2019年5月に成立した、通称「パワハラ防止法」。大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から施行された。パワーハラスメント防止のための取り組みを進める必要がある中、研修実施の検討がされている。そのパワハラ研修に有効とされているのが、漫画を活用したものだ。その効果と実例を紹介したい。
パワハラ防止法を受けたパワハラ研修の実際のところは?
「労働施策総合推進法」が改正され、職場におけるパワーハラスメント対策が義務付けられた。中小企業は2022年4月から施行されたところだ。
職場におけるパワーハラスメントの定義としては、職場において行われる(1)優越的な関係を背景とした言動であって、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、(3)労働者の就業環境が害されるものであり、(1)から(3)までの3つの要素をすべて満たすものとされている(厚生労働省資料より)。
事業主が雇用管理上講ずべき措置としては、「事業主の方針の明確化及びその周知・啓発」「相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」「職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応」「併せて講ずべき措置 (プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)」の4つが挙げられている。
事業主は、日頃から労働者の意識啓発など、ハラスメント防止対策の周知徹底を図ることが義務付けられた。その一つの方法として、パワハラ研修を実施している企業があり、各研修サービスも提供され始めている。
●企業のパワハラ研修の実態
現在、企業内ではどのようなパワハラ研修が実施されているのか。
パーソルイノベーション株式会社(パーソルグループ)は、e-Learningにコミック教材を利用する「コミックラーニング」を提供する中、パワハラ防止に関する教材も取り扱っている。同社の「コミックラーニング」ユニット事業責任者 仙波敦子氏は、企業のパワハラ研修の実施手法について次のように話す。
「有資格者の外部講師の方や、社内担当者が作成したパワーポイント・動画教材を利用したセミナー・研修などが主流だと考えています。改正労働施策総合推進法に基づくハラスメント研修はやや専門性が高いため、そのような形で行われているようです」(仙波氏)
また、実際に起きたパワハラ事件のマンガでパワハラ防止の啓発ができる「実録まんがで学ぶ。パワハラ防止法研修。」のサービス提供を行う株式会社LIFE STUDY TECHNOLOGY代表の志村航氏は次のように話す。
「パワーポイントのスライドを見ながら、年に1度、2~3時間程度セミナー形式で説明をするスタイルが主流です。外部講師を招いて研修を行う大手の企業も多いですが、中小企業では、総務課の方が社内研修を任されることも多いようです」(志村氏)
一方で、仙波氏も志村氏も、まだ何も実施していない企業は多いのではないかと指摘する。
志村氏はその理由について次のように述べる。
「パワハラ研修を実施していない理由を聞くと、『うちはパワハラはないから大丈夫』といった意見や『上層部からの指示がない』という意見も聞かれます。企業の中で研修を担当される方は、保守的な人が多く『前例と同じことをする方』が多いため、今年から義務化されたパワハラ防止法への研修は、まだまだこれから手法を確立する企業も多いと感じています。また、小さな企業で『社長のパワハラが目に余るけれど、社内の誰も社長に直接注意することができないので、外部の研修を依頼した』という代弁のために研修を利用したという話も聞きました」(志村氏)
漫画手法で行うパワハラ研修
パワハラ研修は、特に中小企業では実施のハードルが高いようだ。こうした中、有効活用できそうなのが、「漫画」による研修だ。一般的な文字によるテキストを用いた研修と比べ、どのようなメリットや優位点があるだろうか。仙波氏と志村氏に話を聞いた。
「まず『受講ハードルの低さ』が挙げられます。文字がいっぱいの資料や長尺の動画とは異なり、エンタメ性のあるコミックであるだけで受講者の心理的ハードルが下がります。
また『研修の所要時間が短い』です。弊社の作品だとテストの受講も含めて1作品約5分で完了しますので、パワハラ3作品をご利用いただくと約15分で研修が完了し、非常に手軽に受講できます。
そして『受講者の能動性を引き出す』メリットもあります。自動で流れる動画とは異なり、コミック作品は受講者自身が自分の頭で咀嚼しながら読み進めていくため、受講者の能動性を引き出すことが可能です。受動的になりがちな現在のe-Learningの欠点を補うことができます。
能動性と同様に学習効果を上げるのは、コミックの持つ『視覚効果』です。子どもの頃に読んだ歴史上の人物マンガをまだ覚えている方も多いのではないでしょうか。ストーリーに入り込んで印象的なシーンなどを経て目で覚えることができるコミックは、文字に比べて長期記憶が高いといった研究結果もあります」(仙波氏)
「メリットは2つあります。一つ目は、『ストーリーがあることからわかりやすい』こと。パワハラ事件の多くは、加害者は自覚なく無意識にパワハラをしてしまっているケースがほとんどです。被害者側の気持ちを描いたマンガで被害者の視点を知り、出てくる悪役(加害者)と、自分が同じ行動、同じ発言をしてしまっていることに気がついてはじめてパワハラ、セクハラを自覚される方も多いです。
二つ目は、『無関心から興味を持ってもらうことができる』こと。パワハラの研修には『無関心』の方が多く、まずこのハードルを越えなくてはいけません。文字情報のみの教科書的な内容だと関心がわかず、現実感を持っていただくことがむずかしいです。マンガであればさっと読むことができ、内容も実際にあった事件なので関心をもっていただけます」(志村氏)
パワハラ漫画研修の事例~無意識にしてしまいがちなパワハラ
そこで実際の漫画を用いた研修教材を見ていこう。ここでは、無意識にしてしまいがちなパワハラについての題材の漫画を一部紹介する。
●「コミックラーニング」(パーソルイノベーション)
「一般的に想定しがちなパワハラは上司から部下のものが多いですが、特に非正規社員の方が多い業界だと正社員の役職者が職場で1人だけ、という状況もあります。例えばこの作品のような正社員が店長1人しかいないスーパーのような状況では、アルバイトの方たちから上位ポジションである店長(マネージャー)へのパワハラが発生することもあります」(仙波氏)
「またコロナ禍でリモートワークを導入した企業様も多いかと思いますが、リモート下でもパワハラは発生します。仕事に関係のない指摘や業務時間外の業務指示など、隠れたところでこそパワハラは発生しやすいとも言えます」(仙波氏)
「次にやや視点を変えて、パワハラではないという作品です。叱られることを何でもパワハラだと捉えてしまいがちな従業員が登場するこの作品では、本人が思い違いに気付き反省する姿が描かれます」(仙波氏)
●「実録まんがで学ぶ。パワハラ防止法研修。」LIFE STUDY TECHNOLOGY
エピソード1「これってパワハラ?研修会でコスチュームを着させて発表させる」より抜粋
「研修会で販売未達成のチームに罰ゲームとしてコスチュームを着せて発表させてしまった事件がございます。上司や会社は『遊び心、余興として実施した罰ゲーム』という考えだったようですが、Aさんは事前にコスチュームを着ることは聞かされていませんでした。
そして、その場で拒否することは非常に困難な状況でした。当然ですが、研修会でコスチュームを着させることは、研修会や発表には関係がありません。仕事の上で必要ではない行為です」(志村氏)
漫画研修サービスの今後の展望
これらの漫画によるパワハラ研修は、企業側が導入しやすい上に、社員も興味を持って学べそうだ。今後の各サービスの展望を聞いた。
「コミックラーニングは、パーソル社員の新規事業創出プログラム『Drit』から誕生し、おかげさまでサービス開始後約8ヶ月で受講者は10,000名を超えました。今後もビジネスをコミックで学べるe-Learningサービスとして、より多くの方にご利用いただきたいと考えています。
特にサブスクリプションプランでは、ハラスメントのようなコンプライアンス領域を中心に、著作権法・個人情報保護法・下請法・ダイバーシティ・SDGsなどのコンテンツを新たにリリースし約50点が利用可能です。ぜひ従業員の方全員が受講いただく必須研修のツールとしてご活用いただければと考えています」(仙波氏)
「利用企業様を増やしていきたいと考えています。多くの方に、パワハラ、セクハラの意識を持っていただけるように毎月実際にあったパワハラ事件をまんがにしてお届けしています。ご利用は無料です。社内WEBに掲載して啓発や、研修の際の資料として利用いただきたいと思っています。
また、企業のナレッジ共有のマンガの制作も積極的に請け負っています。マニュアルのマンガ化はもちろん、創業者のストーリーをマンガにして採用活動の資料にしたり、サービス業であればカスタマーハラスメントの事件をマンガにしてその対処法を伝えることなども高い教育効果が見込めます」(志村氏)
パワハラ防止に力を入れる必要がある中、無自覚で起きてしまう点が大きな特徴であるということがわかった。より効果的に啓発や施策を推進するために、一つの手段として有効といえそうだ。
【取材協力】
パーソルイノベーション「コミックラーニング」
LIFE STUDY TECHNOLOGY「実録まんがで学ぶ。パワハラ防止法研修。」
取材・文/石原亜香利