車を運転している方は、いわゆる「あおり運転」など、危険な運転をしている他の車を見かけたことがあるのではないでしょうか。
悪質な例では、わざと交通事故を起こし、相手に対して損害賠償を請求する「当たり屋」が存在するようです。
もし「当たり屋」による故意の交通事故に巻き込まれてしまった場合、被害者としてどのように対処すべきなのでしょうか?
今回は「当たり屋」による交通事故について、損害賠償や刑事罰の取扱いや、「当たり屋」であることを立証する方法などをまとめました。
1. 相手車両の故意による交通事故の場合、過失割合は「10対0」
交通事故の当事者にケガや物損などの損害が発生した場合、過失割合に応じて、当事者間で損害を分担することになります。
この点、相手車両が故意にぶつかってきたことにより交通事故が発生した場合、過失割合は相手が100%、自分が0%(10対0)です。
その他の事故状況がどのようなものでも、故意に交通事故を起こした者は、被害者に対して全面的に損害賠償責任を負います。
したがって、「当たり屋」にぶつかられてケガをしたり、車が壊れたりした場合には、損害全額の賠償を請求できます。また、仮に「当たり屋」から損害賠償を請求されたとしても、1円たりとも支払う必要はありません。
2. 「当たり屋」行為につき成立する犯罪
いわゆる「当たり屋」に当たる行為については、「危険運転致死傷罪」や「妨害運転罪」という犯罪が成立します。
2-1. 危険運転致死傷罪|被害者が死傷した場合
車の通行を妨害する目的で、走行中の車に著しく接近する方法で自動車を運転し、被害者を死傷させた場合には「危険運転致死傷罪」が成立します(自動車運転処罰法2条5号)。
危険運転致死傷罪の法定刑は、被害者が負傷した場合で「15年以下の懲役」、被害者が死亡した場合には「1年以上の有期懲役」と、きわめて重いものに設定されています。
2-2. 妨害運転罪(あおり運転)|被害者が無傷の場合
他の車両等の通行を妨害する目的で、道路上の交通の危険を生じさせる方法によって以下の7種類の行為をした場合、妨害運転罪(あおり運転)で処罰されます(道路交通法117条の2の2第11号)。
①通行区分違反(逆走して進路をふさぐこと)
②不必要な急ブレーキ
③車間距離の不保持
④進路変更禁止違反
⑤追い越し禁止違反
⑥みだりに警音器(ベル)を使用する行為
⑦安全運転義務違反(幅寄せなど)
被害者が死傷した場合には危険運転致死傷罪が成立するため、妨害運転罪で加害者が処罰され得るのは、被害者が無傷の場合です。
妨害運転罪の法定刑は「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」とされています。
3. 相手が「当たり屋」であることを立証するには?
前述のとおり、交通事故の相手車両が故意に衝突してきた場合には、相手に損害全額の賠償を請求できますし、相手に生じた損害を賠償する必要はありません。
もし相手が損害賠償の支払いを拒否した場合、また反対に損害賠償を請求してきた場合には、相手が「当たり屋」であることを証明することが必要です。
「当たり屋」行為を立証するためには、以下の手段を用いることが考えられます。
3-1. ドライブレコーダーの記録を提出する
車にドライブレコーダーが搭載されていれば、相手車両が故意にぶつかってきた場面が映像に記録されている可能性があります。
交通事故当時の映像は、事故状況を立証するために、客観性の高い有力な証拠として役立ちます。「当たり屋」の被害に遭うなど、万が一のケースを想定して、車にドライブレコーダーを積んでおくのが安心でしょう。
3-2. 警察の実況見分調書を提出する|事故現場での警察への説明が重要
交通事故が発生した場合、当事者は警察官に報告する義務を負います(道路交通法72条1項)。
当事者から事故の報告を受けた警察官は、事故状況を分析的に記録した「実況見分調書」を作成します。
たとえば、相手車両がどのような速度や角度で衝突してきたのか、ブレーキは踏んでいたのかなどについても、道路のタイヤ痕や車両の破損状況などから警察官が調査・分析して記録します。
もし「当たり屋」に特有の痕跡があれば、警察官が実況見分調書にその旨を記載するでしょうから、損害賠償請求に関する証拠として用いることが可能です。
ただし、事故現場の状況を確認しただけでは、警察官が事故の実態をすべて把握することは困難です。そのため、どのような経緯で事故が発生したのかを、当事者として具体的に警察官へ伝えることが重要になります。
相手車両の速度・衝突の角度・あおり運転行為の有無など、自分の認識を詳しく警察官へ伝えましょう。警察官が聴き取った内容を参考に調査・分析を深め、「当たり屋」行為の決定的な証拠を掴んでくれるかもしれません。
3-3. 事故直後の相手の言動を録音しておく
交通事故直後の相手との会話内容から、相手が「当たり屋」であることを推測できる場合もあります。たとえば恫喝的な言動、不自然な言動が見られる場合には、「当たり屋」である可能性を窺わせる事情になり得るでしょう。
相手が本当に「当たり屋」であるかどうかは、主に交通事故の客観的な状況から認定されます。したがって、会話内容の録音は補助的な証拠という位置づけに過ぎません。
しかし、警察や裁判官の心証を有利な方向へと動かせる可能性もありますので、相手と会話をする際には、念のため録音を試みることも考えられるでしょう。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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