ヴィンテージデニムアドバイザー藤原裕のデニム講座 連載第4回
原宿のヴィンテージショップ「ベルベルジン」でディレクターを務めている藤原裕氏は、YouTubeで「ヴィンテージデニムCH」を配信している。
古くて価値のあるヴィンテージデニムの魅力を動画で紹介しているが、こうした貴重なデニムを買い付ける人々を、デニムハンターと呼ぶ。今回はハンターの実態や、投機としてのヴィンテージデニムについて語ってもらった。
見つかれば一獲千金のヴィンテージデニム
藤原 前回紹介した通り、デニムはもともと鉱山で働く人々の服でした。鉱山の跡地に入り、デニムを発掘するデニムハンターもいます。こうした場所で発掘されるデニムは「炭鉱系」と呼ばれるもので、コンディションにもよりますが、市場価値が数百万円になることもあり、まさに一獲千金、夢のある仕事です。
ヴィンテージデニムアドバイザー藤原 裕 CH
【アメリカの炭鉱より出土!?1930年代リーバイス501xx】
https://youtu.be/w-3uNIiISWEより
1990年代の日本にもデニムハンターと呼ばれる人は存在しました。その人はアメリカの田舎町を回っていたところ、解体作業をしている古い一軒家を見つけて、その現場に立ち会いました。壁を壊してみたところ、壁と壁の隙間から1900年代初頭のヴィンテージデニムがでてきたという話でした。
昔は労働着として使われていたので、特に寒冷地域ではボロくなって着なくなったものは断熱材や緩衝材の代わりにすべく、壁と壁の隙間に押し込むという習慣がありました。そういった経緯でヴィンテージデニムが発掘されたのです。
極上のヴィンテージデニム58本も発掘
――藤原さんの忘れられないデニムハンターの体験とは?
藤原 実は私もアメリカにヴィンテージデニムを買い付けに行っている時に、大量に発掘されました。お付き合いのあったサンフランシスコ在住の日本人ディーラーさんから「出たよ」という電話が入ったのです。田舎の一軒家の倉庫からヴィンテージデニムがごっそり出てきたのです。
段ボールの中に入っていたデニムをお孫さんが発見されたそうなのですが、そのお宅は祖母の代から農家で、数人の作業者を雇っていました。その作業着にリーバイス501XXを使っていたのです。最初は古着として捨ててしまおうと考えたそうですが、お孫さんがデニムが高額で取引されていることを思い出して、古着屋に連絡しました。
その古着屋が私に「出たよ」と電話をしてくれた日本人ディーラーだったのです。私も実際に見ましたが、リアルに作業着として使われていただけに、ヒゲやハチノスがバッチリついていて、色落ちしている部分と色が残っている部分のコントラストがすごかったです。
私もこれまで20年以上ヴィンテージ業界にいて、一度の買い付けでリーバイス501XXが極上の色落ちで58本もまとめて見つかるという体験をしたことが無かったので、これはまさに一獲千金の出来事として印象に残っています。
アメリカンドリームを実現するヴィンテージデニム
藤原 ただ、最近はこうした古い家からまとまって発掘されるケースはほとんどありません。
次にデニムハンターが狙い目としてチェックしていたのがエステートセールでした。米国では家族が亡くなった時に故人の遺品を販売するセールを行います。鉄道員や工場勤務をしていた人が作業着としてデニムを使っていたら、エステートセールでヴィンテージデニムに出会える可能性がありました。
最近は個人情報を公表しないケースが増えていますが、それでも新聞や教会関係者のお知らせで亡くなった人の経歴とお悔やみが掲載されます。そこでエステートセールの情報を得て、ヴィンテージのワークウエアなどの掘り出し物を見つけに行くのです。ただ、こうした米国のデニムは本当に少なくなりました。
現在の買い付け先は東南アジア、中東、アフリカ
――ハンターはどこから買い付けているのでしょうか?
藤原 米軍基地がある沖縄や、東南アジアに買い付けることもあります。特にタイは日本と同様、ヴィンテージデニムが長年トレンドになっていて、値段を度外視すればアイテム自体は比較的見つけやすい国です。
中東地区で起きた紛争時の物資として流れた商品がパキスタンなどに流れて残っていることもあります。また、世界中から難民物資が届くアフリカへ、ハンターたちが行っていた時期もありましたが、こちらもなかなか難しい様です。
一昔前まで古着といえばアメリカ古着を指していましたが、今はミリタリーアイテムを筆頭にイギリスやフランスのヴィンテージアイテムも人気となっていて、ヨーロッパでの買い付けをしているところも増えました。
今は米国人のバイヤーが日本に買い付けに来ることもあるほど、日本国内でのヴィンテージ市場は充実しています。もはや日本は世界一の「ヴィンテージの宝島」になっています。
お宝級のヴィンテージデニム分布図(KADOKAWA提供)
国内や海外など、デニムハンターはそれぞれ独自の買い付けルートやノウハウをもっています。うまくいけば一獲千金も夢ではありません。ゴールドラッシュでアメリカンドリームを夢見た人々の作業着が、現代のデニムハンターのアメリカンドリームを実現してくれるのです。
デニムハンターに必須なデニムの教養
――夢のある職業ですね!
藤原 そうです。でも、古着の知識はもちろんですが、外国人と直接交渉するので英語は必須(カタコトでも)で、商品の相場を把握していなければいけません。バイイングトリップと呼ばれる買い付け旅行は数カ月にわたることもあり、衛生的でないモーテルに泊まったり、車中泊もザラです。体力に自信が無いとやっていけません。
また、アイテムを売ってくれるためには相手との信頼関係も必要です。人との繋がりやコミュニケーションを大切にすることも必須です。また、見つけるための独特の感覚の持ち主でなければいけません。こうしたセンスは天性のもので、今でいえばコロナ禍で閉鎖された工場や倉庫、軍の放出品などが眠っている倉庫などにありそうです。
ディティールや色落ちの状態から年代と相場を読み解く“デニムの教養”が頭に入っているからこそ、時にとんでもないお宝を掘り当てることができます。逆に言えば、運良くお宝と巡り合っても、瞬時に価値を見抜く力とバイイング時の交渉力かなければゲットすることはできないのです。
これは、米国の田舎町でフリーマーケットを回っているときのこと。一画で「1本10ドル」で安売りされた10本のジーンズのうち3本は5万円の価格がつく代物でした。瞬時に10本100ドルで購入し、日本に持ち帰って5万円×3本、残り7本も8000円程で売れましたので、およそ20倍の値段になりました。これを、デニムハンターの間では“掘った”と言います。
デニムハンターのエキサイティングな商談
また、これも米国の小さなフリーマーケットで出会ったスリフトショップを回るディーラーとのやり取りです。スーパーマーケットのビニール袋に入れられたジーンズがありました。取り出して広げると、150万円の価値があるまさしくお宝だとわかりました。
先にディーラーから「How much do you pay?」と聞かれます。それに対し、「How much do you want to sell?」と返す。こちらからではなく、まずは向こうに値段を言わせるのが味噌。すると、「4000dollars」と言われます。 私は渋るふりを見せますが、日本では150万円で売れる代物ですから十分に利益が出ます。しかし、私はそのとき手持ちの現金が500ドルしかありませんでした。
お宝をしっかりと手に握ったまま、一緒にきていたバイヤー仲間に電話をします。4000ドル持ってないかと聞いたら、あるよと。仲間がきて、チラッと見せたら、サングラス越しに「これはヤバいな!」とお互い目を合わせます。こちらの狙いがディーラーに読まれてしまわないように、大袈裟に広げず4000ドルでうまく買い取りました。
そのジーンズは日本に持ち帰ると入荷日に、150万円で売れました。これは約15年前の出来事で、いまもし同じデニムが店に入ってきたら500万円の値段がつきます。
向こうも4000ドルは多少ふっかけたはずですが、実は相場ではもっと価値が高かった。目利きができるからこそ、瞬時に売値を判断できる。安く変えた時の感動はバイヤーとして、1番のやりがいでヴィンテージデニムの面白さです。日々、フリーマーケットの一画で、米国人のディーラーと緻密な心理戦が繰り広げられています。こういったバイイングの交渉時は、エキサイティングなワンシーンです。
――デニムハンターの貴重な実体験、藤原さん、ありがとうございました!
奥深いデニムハンターという仕事。彼らがいるからこそ、豊富な品ぞろえの中から自分だけのデニムを手に入れることができる。デニムハンターに感謝しつつ、次回はハンターが苦労して手に入れたヴィンテージデニムの「投機」について紹介する。
藤原 裕 YUTAKA FUJIHARA
1977年、高知県生まれ。原宿の老舗古着店「BerBerJin」ディレクター。別の名を〝デニムに人生を捧げる男〟。店頭に立ちながらも、ヴィンテージデニムアドバイザーとして人気ブランドの商品プロデュースやセレブリティのスタイリング、YouTube配信やメディアでの連載など、多岐にわたりデニム産業全般に携わる。マニアからの信頼も厚い、近年ヴィンテージブームの立役者。
https://www.youtube.com/c/v-d-a-f-501xx/
https://www.instagram.com/yuttan1977/
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文/柿川鮎子
編集/inox.