算したら、0円ユーザーが7割ぐらいいるんじゃないかという試算をしてる人がいて、仮に7割の0円ユーザーの契約数が半分になったとしても、残りの契約者は最低でも1078円支払うようになるのでプラスにはなる。でも実際、0円ユーザーはどれくらいいるんだろうな。
房野氏:いっそのことワンプランをやめて、手数料ゼロ宣言も取り下げるのは難しかったのでしょうか。
石野氏:いや、できたと思いますよ。
法林氏:方策はたくさんあったんですけど、石川君が言うように、去年の段階で「これはキャンペーンです、将来的に終わりますよ」と言っていれば、「キャンペーンが終わりました」となり、それなら仕方がないか、でやめられた。
石野氏:遡ると、楽天モバイルはahamoの脅威に対抗しなければならなかった。当時は、このままだと楽天モバイルがahamoの草刈場になると言われていたんですよ。そういう不穏な空気感を打破するためにも0円からのUN-LIMIT VIを出してきて、ユーザーの維持に成功した。だけど、健全と思える流出分まで守り過ぎちゃったかなと。
法林氏:契約数が多いことがいいのか、規模が小さくても通信料で利益が上がる方がいいのかというのは、結構難しい判断。ドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社は決算で、通信料収入が減るけれど法人で頑張りますとか、色々言っているわけじゃないですか。楽天は楽天経済圏以外に強みがあまりないから、通信料以外で楽天モバイルが収益を上げる要素が少ないのがやっかい。
石川氏:でも、先日、三木谷さんにインタビューしたんですけど、焦っている感じは全然なかったですね。やっぱり3000円の使い放題を提供できているのが大きいと。本当にコストが安くて、他社はモバイル事業にいっぱい人が携わっているのに対し、楽天モバイルは少ない人数でここまでネットワークを運営できていると。そこを維持できれば、ほかの会社は厳しくなるんじゃないかと言っていたので、楽天としては、なんとかなるんじゃないかと見ているようですね。
法林氏:ある程度うまくできると、モバイル事業はずーっと安定して継続的にお金が入るじゃないですか。それが大事なんだけど、まだ楽天モバイルはそのフェーズにはたどり着いていない。
房野氏:もう一声ですか?
法林氏:まだまだ頑張らないといけないですね。
……続く!
次回は、アップルのイベント「WWDC」について会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/房野麻子