優しくて思いやりがある曲を作り、歌う、sumikaのボーカル&ギターの片岡健太さん。楽曲はポップ調もあればロック調もあり、多彩な表情を見せますが、底に流れる優しさに魅了されるファンが後を絶ちません。今回は片岡さんに本当の優しさについて語っていただきました。
日本一優しい音を奏でるミュージシャンが語る「優しさ」
――片岡さんにとって優しさとはなんですか?
片岡 難しい質問ですが、想像力かなと思います。どんな場面でも想像力をはたらかせて相手に向かっていかないとダメだし、想像してからやらないと相手に優しくできないと思うのです。
それは相手だけじゃなくて、自分に対しても同じです。限界とかも想像して、これぐらい働いたら身体こわすなとか、そういった想像力も必要ですよね。
――どんな時に優しさを感じますか?
片岡 言葉が無くても、自分のしたいことや嬉しいことをしてくれる。こちらからお願いしなくても、やってくれる。通じている、と感じた時でしょうか。
あと、相手にできることは何かな?と考えること自体が、優しいのではないでしょうか。相手にやってもらうだけじゃなくて、自分から相手が何をして欲しいかを想像する時にも、優しさを感じます。
――人々に寄り添ってくれるsumikaの曲ですが、制作(作詞)している時、本人も優しい気分になっているのでしょうか?
片岡 音楽でいくと、優しさとか相手とかじゃなくて、まずは自分ありき、自分本位なんです。
sumikaの音楽は「ありがとう」と「ありがとう」の関係
片岡 音楽をやっているのは、自分が救われたいから。自分のために書いています。自分のために作った曲を誰かが聞いて、それに優しさを感じてくれたりする。sumikaの曲に価値があると感じた人から、「ありがとう」と言われる。そうすると、こちらも「(共感してくれて)嬉しい、ありがとう」となる。自分と、聞いている人が「ありがとう」で「ありがとう」の関係になっているのが理想なのです。
逆に、人のために作ると、「ありがとう」と言われたら、「どういたしまして」と返すことになってしまう。「ありがとう」で「どういたしまして」の関係は、ちょっと違うなあと。
自分のために(音楽を)やってないと「ありがとう」で「ありがとう」の関係にはならないのです。
――その関係をつくっているのがsumikaなのですね?
片岡 新刊書「凡者の合奏」(KADOKAWA発刊)にも書いていますが、僕というメンバーの一員がいて、お互いに大事に思い合っているのがバンドのsumikaです。何よりもまず信頼がある。メンバーにとって何が悲しいかというと、自分以外のメンバーが辛い状況にある時なんじゃないかと思います。
そして何より自分たちの音楽に絶対の自信をもってやっています。
バンドをやっていて、相手のことを信頼しているから(演奏が)合わせられる。自分で想像して、「相手もこうやってくれるだろう」と考えたことが、ピッタリ合う。信頼感をもってやっているから、(演奏が)転ばない。顔色を見合ってやっていると、ズレて、転んじゃうんですね。
辛い思い出も大切なこと
――新刊書では子ども時代の思い出から今までの体験を赤裸々に描いていますが、この中で一番書くのに苦労した部分はどこでしょうか?
片岡 大変だったのは2015年に声が出なくなっちゃった体験です。どちらかといえば、思い出したくない過去ですから。その時をもう一度思い出して書くのは、ほんとうに大変でした。
逃げずに、まずは、過去に起きたこととちゃんと向き合おうかなと。2015年のことは忘れようとしている部分もあって、時間が経ってしまうと記憶も薄れてきます。でも、もう一度あの時のことを考えるべきだと思って、向き合ったら、すごく良いこともあったのです。
あんな(ひどい)状況でも、バンドのメンバー達は、音楽を一緒にやろうと言ってくれました。「待ってる」って。そういうエピソードはどんどん時が経つと忘れてしまいがちですが、その時のことをちゃんと思い出すことができました。文章や言葉に残しておくことで、その大切さがもう一度理解できたのです。
絶望的な状況に陥っても、そこで見つかることが必ずあります。そういう(絶望の中にも必ず希望がある)ことを憶えていたら、重たい話ですけれど、自ら命を断つようなことはしないかもしれない。それはちゃんと伝えて、残しておきたいなと思って書きました。
失敗が人生の糧(かて)に
――「凡者の合奏」は、片岡さんが最初はじゃんけんで負けてギターになったり、骨折してメンバーと出会ったり、人生はいろいろな糸でつながっているのが伝わってくる内容でした。
片岡 実際は失敗ばっかりで、自分が何かやろうとするとたいてい失敗してしまうのですが、それでも失敗したからこそ、今がある。そういう希望に繋がるテーマが(この本には)あるかなと思います。
自分も失敗ばかりだったけど、今は大丈夫だよ、という本です。だから、失敗ばっかりで(毎日の生活が)辛い人に読んでもらいたいです。
特に、失敗できないと思っている人に読んで欲しい。最近の風潮で、失敗に対する風当たりが、ものすごく強いなと思うことがあります。大きくつまづいてしまうと、ほんとうに人生が終わる、そんな風潮が特に顕著なので、「そうじゃないよ」と言いたかった。
もちろん、最初からいい加減にやって、失敗したら自業自得かもしれないけれど、自分が真剣に、前向きにやった上で失敗したら、それはきっと次につながる。(失敗からの回復には)時間がかかるかもしれないけれど、それが将来自分のためになる、と信じています。
失敗や傷はカッコ悪いことではありません。
失敗しても、笑い話として話せる社会になって欲しい。私が望んでいるのはそういう社会で、自分たちの音楽が少しでもその一助になればいいな、と思っています。
「ジャンルや垣根を越えて、失敗談で話を盛り上げられて、いろんな人が自分の失敗を持ち寄って話し合えればいいなと思います」という片岡さんは、やっぱり限りなく優しい人でした。
新刊書「凡者の合奏」は、sumikaの今の音楽に繋がるさまざまな背景がちりばめられた珠玉のエッセー。片岡さんの音楽がもっともっと豊かに聞けるようになる、一冊となっています。
著者紹介
片岡健太
神奈川県川崎市出身。荒井智之(Dr./Cho.)、黒田隼之介(Gt./Cho.)、小川貴之(Key./Cho.)とともに構成される4人組バンドsumikaのボーカル&ギターで、すべての楽曲の作詞を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで発売した3 枚のフルアルバム『Familia』(17年)、『Chime』(19年)、『AMUSIC』(21年)はすべてオリコンチャート入り。ツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売させる、今最も目が離せないバンド。
撮影/後藤壮太郎
文/柿川鮎子
編集/inox.