“不妊治療の名医”と呼ばれていた男が、患者に無断で自身の精子を使って人工受精を行っていた衝撃的な事件を独占取材。
2022年5月11日よりNetflixで独占配信中の『我々の父親』は、アメリカで制作されたドキュメンタリー映画。
製作はエミー賞受賞プロデューサーで『The Jinx: The Life and Deaths of Robert Durst (原題)』を手掛けたジェイソン・ブラム。
あらすじ
インディアナ州インディアナポリスで1970年代後半にクリニックを開業し、“不妊治療の名医”と謳われていたドナルド・クライン。
クラインは患者の女性とその家族に無断で自身の精子を使い人工受精を行い続け、94人以上の生物学上の父親であることが後々明らかになった。
クラインは一流の医師として人々から信頼されていたため、長年のあいだクラインのことを疑う人はほとんどいなかったという。
人工受精によって誕生した一人っ子の女性ジャコバ・バラードさんは、両親と髪や目の色が異なることについて、次第に違和感を抱くようになった。
意を決してDNA検査を行ったところ、バラードさんに異母兄弟がいることが判明する。
しかもその数は1人、2人どころではなく、調べれば調べるほど7人、10人、20人……と増え続けていった。
最終的にバラードさんとその兄弟姉妹は、生物学上の父親がクラインであることを突き止める。
実際の裁判の映像や録音データ、関係者への独占取材、再現VTRなどにより、事件の真相に迫る。
見どころ
自分自身のことを、全知全能の神か何かと勘違いしていたのだろうか……?
そして、「こんなに優秀で素晴らしい自分の子孫は、人類のためにたくさん遺しておくべきだ」とでも思い込み、暴走してしまったのだろうか。
そう思わずにはいられない、万能感に基づく醜い犯行の数々。
優秀な産婦人科医として名を馳せていたのは事実だが、長年のあいだ難しい治療を行い患者に感謝され名声を欲しいままにしているうちに、人間の生命を操る力を持っていると自己を過信してしまったのかもしれない。
野心的な性格かつ成功者の男性は、本能的に自分の子孫をたくさん遺そうとする傾向があると言われているが、もちろんそれは相手の同意がある場合にのみ許される。
知人によるとクラインは自身の能力や存在価値に絶対的な自信を持っていたそうで、さらに子どもらが調査を進めると、“白人至上主義カルト”との関連にもたどり着いた。
子どもを望んでいた夫婦だけでなく、生まれてきた子ども自身にとっても、あまりに辛く受け入れがたい真実。
愛と信頼で結ばれたあたたかい家族と思い出を築くことを願っている人にとって、クラインの心理は理解しがたいものだろう。
しかし世の中には人の命の価値を優劣のみで判断し、自分が“優れている”と判定した遺伝子を効率的に量産しようとする悪魔のような人間も確実に存在しているのだ。
Netflix映画『我々の父親』
独占配信中
文/吉野潤子