2年以上に及ぶコロナ禍において、海外からの旅行客のインバウンド需要が途絶え、国内の人々も外出を控えたことで、打撃を受けた事業は数知れず。百貨店もそのひとつだろう。
ところがそんな百貨店に明るいニュースがあるという。コロナ禍において、ラグジュアリー商材の売上が伸長しているというのだ。なぜ今、高級品が売れているのか。どんな層がどういう消費行動をしているのか。松坂屋名古屋店の外商員(ロイヤルアテンダント)である、野村 朗さんにお話を伺った。
百貨店の「外商員」とは?
既定の条件を満たして認定された顧客のみが受けられる、百貨店特有のお得意様専用サービス「外商」専任の、ベテランコンシェルジュを指す。野村さんが所属する松坂屋名古屋店は、全国の大丸松坂屋百貨店の中で外商部門1位の売上を誇る(2019~2021年度実績)。
「ハイブランド」「高級腕時計」「アート」が特に好調
松坂屋名古屋店の外商員(ロイヤルアテンダント)野村 朗さん
――どういった商品を「ラグジュアリー商材」と位置づけているのか教えてください。
野村 朗さん(以下、敬称略):値段では区別しておらず、特選ブティック、機械式時計などの高級腕時計、アート作品などをラグジュアリー商材と呼んでいます。生活必需品ではなく、奢侈品のことですね。
――「特選ブティック」とは、シャネルやルイ・ヴィトンのような、ハイブランドのことですね。松坂屋名古屋店における、これらラグジュアリー商材の売上の推移を教えてください。
野村:売上金額の比率となりますが、2021年の数字をコロナ前である2019年と比べると、特選ブティックで+23%、美術品に関しては+48%、時計に関しては+7%。全体を平均すると+20%になっています。コロナ禍が始まった2020年と比べても、特選ブティックは+19.8%、時計は+11.9%、全体の平均は+16%となっています。
通常だと、コロナ前と比較するとほとんどのカテゴリーが数字が下回っている状況ですが、特選ブティック、時計、美術品に関してはの3つのカテゴリについては非常に好調です。
――その原因についてどうお考えですか?
野村:一般的に言われているのは、コロナ禍で海外旅行に行けなかったり、友人と会えないストレスを感じている方が、百貨店にお越しいただいて、今までは海外で購入していた高級腕時計を買われたり、あとは絵画は資産形成を視野に入れている方と、おうち時間を楽しむ方が増えているのを感じますね。
――消費の動きとして特徴的なことはありますか?
野村:時計に関しては、ブランドによっては店頭に売り物がないというくらい動いているのは事実ですね。今はSNSなどでいいなと思うものと繋がりやすくなっているので、皆さんも欲しくなる。それを買うにあたり、ネットで買えるものもありますが、やっぱり信頼性を求めたときに、ネットは怖い、実物を見てみたいという時に、百貨店に来てくださる方が増えています。
――やはり商品の出所がしっかりしているという点でも、百貨店は高額商品が強いんですね。
SNS経由で百貨店外商に初めて接するニューリッチ層
外商のお得意様専用の商談室
野村:若い富裕層の方だと、親から代々受け継がれている方もいらっしゃるのですが、百貨店にあまり来たことがなかったり、外商の存在すら知らない方も多くいらっしゃいます。
でもそういう方たちは、Instagram等でも公のアカウントのほかにプライベートのアカウントなどでお互い繋がっていることも多く、「こんなことが相談できるよ」など情報を回してくださったりして、そういった繋がりから外商に入っていただけるケースが増えています。
――若い富裕層の方から見ると、外商にどういうメリットを感じられているのでしょう。
野村:松坂屋名古屋店の外商は2種類ありまして、お得意様のご自宅に商品をみつくろって外商員が訪問するパターンと、店頭でお得意様専用のコンシェルジュとしてご案内するパターンがあります。
若い方は、ご自宅に入られるのを嫌がられたり、みつくろった一部の商品よりも、店頭でたくさんの選択肢の中から、アドバイスをもらいながら買い物をしたい傾向があります。店頭で時計などを見るときに、外商員がアドバイスをしながらアテンドするほうが安心されるようですね。若いといっても、40代前半くらいまでの方ですけれど。
――相談しながらショッピングできるところが魅力的なのでしょうか。
野村:といっても、今の若い方はだいたいネットなどである程度調べてから来られる方が多いんです。ただ、そこでは追いつかない経験からの知識や、ご質問に応えるだけでなく、実はこんな背景があるなど、いろいろご説明をすると、すごく喜んでいただけてご購入に繋がりやすいです。さらに「外商にこういう人がいるよ」と紹介してくださるので、いい循環を生んでいると思います。
――従来の外商のお得意様とは違う流れだと思いますが、いつからその傾向がありますか。
野村:コロナ禍が始まる前くらいでしょうか。それがコロナ禍で顕著に現れたように感じます。
――一方で、もう少し上の年代の富裕層の方は、このコロナ禍でどんな動きをされていましたか。
野村:お買い物に来てくださる方もいらっしゃいますが、全く買わなくなってしまった方がいらっしゃるのも事実ですね。特に私が担当している店頭でのアテンドは、ご年配の方は来店を避けている傾向にあります。
高級時計はスポ―ツウォッチが圧倒的人気
――時計の売上が伸びているとのことでしたが、売れ方の傾向はあるのでしょうか。
野村:高級時計はめちゃくちゃ盛り上がっているのですが、世界的に売れてていて、買いたいというお客様はたくさんいらっしゃるものの、ニーズにお応えできるだけの商品がご用意できない状況です。例えば、ロレックスやパテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタンなどですね。
中国の方がインバウンドで来日されていた時よりも商品はない状況で、ブランドによってはケースにひとつだけなんてことも。これはもともと生産数が少ないうえにコロナ禍が拍車をかけて、当店だけでなく、どこも同じ品薄な状況だと思います。
――高級時計の中で、人気の型はあるんですか?
野村:特に人気が集中しているのが、ラグジュアリースポーツウォッチです。そういったタイプの時計を出しているブランドは、特に品薄です。
昔はスーツに合わせるのにクラシカルな時計が人気だったのですが、今の若い方はラグジュアリースポーツウォッチをつけるんですよね。スーツを着ない働き方の方も増えたので、そういったニーズが高まっているのかもしれません。あと、私の個人的な感想も入りますが、やっぱりラグジュアリースポーツウォッチは、かっこいいんですよね。自分でも欲しいなと思いますし。あとは、簡単に買えないという状況が、また欲しい気持ちに拍車をかけているようにも感じます。
数十万~数百万円の現代アートが売れまくる
――アートに関しては、どういったものが売れているんでしょうか。
野村:一言でいうと現代アート一色です。手前どもで行っている、日本でもトップクラスの美術品の催事がありますが、コロナ禍前は洋画や日本画が7割で、それに加えてアールヌーヴォーのガラスなどがあり、現代アートの割合は1割でした。それが今は現代アートが3割、下手すると半分くらいまで来ています。一昨年はバンクシーブームが起こりまして、シルクスクリーンの版画が2、3000万円するものがすぐ売れてしまい、数千万の作品も抽選販売になりました。そこから比べると、現在はバンクシーブームは商品がないのもあり落ち着いて、これから流行るであろう数十万から数百万円くらいの現代アートに動いています。
以前でしたら、草間彌生さんのカボチャのリトグラフも数点入ってきて、どれにするか選べるような状況でしたが、今は用意するだけで必死です。
KAWSや岡本太郎なども売れていますし、あとはうちだけかもしれませんが、ニック・ウォーカーという、バンクシーが師と仰いだ方の作品も、バンクシーブームに牽引されて伸びています。マット・ゴンデックなんかも、海外では人気がありますが、日本ではまだ知らない方も多いので、そういったものを集めてご案内するという形です。日本人の方だと、瀧下和之さんの作品なんかは事前抽選で今年は完売でした。
――そういった絵画の販売情報などは、メルマガなどでお知らせするのでしょうか。
野村:外商のお客様専用の「コネスリーニュ」というWEBサイトがありまして、そちらに掲載されています。そちらでは通常店頭に並んでいるものより、1ランク…いや3ランク上のものを扱っていて、例えば400万円のお酒の抽選販売のお知らせなどがあったりします。
――そのサイトは通販も対応しているのでしょうか?
野村:いえ、そちらで掲載した商品を見ていただいて、それを実際に見たいというご連絡を頂くようなカタログ的な使い方をしていただくことが多いです。若い方だと、百貨店で家具を売っているのをご存じなくて、サイトを見て初めて知ったお客様がいらっしゃったりもしますね。
外商専用の会員制WEBサイト「コネスリーニュ」
――現時点でもコロナ禍が明けたとは言えない状況ですが、今後の百貨店でのお客様の消費行動について、どう変わっていくと考えますか。
野村:前のように戻ることは絶対にありませんよね。ただ、年配の方はこの2年はお買い物される方とされない方に分かれましたが、個人的には今後は増えていくのではないかと思っています。
先日「もう正直使う場所がないから」とポンとお買い物してくださった70代のお客様がおっしゃっていたのですが、ひょっとしたらもう来週以降にも、縁起が悪いけれど、新型コロナか何かでどうにかなるかもしれない。だったら、お金を残すというよりも、今楽しむほうがいいと思っていると。そういう方も、増えてくるのではないかなと。
若い方に関しては、SNSなどを通じて、私たち外商の中でも、家に来るのではなくて、店頭で相談できるお兄さんお姉さん的なロイヤルアテンダントの存在を知っていただいて、僕たちのアドバイスで物を買いたいと言ってくださるお客様が増えています。
百貨店でないところでお買い物されていた方も、このコロナ禍で百貨店の魅力に気づいてくださっている流れが、このまま増え続けていくんじゃないかという、若干楽観的な見方はしています。
それに伴い、お客様もネットで調べたりして情報に詳しいですから、それに負けない勉強や自分たちの経験を交えて、頼ってもらえる立場でいないといけないなと思っていますね。
百貨店に行く習慣のなかったニューリッチ層が、アドバイスを受けながら安心して正規の商品を購入できる百貨店外商の魅力に気づき、口コミの連鎖を生んでいるという松坂屋名古屋店。ネット通販ではカバーしづらい決め細やかさや信頼性を武器に、富裕層向けの特別な店舗として新たな顧客層をつかんで行けるかどうかが、今後の百貨店業界の大きなヒントになりそうだ。
松坂屋名古屋店
https://www.matsuzakaya.co.jp/nagoya/
外商専用サイト コネスリーニュ
https://www.connaissligne.com/
取材・文/安念美和子