近隣の家で虐待が行われていると聞いて、児童相談所や報道機関などに通報したら、実は勘違いだった…。このような場合、名誉毀損罪で罰せられたり、損害賠償を請求されたりすることはあるのでしょうか?
今回は虐待を通報したが勘違いだったという場合について、通報者に法的責任が発生するのかどうかをまとめました。
1. 児童虐待を発見したら、児童相談所などへの通報(通告)義務を負う
児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)6条1項により、以下の児童虐待を発見した場合には、児童相談所などへ虐待の事実を通告する義務を負います。
・児童の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること
・児童に対してわいせつな行為をすること
・児童にわいせつな行為をさせること
・保護者としての監護を著しく怠る行為(児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食、長時間の放置、同居人による虐待行為の放置など)
・児童に著しい心理的外傷を与える言動(暴言、拒絶的な対応、配偶者に対する暴力など)
1-1. 児童虐待に関する通報先(通告先)
児童虐待に関する通告先は、以下のとおりです。
・市町村
・福祉事務所
・児童相談所
・児童委員
児童相談所への通告は、「189」にダイヤルすることで、全国から行うことができます。
参考:児童相談所虐待対応ダイヤル「189」について|厚生労働省
1-2. 児童相談所などへの通報(通告)は、名誉毀損に当たらない
児童相談所などに対する虐待通告を行っても、通報対象者に対する名誉毀損が成立することはありません。
法律上の名誉毀損には、刑法上の「名誉毀損罪」(刑法230条1項)と、民法上の「不法行為」(民法709条)の2種類があります。名誉毀損罪は刑事罰の対象、不法行為は損害賠償の対象です。
このうち刑法上の名誉毀損罪は、不特定または多数に向けた公の言動についてのみ成立します。
児童相談所などに対する虐待通告は、不特定または多数に向けたものではありませんので、名誉毀損罪の対象外です。
民法上の不法行為(名誉毀損)は、不特定または多数に向けた公の言動に限らず、特定少数に向けた言動についても成立する余地があります。
しかし、児童相談所などに対する虐待通告は、児童虐待防止法に基づく正当な行為であるため、違法性が認められず、不法行為は成立しません。
上記のとおり、児童相談所などに対する虐待通告が真実でなかったとしても、通報者は刑事・民事上の責任を負うことはないと考えられます。そのため、少しでも虐待の可能性があると思われる場合には、速やかに児童相談所などへ通告を行いましょう。
2. SNSなどに虐待の事実を投稿した場合、名誉毀損に当たる可能性がある
虐待の事実があると勘違いした人が、SNSなどを通じて虐待を発見した旨の投稿をした場合、名誉毀損の法的責任を問われる可能性があるので注意が必要です。
2-1. 虐待が真実でない場合、名誉毀損の違法性が阻却されない
SNS投稿は、不特定または多数に向けた公の言動であるため、虐待の事実を投稿した場合には、刑法上の名誉毀損罪の構成要件に該当します。
虐待が真実であれば、「公共の利害に関する場合の特例」が適用され、名誉毀損罪の違法性が阻却される可能性があります(刑法230条の2)。公共の利害に関する場合の特例が適用されるための要件は、以下の3つです。
①投稿内容が、公共の利害に関する事実に関係すること
②投稿の目的が、専ら公益を図ることにあったと認められること
③投稿の中で摘示した事実につき、真実である旨の証明があったこと
虐待の事実を暴露するSNS投稿は、①の「公共性」要件と②の「公益性」要件の2つを満たす可能性が高いです。しかし、虐待が勘違いであった場合、③の「真実性」の要件を満たしません。
したがって、虐待の事実がなかった場合には、虐待を暴露するSNS投稿の違法性が阻却されず、名誉毀損罪が成立する可能性があります。
刑法上の名誉毀損罪が成立する場合、同時に民法上の不法行為(名誉毀損)も成立し、通報対象者から損害賠償請求を受ける可能性があるので注意が必要です。
2-2. 例外的に名誉毀損が成立しない場合
虐待が行われていると誤信したことにつき、確実な資料・根拠に照らして相当の理由があると認められる場合には、例外的に故意が否定され、名誉毀損罪が成立しません(最高裁昭和44年6月25日判決)。
この場合、民法上の不法行為についても、故意・過失が否定されて不成立になると考えられます。
ただし、本当は虐待が行われていないにもかかわらず、虐待に関する確実な資料・根拠があるというケースは、なかなか想定しにくいところです。
虐待を発見した方にとっても、法的責任を負うリスクを犯してSNS上で虐待を暴露することは、決して得策ではないでしょう。
児童虐待については、児童虐待防止法によって、児童相談所などの通告窓口が用意されています。ご自身のSNSアカウントなどへ投稿することは控えて、児童相談所などへの通告を行ってください。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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