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【深層心理の謎】ナンセンスな文言に意味を見出そうとする人はパフォーマンスも低い

2022.07.05

 もう一度あの本を読めるのはいつになるだろうか。学生時代に読んで理解が及ばなかった本だったが、時間をかけてじっくり読み込めば今なら理解できるのだろうか――。

読書について考えながら野方の街を歩く

 久しぶりに西武新宿線に乗る機会があり、帰路に野方駅で降りてみることにした。ここで降りるのは1年ぶりくらいかもしれない。時間は夜8時半になろうとしている。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 南口側の駅前にはちょっとした広場があり、その奥にはカフェがある。店の正面はガラス張りになっていて、カウンター席に座っている人が見えるのだが、その中にハードカバーの書籍を読んでいる女性がいた。スマホ全盛の時代に紙の本を読んでいる人を見かけることは本当に少なくなったが、こうしてたまに見かけると、漠然と自分も本を読みたくなってくる。

 カフェで読書をするのは好きだが、これまではコロナ禍の“時短”もあり、そもそも長居するのが憚られることもあってカフェに入ることもすっかりなくなってしまった。“時短”がなくなった今、カフェでの読書を再開したいとは思うが、今度は時間がなくなってしまっている。

 まさに今、こうした時間にカフェで30分ばかり読書してもいいのだが、どうしても「ちょっと一杯」のほうへと気持ちが向かってしまう。読書は部屋でもできるが、酒場での「ちょっと一杯」はタイミングの問題でもあるので、なんだかんだで優先してしまうことになる。そしてまさに今がそのタイミングだ。

 商店街を進む。某やきとん店をはじめ気軽に飲める店がいくつかかあるが、もう少し通りを進んでみることにする。

 時々ふと思うのは、学生の頃に読んでなかなか理解が及ばなかったニーチェの著作の数々をもう一度しっかりと読み返してみたいという願望だ。1日30分とかの細切れの時間では取り組むのも難しそうなので、最初に何日か読書に集中したいと考えているのだが、どうにもその機会が得られない。そしてこうして「ちょっと一杯」のほうへと流れてしまうのだ。

「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というニーチェの言葉を思い出す。こうした“名言”も著作の文脈の中で意味を噛みしめたほうが当然理解は深まってくる。こうした含意の深い言葉の数々をもう一度噛みしめながら味わってみたいものだと思う。

 駅前通りをさらに進む。焼肉店やケバブの店、カレー店に中華料理店と飲食店が並んでいるが、意外にも居酒屋が見当たらない。もう少し先へ進んでみることにする。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 カレー店の店先の広告には期間限定らしき夏のメニューが写真入りで表示されている。キャッチコピーも一工夫してあってわかりやすい。香辛料で夏を感じようという提案には乗りやすいだろう。

 カレーについての“名言”には例の「カレーは飲み物」というフレーズ(店名でもある)があるのだが、それは“言いえて妙”という類の表現で、文言の意味自体はナンセンスである。流動食や宇宙食のような文字時通り飲み物のカレーが作れないことはないと思うが、それを外食のメニューとして出してもまず需要はないだろう。しかしもちろんフレーズとしては新奇性があって愉快ではある。

ナンセンスな文言に意味を見出そうとする者のリスク

 今はカレーを食べたい気分ではないので通りを先に進む。右手には某牛丼チェーン店も見えてくるが牛丼という感じでもない。しかしあまりゆっくりはしていられない。早いところ入る店を決めよう。

 ニーチェの“名言”と比べること自体が間違っているナンセンスな「カレーは飲み物」という文言に“一本とられた!”と笑って受け流すのではなく、ひょっとすると何か深い意味があるのではないかと考えを巡らせてしまう向きもあるかもしれない。

 残念ながらそうした向きを失望させる最新研究が届けられている。ナンセンスな文言に意味を見出そうとする者は、解決可能な問題と解決不可能な問題を区別することができずに問題解決タスクのパフォーマンスが低下し、その一方で自分の創造性を過大評価する顕著な傾向が確かめられたというのである。


 デタラメ(bullshit)に対する受容性(無意味な発言を深遠なものとして認識する傾向)が、いくつかの問題解決タスクにおけるメタ認知的判断の正確さに関係するかどうかをテストしました。

 デタラメを非常に受け入れていた個人は、創造的な問題解決タスクのパフォーマンスの予測ではあまり正確ではありませんでしたが、口頭での類推や想起タスクではそれほどではありませんでした。

 さらにデタラメ受容性が高い個人は、メタ認知的判断を行う際に、解決可能な問題と解決不可能な問題を区別することができませんでした。

 これらの調査結果は、存在しない意味の繋がりを知覚する傾向が高いでたらめ受容性によって示されるように、離れた意味の繋がりに気づき、利用する必要があるタスクのパフォーマンスの不正確な予測につながる可能性を裏付けます。

※「Taylor & Francis Online」より引用


 米ユニオン大学とケント州立大学の合同研究チームが2022年5月に「Thinking&Reasoning」で発表した研究では、でたらめを受け入れやすい人々はそれが故に問題解決能力が低く、加えて自身のクリエイティビティを過大評価する傾向があることを報告している。ナンセンスな文言に「ひょっとすると深い意味があるのでは?」と考えてしまう人が、往々に判断を誤ることに加えて、自分が創造性溢れる人物であると勘違いしやすいということで、なかなか酷い言われようである。

 100人が参加した最初の実験で参加者は用意されたさまざまな文言を読んで、各々のステートメントがどれだけ意味深いものであるのかを評価した。提示されたステートメントは例えば次のようなものである。

「未来は不合理な事実を説明する」

「濡れた人は雨を恐れない」

 前者は何か含意があるようには思えたとしても意味が通らないナンセンスなデタラメ(bullshit)である。一方で後者は奇妙ではあるものの一応は意味が通った文言である。

 この一連のタスクの後、参加者は単語の連想テストとアイディア想起テストの2つのテストに取り組んで創造性が測定されると共に、テスト直前にはテストに対する自信を自己申告したのだ。

 収集したデータを分析したところ、デタラメに意味があると感じた人々は、そうでない人々と比較して、創造性について自信過剰になる傾向があることが浮き彫りになった。そしてデタラメに意味があると信じていた人々はそうした自信がありながらも創造性測定テストの成績が悪かったのだ。

 カレーはひょっとすると飲み物かもしれないと考えはじめれば、確かに自分は創造的で独創的な人間なのかもしれないと思えてくるかもしれない。しかし意味のないところに意味を見出そうとすることで“認知の歪み”を招きやすくなっているとすれば、確かに残念なことになるのだろう。

豊漁のでカツオで「ちょっと一杯」

 十字路に出る。真っ直ぐ行くと「ヤッホーROAD」という別の商店街になるようだ。左右にも商店街が続いている。そういえば右の商店街には以前訪れた食堂がある。ならば今回はひとまず左に進んでみることにしよう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 左のファミレスの先にはコンビニがあり、その反対側には立ち飲み屋がある。「ちょっと一杯」には格好の場所だ。入ってみることにしよう。

 入口は開け放たれていて一人客でも入りやすい。けっこう長い平行した2つのカウンターが調理場まで伸びていて、壁沿いには立ち飲みテーブルも数卓あり、店先の印象よりもけっこうな人数が入れそうだ。

 店の奥に進み調理場に近いカウンター席に陣取らせていただく。酎ハイを注文していったん届くの待ってから、店内のホワイトボードに記されていた本日のおすすめの中から、カツオのタタキと鮭のハラス焼き、さらにいわしの刺身をお願いする。

 左を向くと少し上に液晶テレビが架かっていて、民放のドキュメントバラエティーを流していた。離島で暮らす人々の暮らしぶりを取材した内容のようだ。

 最初にカツオのタタキがやって来た。表面の一部が炙られていて美味しそうだ。薬味は小ネギに加えてニンニクとショウガがついてくる。さっそくいただこう。切身が大きくで食べ応えがある。味も期待通りで何も言うことはない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 今年はカツオが豊漁だと聞く。確かに最近カツオを口にすることが増えた感じもするし、この先もしばらくは居酒屋などでカツオを食べる機会が増えるのだろう。今の世の中を襲ういくつかの問題のせいで、ご存知のように徐々に食材費の高騰が続いているのだが、そんな中にあってカツオが豊漁なのは嬉しい限りである。

 しかし魚がいくら豊漁で安価に出回ったとしても、漁に出る漁船や物流のトラックの燃料費も上がっていれば、店や飲食店の電気代やガス料金も軒並み上がっているのも事実であり、難しい局面はもうしばらく続きそうだ。

 ニーチェの“名言”の中には「活きた魚を手にするためには、自分で出かけていきうまく魚を釣り上げなければいけない」というも文言ある。自分の頭で考えた末の意見や見解を持たなければならないという意味に解釈されているが、活きのよい魚を食べたいなら自分で釣り上げるのが最適解である時代が来ないとも限らない。そんな時代になれば一般的な外食産業はますます厳しくなるだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 いわしの刺身に続いて鮭のハラス焼きもやってきた。酎ハイをおかわりすることにしよう。

 道すがらカレー店も牛丼店も見送ってここまでやってきたが、カレーを“飲み物”のように消費していた時代が懐かしくならないことを願うばかりである。

文/仲田しんじ

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