■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は、スマートフォンの周波数対応について話し合っていきます。
全キャリアの周波数に対応できる?
房野氏:総務省で携帯電話が対応する周波数について議論が進んでいますね。
石川氏:総務省で、キャリア乗り換えは実際に推進できているか、検証されています。そこで注目されているのが、スマートフォンの対応周波数問題です。総務省が出した資料では、韓国とアメリカの状況が紹介されています。韓国では、売られている端末が全て3キャリアの周波数に対応しているので乗り換えしやすいと。でも、アメリカは抜けているところがあると。で、なんとなく、「韓国が全周波数に対応できるなら、日本でもできるんじゃないのか」という方向に今、なろうとしています。
ただ、韓国は5つくらいの周波数帯しか使っていなくて、しかもグローバルで主流になっている周波数帯がメイン。かたや日本はローカル周波数というか、日本くらいしか使っていない周波数も割り当てられている。例えば1.5GHz帯とかはまさにそうで、5Gにおいてもドコモにだけ4.9GHz帯(n79)が割り当てられていたりする。日本の周波数全てに対応するのは無理筋の話なんじゃないのかなと。まぁ、業界の人はみんな無理じゃないかと思っているんですけど、有識者会議では「対応すればいいんじゃないか」という議論になろうとしています。
キャリア4社のヒアリングで各社が言っていたのは、やっぱりコストが上がること。部材のコストが上がるし、検証コストも上がる、技適の手数料が上がるというので、現実的ではないでしょうという話をしている。
石野氏:そもそも、端末の対応バンド(周波数)を総務省がメーカーに規制できるのかというと、今の法律の枠内だと難しいような気がする。総務省がなにかしらの規制をかけられるのはキャリアなので、「他キャリアの周波数にも対応した端末を調達するようにしなさい」って言うことはできると思うんですけど、その理由として、キャリアの乗り換えが促進されないからというのはどうかと。使われるかどうかわからないバンドに対応する理由が競争促進というのは、論拠としては難しいかなと思っています。かたや、オープンマーケットで売られている端末もバンドの対応状況は様々なので、そっちはどうするんだっていう話も出てきてしまうだろうし、収拾がつかなくなる気がするんですよね。
石川氏:キャリアとしては、自分たちが持っている周波数帯に端末がきっちり対応すると、速度が出やすい。周波数を束ねて速度を上げるキャリアアグリゲーションをする際に、自分たちが持っている周波数帯にしっかり対応させたいという考えがあるので、こういう状態になっていると説明している。仮に、キャリア端末を全周波数に対応させることになると、コストは結果としてユーザーに跳ね返るので、「なぜそんなに乗り換えしない人たちもコスト負担しなきゃいけないんだ」という問題になる。ただ、この問題をいろいろ考えていて1つ簡単な答えがあるとするならば、キャリアはオープンマーケット端末を調達して売るのが解決策になっちゃうかなっていう気がしていて、でも本当にそれでいいのかなとは思う。ただ、そういう考えがあってもおかしくないのかなって気もしています。
石野氏:サムスンを例にすると、今、サムスンはソフトバンクには端末を納入していない。商品を買ってくれないのに、ソフトバンクが持っているバンドへ、なんでわざわざ対応する必要があるのかと。使われない可能性の方が高いわけじゃないですか。そのためのコストを負担して、結局それで調達価格は決まっているので、そのためにサムスンは色々な営業努力をしなきゃいけなくなる。「なぜそんなことをしなきゃいけないの」っていう話になり、「いやぁ、日本市場面倒くさいわ。もうオリンピックも終わったし、いいわ」って撤退しちゃうことだってあり得るじゃないですか(笑)。まぁ、これは極端な話ですけど。なんというか……なんでもかんでも規制で解決しようとするのは、ちょっとおかしいなっていう感じ。
石川氏:端末を製造するメーカーが減ると思うな。
法林氏:だから、ダメなんですよ。認証を取るのにお金がかかるのは事実だし、それを「数百円じゃないの?」って言う人もいるんだけど、「開発コスト段階の数百円が、売価でいくらになるかわかっていますか?」って話になる。数百円上がるでは済まない。当然、今は4キャリアだから、4キャリア分の検証も必要。例えば、楽天モバイル専用で作っている端末が、他の3キャリアでも動くようにするためには、自社用以外に、3社分を検証しなきゃいけないので、当然そのコストもかかってくる。この話をすると必ず、「iPhoneはできているでしょ?」って言われるんだけど、周波数をコントロールするところに使っている部材がiPhoneだと全然違うんだそうです。すごく高価なものを使っている。何千万台もの数を販売する端末じゃないとペイしないようなものを使っているそうなんですよ。
石川氏:iPhoneはそれだけの調達数があるからペイする。色んな国で売れるから。
法林氏:そう。ところが、日本で売っているメーカーだと「そんな台数が売れるものと一緒にしないでください」って話になる。そこのコストが上がって「端末の値段が上がりますけどよろしいですか?」ってなれば、キャリアは「対応したくないです」と言うじゃないですか。
石野氏:元々日本向けに端末を作っているシャープや京セラは、まだやりやすいですよ。Galaxyは、元々日本向けに作っていない。グローバル向けに作っているんですよ。そうすると、日本の周波数に対応することは、やればやるだけコストになっちゃう。シビアに見ていくと、1つの会社に特化した方がコストは抑えられる。ハイエンドとミッドレンジでも違いますし、ベースモデルがどこにあるかっていう違いも当然あるので、そういう違いを抜きにして議論がどんどん進められているのは、すごく乱暴だなぁって感じがしますね。
石川氏:5Gの4.9GHz帯なんて、ほぼドコモしか使っていない。なぜソフトバンク向けの端末もそれに対応しなきゃいけないんだと。
石野氏:「どこまで対応すればいいんだ?」って話になりますよね。
全バンド対応は競争促進につながらない
法林氏:ユーザーが循環するようにして競争環境を作っていきたいという話なんだけど、それって周波数の問題じゃないと思うんですよ。むしろ、「通常は2万円割引だけど、MNPした時には10万円まで割引します」みたいな時は、みんな喜んで動くわけです。総務省がやるべきは原則ルールを作ることで、穴を塞くような細かいことではない。
石野氏:落とし所として、「プラチナバンドぐらいはインフラとして対応しなさいよ」くらいのことになるのかなぁっていう気がちょっとしています。プラチナバンドだけだったら周波数も近いし。例えば今、ドコモが売っているGalaxyは、auやソフトバンクのプラチナバンドに対応していない。「せめてそこくらいは対応しなさいよ」というような感じになるのかなぁって。
石川氏:複数のプラチナバンドに対応する方が難しいんじゃないのかな。
法林氏:隣だからね。
石野氏:まぁ、でも、シャープもできているし……
法林氏:あともう1つ。複数のバンドに幅広く対応すると、その分、利得(アンテナの性能)が下がるはず。
石野氏:そうですよね。
法林氏:そういう問題も絡んでくるから、余計なところに手を入れない方がいいんだけどね。有識者の方々は、そういうことも、たぶんよくご存じなんでしょうね(笑)
房野氏:総務省は「全部のバンドに対応しろ」と言うでしょうか。
石野氏:何を落とし所にするのかよく見えてないので、みんな戦々恐々としている。これで全バンド対応だったら、もう無理だろうっていう話をするところも……
法林氏:割り当てている周波数が、そもそもバラバラなんだよね。PHSみたいに1つの周波数を全員で共用するのか、みたいな話になるわけじゃないですか。
石野氏:「もうちょっと共用しやすい、端末に入れやすいバンドをちゃんと割り当ててくださいよ」っていう話になりますし。
対応バンドが多いことによって乗り換えが促進されるのであれば、シャープ端末を買った人はもっとキャリアを乗り換えているはずですよ。そのデータをちゃんと見る前に、対応を議論するのもなんだかなぁって感じですし、対応バンドが少なくて不便だと言っている人は、iPhoneやAQUOSを買えばいいのでは(笑)
法林氏:全部対応することで恩恵を受ける人が少ない。
石川氏:素直にiPhoneを買っておけばいいんじゃないですか。
石野氏:iPhoneかAQUOSを買えば済む話。何となく問題視している人たちは、GalaxyとXperiaを全バンド対応させたいっていう意図があるのが透けて見える。それならば、「オープンマーケット版を出してください」って要望した方が早いと思う。Xperiaはもう、ほぼ全バンド対応したオープンマーケット版を出しているので、どちらかというと「Galaxyを好きなバンドで使いたい」ってことなのかな。
法林氏:そんな、「あなたが他キャリアで使いたいがために、私たちが費用を出すことはないわ」みたいな話。ドコモだったらドコモで買って使えばいいわけだし、auはauで使えばいいわけだし。キャリアを移行するのだったら買い直せばいいだけの話。
石野氏:突き詰めるとGalaxy問題なんですよね。シャープは普通にたくさんのバンドに対応していますし、Xperiaもオープンマーケット版で対応していますし、Appleも対応していますし。そう考えると、ターゲットにされているのはサムスンなのかなっていう感じもする。
法林氏:さっき石野君が言ったように、オープンマーケット端末をどうするのって話になってくる。ドコモのn79とか、他ではほとんど使われていないわけで、「これにみんな対応するの?」って話になる。
石川氏:そもそも「じゃあミリ波はどうするの?」って話ですよ。ミリ波だけ外すってのも変な話じゃないですか。
法林氏:そうだよ。総務省は細かい穴を塞ぐようなルールを作るんじゃなくて、原則を作ることが本来の仕事。それがちゃんとコントロールできないんだったら、もう総務省にそんなことをやらせる必要性はない。
石野氏:キャリアを変わって「このバンドが使えないのでちょっと不便だな」っていうのは、まぁ、気持ちとしてわかるところはあるんですけど、圧力のかけ方が違う。ユーザーがサムスンに「ソニーみたいにオープンマーケット版でちゃんと3社対応のものを出してくれ」という強い要望を出して、サムスンが出したら買ってあげるのが筋なわけで、規制をかけてどうこうという話ではないと思うんですよね。一部の人が「持っていっても使えない」と、消費者庁や総務省に声を上げていったのに、総務省の中で勝手に競争促進というお題目を付けてやらせようとしているのは、議論のすり替えみたいでちょっとズルいなっていう感じがしますね。「僕はGalaxyをドコモで買ってauで使いたい」って正直に言えばいいのに、競争促進のためとか、スイッチングコストを削減するためというお題目をつけていて、すごくこじつけ感がある。だから、すんなりまとまらないんだろうなっていう感じもする。「MシリーズじゃなくてGalaxy Sシリーズをオープンマーケットで出してください」って嘆願するのが一番。
法林氏:メーカーにお願いすること。それを政治に持ち込むことが問題。
石野氏:それを出してくれなかったら、それはもう、君たちの購買力が足りないだけだと。そんな気がしますね、ほんとに。
法林氏:サムスンがオープンマーケットモデルを出すのに何年かかったと思っているんだと。
石野氏:12年かかりましたよ(笑)
……続く!
次回は、Google I/0について会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/房野麻子