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横浜ハンマーヘッドに300種類のクラフトビールが揃う謎のコンビニが生まれた理由

2022.06.19

横浜ハンマーヘッドという、横浜新港のターミナル施設に、クラフトビールギークの間で、つとに知られたコンビニがある。突出した品揃えで、とてもコンビニとは思えないことから“狂った×××”と呼ばれている。ビール好きの記者が行って確かめてきた!

横浜新港のコンビニの棚に増殖するクラフトビール

神奈川県横浜。みなとみらい駅から徒歩12分、馬車道駅から徒歩10分。観光客やカップルがそぞろ歩く街並み。大さん橋、赤レンガ倉庫の手前。新港ふ頭の客船ターミナルの名が「横浜ハンマーヘッド」だ。

新港ふ頭ターミナル施設「横浜ハンマーヘッド」(手前)。埠頭に面した歴史的にも貴重なハンマーヘッドクレーンの名にちなむ。(提供:横浜ハンマーヘッド)

横浜ハンマーヘッドはCIQ(Customs、Immigration、Quarantine)機能をもつホール、ホテル、レストラン、カフェ、コスメショップなどの店舗がテナントに入る、横浜の新観光スポットともいえる複合商業施設。オープンは2019年10月だ。この1階に、クラフトビールファンの間で「狂ったセブン」の名で知られるコンビニがある。国内外のクラフトビールが、コンビニとしてはあり得ないほど種類豊富に並んでいるからだ。

そのコンビニは、一見、ちょっとオシャレ。くらいの印象である。施設全体が、新港に面したオシャレ空間なので当然と言えば当然である。

しかし、店舗に足を踏み入れると、そのオシャレ感は、どこか外国の酒屋さんに迷い込んだようなエキゾチック感に変わる。冷蔵庫にカラフルな缶が林立しているのだ。

賑やかなビール棚だなー。酒屋さんではありません。

扉なしの冷蔵庫コーナーには、主に海外のクラフトビールメーカーのビールが色とりどりに並ぶ。アメリカ、イギリスをはじめ、カナダ、スペイン、スウェーデン、ラトビア、オーストラリアと、取り扱うクラフトビールは幅広い。スペインのクラフトビールなんて飲んだことないし、イメージがわかないけれど……。ラベルがカッコイイ!

スペインはバルセロナのGarage Beerのビール。

北欧やエストニアのビールも貴重だ。北欧のビールにはある種スタイリッシュなイメージが強いのだが、こんなクラフトビールもある。

おもちゃの缶詰。ではなく、スウェーデンのBREWSKIのビール。

横浜ハンマーヘッド内にあるブルワリー「Number Nine Brewery」のビールも充実。

そこから店の対極に位置する扉付き冷蔵庫コーナーには、主に日本のクラフトビールブルワリーのビールがギッシリ、キリッと冷えている。

主に国内のクラフトビールが詰まった狂った冷蔵庫。

それでもまだ冷蔵庫が足りないようで、この冷蔵庫の隣に、日本ビールというビールの大手輸入会社から提供された冷蔵庫が2本、設置されていた。国内の大手メーカーのビールもひととおりそろっているが、相対的に目立たない。また、酒の常温コーナーは、主にベルギーやイギリスの瓶ビールが埋める。

もうひとつのビール大国、ベルギーのビール好きもウエルカム!

さらに、ビールギークの心をゆさぶるグッズのコーナーも。ブルワリーのオリジナルTシャツやグラスなどが販売されている。

ベルギーのピンクの象が人気の「デリリウム・トレメンス」のサインボードも販売中。こんなコンビニがあっていいのか!

立ち寄るお客さんのメインの想定されるのは、まずは客船の乗客である。日本に初上陸する外国人も当然、いらっしゃるだろう。日本で初めて目にするコンビニが、このクレイジーなコンビニだとしたら……、彼らは何を思うのだろうか? 

緊急時代宣言の休業明け。クレイジーなコンビニでリスタート

それにしてもなぜ、これほどクラフトビールを取りそろえているのだろうか? オーナーの中山啓太郎さんに聞いた。

セブンイレブン横浜ハンマーヘッド店オーナーの中山啓太郎さん。

横浜ハンマーヘッドのオープンは2019年10月の末。オープンしてすぐ、あの大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」が寄港。その後も、寄港してたくさんの乗客、乗組員などが横浜ハンマーヘッドのショップ&レストランに来店する見込だった。が、その後、船の「煙突の高さ」が問題で入港できなくなってしまったという。コンビニをオープンしてから1ヶ月も経たないうちに、中山さんは「これはまずい」とイヤな予感をヒシヒシ感じたそうだ。想定した客足は遠く及ばず、飲食商品の廃棄量がかさんだ。

そこで中山さんが賞味期限の長い商材として目をつけたのがアルコール類だ。中でも、あまりスーパーなどで見かけない「瓶モノ」を積極的に仕入れた。瓶のクラフトビール、瓶のクラフト焼酎、カクテル類を徹底的に探した。

中山さん自身は特にビール好きだったわけではない。酒好きでもないという。

「お酒に詳しいお店の人は、ビールはアルコール類の中では賞味期間が短いので敬遠するそうですが、私はそんなことも知らなかったので、瓶ビールをどんどん入れました」

神奈川県の湘南ビールや、鎌倉ビール、そして同じ横浜ハンマーヘッド内にオープンしたNumber Nine Brewery(ナンバーナインブルワリー)など、地のクラフトビールも積極的に置いた。まったく偶然だが、近所にアメリカのクラフトビール輸入大手ナガノ・トレーディングの本社があったことも幸い。ほどなくお知り合いに。

瓶モノをそろえた棚は目立ち、クラフトビール好きの間で話題になり始めた……ところにやって来たのが2020年4月、コロナ禍の緊急事態宣言だ。時短営業につづき、横浜ハンマーヘッド全館が休業に追い込まれたのだった。

5月末の休業空け。セブンイレブン横浜ハンマーヘッド店は、変わったコンビニに変身していた。

「当初見込んだ観光客も、施設の従業員の利用もほとんどない中、何か思い切った手を打たなければつぶれてしまう。クラフトビールで“狂ったコンビニ”としてのリスタートでした」と、覚悟を決めての再開だった。

冷蔵庫の棚を国内外のクラフトビールで埋めた。クラフトビールの価格はふつうのビールの2倍、3倍、それ以上は当たり前。加えて、ふつうのラガータイプより賞味期限が短い。それを客が激減したコンビニの冷蔵庫で大々的に展開したのだ。たしかに正気の沙汰ではない。

しかし、そのクレイジーなビール棚は、ほどなくビールファンの目の止まり、ギークの心をわしづかみにし、SNSを通じて一気に拡散した。「狂ったセブン」の異名を取った。

冷蔵庫の上に張り出された「まだまだあります!!」が、ますますうれしい。

「私がクラフトビールに詳しくなかったことが幸いしたのだと思います。無知ゆえに振り切れたのです」と、中山さんは振り返る。中山さんはクラフトビールには詳しくはなかったが、コンビニ経営歴は20年、横浜市内に他に2店舗を構えるベテランだ。

明日は明日のクラフトビール。迷って楽しいクラフトビール

あれから2年が経った。中山さんは狂ったコンビニのオーナーとしてクラフトビールを飲むようになり、近ごろは自分の好みもわかってきたと話す。今では、クラフトビール専門店と変わらない熱意と情報収集力で、最新のトレンドを取りそろえる。

店には300種以上のビールが並んでいる。取材当日、冷蔵庫にはまだスペースが残っていたが、「明日の午前中にSTONEのビールが入荷するため」空けてあるのだという。明日には明日のクラフトビールがやってくるのだ。

冷蔵庫にはアメリカのメジャーブルワリーのビールと日本のマイナーブルワリーのビールが並んでいたり、1700円するビールの横に200円のおつまみがぶら下がっていたりと、駄菓子屋のような雑貨屋のようなワクワク感に包まれている。

平日の夕方。ビール棚の前は入れ替わり立ち替わり、いろいろな人が訪れる。施設内の従業員のほか、メインの客層は「30代、新しいモノ好き」だそうだ。

棚を一瞥して、サッと1本のビールを手に取るギークらしき人が通り過ぎたかと思えば、「これカワイイ」とコスメを選ぶようにビール選びを楽しんでいる女性もいれば、日本の大手メーカーのビールを手にマジマジとクラフトビールの棚を見つめているおじさんがいる。

ここには、クラフトビールのギークも初心者も関係なく、心置きなくビール選びが楽しめる空気がある。お土産屋さんに入ったような観光地気分もそこはかとなく感じる。単に、ちょっと変わったラベルが見たいという人にもおすすめしたい、横浜ハンマーヘッドの狂ったコンビニである。

●セブンイレブン横浜ハンマーヘッド店
神奈川県横浜市中区新港2-14-1

取材・撮影・文/佐藤恵菜

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