■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ
2021年から2022年にかけて発表されたBMWの最新EV群の中で、最も大きなボディーを持ち、EV専用アーキテクチュアを持つのが「iX」だ。バッテリー容量とモーター出力の違いによって「iX xDrive50」と「iX xDrive40」の2モデルが用意されている。
全長4953x全幅1957x全高1695(mm)という大きなボディーには、軽さと強靭さの両立のためにカーボンファイバーにアルミを接合したシャシーが用いられている。車両重量は2560kg。ガラスルーフなどを含むとはいえ、バッテリーの重量が嵩むEV(電気自動車)ゆえのことだ。
「iX」は、どちらも前後にモーターを1基づつ積んで4輪を駆動する。「xDrive50」はシステム総最高出力が385kW(523ps)で、0-100km/h加速がわずか4.6秒という俊足。
航続距離は650km(WLTCモード)という長距離。充分以上の長さで、連続走行するならば、反対に人間のほうが先に音を上げてしまうだろう。
充電も、現在の日本で最も強力な150kWの急速充電に対応できているから、残り10%から80%まで42分で充電することが可能だ。ただ、90kWを謳う設備でも実際は低い数値の電力しか供給されていなかったりするし、150kWの装置はほとんど普及していないのが現状だ。現在の日本では、EVの充電に関してはクルマの側は充電性能をどんどんアップデートしているのに、社会インフラが追いついていない。
機械として優れているか? ★★★★★ 5.0(★5つが満点ですが、プロトタイプなので参考点)
「iX」を実際に運転してみると、巨体を軽々と加速させていく。エンジン車のように、エンジン回転の上昇と共に高まっていく振動や騒音などがないので、きわめて滑らかにスピードを上げていく。
驚かされるのは、乗り心地の上質さだ。運転席はもちろんのこと、後席でもとても上等な乗り心地が実現されている。ショックの吸収はもちろんのこと、細かな振動なども伝わってこない。タイヤに伝わってくる雑多な動きをきれいに遮断しながら、フラットな姿勢を崩さないようにコーナリングしていく。これは、エアサスペンションでないと実現できないだろう。
最も感心させられ、有用だと思ったのは、回生ブレーキのアダプティブ設定。回生ブレーキは、「強・中・弱」の他に「アダプティブ」が選べる。アダプティブはカメラと連動していて、前方のクルマに近付いたり、隣の車線から入られた時に回生が強く効いて減速する。その働き方には不自然なことがなく、赤信号で他のクルマに続いて止まるような時にも有効で、いわゆるワンペダルドライブが臨機応変に可能となり、便利で運転しやすくなるものだった。「iX」以外のクルマでも装備されているらしいが、とても新しい装備だ。
運転支援機能は、ACC(アダプティブ・クルーズコントロール)とLKA(レーンキープ・アシスト)に加えてLCA(レーンチェンジ・アシスト)も装備されている。どれも使いやすく、操作にもすぐに慣れた。
新しいと言えば、車内の暖房にも新しいアプローチが採られている。通常のエアコンの他に「iX」にはシートヒーターやステアリングヒーターも装備されていて、これらは今や特に珍しくはない。「iX」は新たにドアヒーターとアームレストヒーターを装備しているのだ。
ドアとセンターアムレストの内張の中のヒーターを電気で温めることによって、間接的に車内の空気を温めようとする。家庭用のオイルヒーターのようなものだ。これが心地良い。従来型のエアコンよりも電気の消費量を10分の1に抑えられるというEVにピッタリの暖房だ。
従来型のエアコンは熱風を近距離から身体に当てるもので、暖かくはなるが心地良いものとは呼べなかった。筆者も、自分のエンジン車でもエアコンを作動させるよりはシートヒーターを使うことの方が圧倒的に多いので、この「iX」のドアヒーターとアームレストヒーターには賛同してしまった。
商品として魅力的か? ★★★★★ 5.0(★5つが満点ですがプロトタイプなので参考点です)
BMWのEVと言えば、2013年に他社に先駆けて発売した「i3」がある。本連載でも「i3で東京から西へどこまで行けるか?」という企画を実施し、レンジエクステンダー付きの「i3」で京都の手前の滋賀県まで到達できた記事を掲載したことがあった。
予想を上回る航続距離の長さと、カーボンファイバー製プラットフォームにアルミのサブフレームを組み合わせたシャシーの優秀性に舌を巻いたものだった。エンジン車のエンジンをモーターに置き換えるのではなく、クルマ全体をゼロから新しく、それも極めて理想主義的に設計されているところが「i3」の本質であり、魅力だった。
しかし、技術進化と時代の流れは速く、その「i3」でさえも最新とは呼べなくなってしまった。入れ替わるように登場したのが「iX」だ。EV専用に造られているという点以外は、巨大で、モーターも2基積むなど「i3」との共通項はないが、先進的であるという点で一致している。
「i3」がそうであったように「iX」もまたドライバーインターフェイスを革新している。たくさんあったボタン類を減らし、タッチパネルの中に収め、音声で操作できる機能を増やした。タッチパネルでの操作を毛嫌いする人が時々いるけれども、そういう人は一度、音声で操作してみて欲しい。簡単で便利なことがわかるから。
「iX」は単にパワートレインをモーターにしただけのEVではない。アダプティブ回生ブレーキやインターフェイスの刷新、またはドア&アームレストヒーターなど、古い方法論やリソースなどに囚われることなく、クルマのあり方を刷新しているところが大いに魅力的だ。
大きなボディーだが、EVであることによって車内への出っ張りもエンジン車に較べると少なく、5人乗っても快適に長距離を移動できるだろう。特別色を選ばなければ、何から何まで標準装備されていている「iX xDrive50」の1296万5000円という価格(消費税込み)はリーズナブルだと思った。絶対的には高価だが、それだけの内容がある。この内容のままひと回り小さな「iX」を第2弾として出してくれないだろうか?
◆関連情報
https://www.bmw.co.jp/ja/all-models/bmw-i/bmw-ix-new/2021/bmw-ix.html#tab-0
文/金子浩久(モータージャーナリスト)