【私たちの選択肢】KZ(梅田サイファー)後編
引きこもり、自殺未遂経験を公表しているラッパーのKZさん。
自分は誰からも必要とされていないしどこにも居場所がない、未来は真っ暗。そう思って飛び降りようした14歳、ネットでリリックを書き始めた16歳、そして梅田サイファーに初参加をした20歳。
ラップを通して人とのコミュニケーションの取り方に気づいたKZさんの人生は、もう一度始まろうとしていました。
サイファーはお互いのタブーに触れられるセラピーのようだった
https://www.instagram.com/kzmao_trip/
「サイファーって円形になって内側に向かってラップをするんです。普通だったらよう言わんことをお互いに言い合ったりもしました。外から見たらタブーに見える言葉かもしれないけど、サイファーにいると自分の痛みを話せたんです。世の中では触れにくいバックボーンでも、お互いにさらけ出して触れ合うことができた。セラピーの手法にも似ていますよね」
目の前にいる人が即時にリアクションをくれる。これまで自分を抑圧して生きてきたKZさんにとって、サイファーは最高のコミュニケーションだと感じていました。自分にはこの場所さえあればそれでいい。しかし、10年続いた梅田サイファーはメンバーのライフステージの変化とともに終わりを迎えます。
「みんな大人になって就職して結婚して忙しくなって…強固だった線がだんだんほつれて、離れてしまったんです。絶対に変わらないと思っていた場所でも、いつかなくなってしまうんやってことを目の当たりにしました」
サイファーがなくなったことをきっかけに、KZさんは”自分にとってラップとはなんだろう”と考えるようになりました。考えるほどに言葉が浮かんでしまう、自分はどうしてもラップがしたい、その結論に導かれるようにファーストアルバム『PULP』を制作。自分の楽曲をもって路上からクラブへ活動の場をうつしましたが、誰も耳を傾けてくれない夜も多くありました。
「ライブをする相手は地元のラッパー、持ち時間は8分、お客さんはみんな知り合い。毎週変わらないメンツで毎週変わらないお客さんに向かってライブをしていました。活動当初は、自分の音楽を聞いてくれる人なんていなかったんです」
それでもラップを諦めきれず、セカンドアルバム『CASK』を発売。それをきっかけに風向きが変わっていきます。ライブのゲストとして呼ばれる機会が増えたのです。同時期、路上での活動はやめたものの楽曲の制作は続けていた梅田サイファーのMV「マジでハイ」が話題を呼び、仲の良いpekoさんとは「アマチュア8耐」と銘打った8時間のDJイベントを開催。いろんな人がその活動を面白がってくれました。
自分の音楽は誰かの病気を治すことはできないけれど
2019年2月8日、梅田サイファーは梅田クラブクワトロでツアーファイナルを開催。そのアフターパーティーで、ある女性がKZさんに声をかけました。
「大好きなお父さんが亡くなってしまいあまりのショックに葬儀でも全然泣けなかったそうなのですが、自分の『norito』っていう曲を聞いたらやっと泣くことができたって、わざわざお礼を言いに来てくれたんです。
その後も、鬱になって外も出られへん状態やったけどライブを見に来ましたって言ってくれる人がいて、自分の作る音楽に対して強い思いを抱いてくれる人の存在を知りました」
自分の言葉が誰かの励みになっている。音楽の可能性をやっと感じ始めたころ、それをゼロから考え直させる出来事が起こります。きっかけは、さっきまで笑いながら話していたお客さんが託すように渡してくれた手紙でした。
「その手紙には、自分は20代前半だけどガンが見つかったって書いてあったんです。手術をしたら治るかもしれないけれど手術台にあがることがこわい、って。俺は音楽の力を信じて作品を作ってきてそこに意味を見出しはじめていたけれど、こんなときメスになることも薬になることもできない。情けなくて泣けてきました。自分の音楽って実際は無力やねんなと気づいたんです」
音楽の意味、ラップをする意味。直接的に病気をなおせない自分にできることはなんだろう。
「俺にできるのは、未来を作っておくことだと思いました。新しいCDを作るとかワンマンを開催するとか、それは薬にはなれへんけど、手術台にあがるための理由にはなれるかもしれない。それこそエンターテイメントが持てる力だと思うんです。自分自身もそうやって生かされてきたから。
死にたかった時期も、少なくとも映画をみている2時間は生きていられたし、読みかけの本を読み終わるまでは生きていられた。自分も誰かにとってそういう存在でありたいって思ったんです」
コロナ禍で気づいたのは、ライブハウスの外の世界
誰かの未来を作りたい一心で作り続けた音楽は、これまでラップを聴いてこなかった層にも届き、キャリア初のワンマンはソールドアウト。すべてが順調に見えた2020年春、世界をコロナ禍が襲います。誰もが不安ななか、不要不急という言葉で分断がはじまりました。エンターテイメントは不要不急、ライブも不要不急、馴染みのお店は休業、ライブハウスも数多く閉店になりました。未知のウイルスはあまりにも巨大で、なにをしていいのか、なにをしてはいけないのか、誰もが迷い、立ち止まりました。
「現実を見てもネットを見てもみんながギスギスしていました。そんなとき、医療関係の方からDMをもらったんです。消毒薬で手は荒れるし、マスクも苦しいし、24時間ずっと逼迫した現場で過ごしている。
毎日がつらいけどKZさんのワンマンに行くまでは生き延びるって決意しています、って。世界がどんな状況でも俺は音楽を届けないかんなって教えられました」
リスナーの言葉に背を押され、インディーなヒップホップ界としてはどこよりも早く配信ライブを決行。苦肉の策としての配信でしたが、どのライブハウスにも入りきらないほどの視聴者が集まりました。
「世界にコロナがないほうが100%良かったけれど、配信ライブをしたことで日本全国に自分の音楽を聞いてくれる人がいること、その人たちはコロナ前から各地でライブが見られる状況を望んでいたこと、それに自分は気づけていなかったことを思い知らされました。子供がいたり介護があったり、仕事や病気や住んでいる場所や、人にはいろんな理由がある。それなのに、自分の音楽を聞く人はライブハウスにしかいないと思い込んでいたんです」
終わりの見えない状況に誰もが疲弊していくなか、KZさんは徒歩で日本を縦断する旅を決意します。こんなに大変な思いをさせるコロナがもし人格をもっていたとしたら、そいつかビビることをしてやりたい。そう思いたち、緊急事態宣言が開けてすぐに旅を開始。旅の様子はインスタライブでたびたび生中継され、土地土地のファンの人が一緒に歩いてくれることもあったそうです。
そのなかで、あるファンの方からの一言でKZさんは音楽の本質に気づかされることになります。
音楽と言葉の本質
「ほんとうはKZさんの曲を聴かないほうがいいんです」
それは、ファーストアルバムの頃から応援をしてくれているファンの一言でした。旅にかけつけ、少しの距離を一緒に歩きながら彼女は話し始めました。”自分はつらいときにいつもKZさんの音楽に支えてもらっているんです。
でも、KZさんの音楽を聴くのは助けてほしいとき。再生するのは自分がしんどい証拠なんですよね”、ほんとうは聴かないほうがいい。その言葉を聞いたKZさんは、それこそが音楽の本質だと思ったそうです。
「音楽をやっていると、MVの再生回数やチャート順位、いつも数字から逃げられないけど、数字だけを追い求める資本主義とか生産性に限界を感じる瞬間も多かったんです。一緒に歩いてくれた彼女はきっと俺が死んだら泣いてくれるだろうし、逆だったら俺も泣いてしまう。世界中の全員と向き合うことはできなくても、こうやって心が通う関係の人が増えたらいいなって思いました」
誰かのしんどい場面で自分の音楽や言葉が存在している。もしかしたら、14歳のときに死のうとした自分自身がいま自分の音楽を聞いているかもしれない。そう考えると、音楽の向こう側はどこまでも広がっていました。
「やっぱり、死なんといてほしいって思いますね。その反面、ほんとうは自由やとも思うんです。死ぬことすらその人の権利だから。俺が死ぬなよって止めて、誰かの人生を負担することはできないし。ただ、少なくとも俺はあのときに死なんくて良かったなって思っている。死のうとした人間が今はそう思っている、せめてそれを続けたいんです」
かつて14階から飛び降りようとした自分が、現時点では死ななくて良かったと思っている。その姿を体現しているKZさんは、旅が終わったら東京と大阪でワンマンライブをやろうと思っているそうです。騙されたと思ってでも死ぬ前にライブを見に来てほしい。KZさんは人に会い続けることを願っています。
「この世界はいろんな人がいて、いろんな歴史や文化がある。それを全部知ることはできへんとわかりつつ、それでも俺は生きている間はずっと知り続けたい。そして、人生の最後の瞬間に、世界は美しいか美しくないかジャッジをしたいなって思っているんです。
俺にとって、今のところ世界はめちゃくちゃ美しいと思う。人間関係やコミュニケーションが希薄って言われているけれど、そんなことない。優しい人はちゃんとたくさんいる。俺はそれをリスナーさんに教えてもらったんです。つらかったらライブを見てほしい、少しでも部屋から出ようとか、今あなたがいる場所から浮上しようって思うきっかけをわたせる自信はあります」
“優しい日を思って、今日も優しく“、これはいつかのKZさんのツイートです。世界は広い。人生をかけても、とても会いきれないほどの人がいて見きれないほどの風景があります。それでもそれぞれの場所で、自分の声が届く範囲、足がたどり着ける範囲で生き続けていく。
点と点として存在し続けるわたしたちは、世界の美しさや人の優しさ、そして自分自身のなかにもちゃんと存在している優しさを見限ってしまわないために人に会い続けていくのです。いつか配信越し、あるいはライブハウスで、同じ歌声を聞く日を想像しながら。
KZ
大阪、梅田サイファーが出自のラッパーKZ。UMB18、19、20にて3年連続、激戦区大阪代表の座を勝ち取る。 19年1月にリリースした「マジでハイ」がYoutubeにて 800 万回再生を記録し、19年夏から梅田サイファーの主要メンバーとして全国ツアーを成功させる。出演したTHE FIRST TAKEの動画は現在1950万回再生。ソロとしても年間50本近いライブを行い、全国各地の大小様々な箱でマイクを握る。 ラッパーだけではなく、映像監督やトラックメイカーとしての側面を持ち、作詞としては人気コンテンツである「ヒプノシスマイク」にも作詞提供を行っている。
文・成宮アイコ
朗読詩人・ライター。機能不全家庭で育ち、不登校・リストカット・社会不安障害を経験、ADHD当事者。「生きづらさ」「社会問題」「アイドル」をメインテーマにインタビューやコラムを執筆。トークイベントへの出演、アイドルへの作詞提供、ポエトリーリーディングのライブも行なっている。EP「伝説にならないで」発売。表題曲のMV公開中。著書『伝説にならないで』(皓星社)『あなたとわたしのドキュメンタリー』(書肆侃侃房)。好きな詩人はつんくさん、好きな文学は風俗サイト写メ日記。
編集/inox.
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