■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は、楽天シンフォニー(4Gや5G用のインフラとプラットフォームソリューションを提供する、楽天グループのグローバルな事業組織)や人口カバー率96%を達成するなど、直近目立ち始めた楽天モバイルの活況について話し合っていきます。
楽天シンフォニーの完全仮想化システムがすごかった!
房野氏:MWC Barcelona 2022(毎年バルセロナで行われる世界最大規模のモバイル機器見本市)の、楽天シンフォニーのプレスカンファレンスが面白かったようですね。
石川氏:MWCで楽天シンフォニーがセッションを持っていて、そこで楽天のネットワークシステムのデモンストレーションを行いました。楽天モバイルのネットワークのシステムをバルセロナのステージの上にあるパソコンから繋いで、Chrome上でネットワークの今の状況を見ることができる。今、基地局からどんな電波を吹いているとか、トラブルがあった時に、その部分だけ切り分けるとか。また、Twitterで楽天モバイルの障害についてのツイートがわかったり、顧客情報を確認できたり、そこからチャットでサポート対応をするとか。携帯電話事業者が運営している、ありとあらゆることがブラウザ上でできてしまうのを見せられて、「おぉ、すごい、すごい!」みたいなことがありました。
石野氏:さらに、完全仮想化しているので、ここの基地局リソースが足りないとなったら増やしたり、設置した基地局をポチッとしてオープンさせたりとかも全部できる。
石川氏:AWS(アマゾン ウェブ サービス:クラウドサービスのプラットフォーム)やGoogle Cloudのダッシュボードみたいになっていて、いろんなことができる。というわけで、あまりに感動して、思わず、三木谷さん(楽天グループ 代表取締役会長兼社長 三木谷浩史氏)に、「今日、初めて完全仮想化のすごさを実感しました」と言いたくなるくらい……
楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長最高執行役員 三木谷 浩史氏
房野氏:言わなかったんですか?
石川氏:言いました。「完全仮想化ってこういうことなんだ」と初めて実感できました。
房野氏:楽天シンフォニーは、アメリカの通信事業者AT&Tと協業するという発表がありましたね。
石川氏:楽天シンフォニーがMWCでなぜイベントをやったかというと、いろんなキャリアにシステムを売りたいからだと思います。その同じタイミングで、AT&Tと一緒に売っていきますよという話をしている。現状、楽天シンフォニーはドイツの1&1という事業者にシステムを提供していますが、MWCをきっかけに、さらに売っていきたいんだろうなという印象を持ちました。
あのデモを見せられると、確かに導入を考えるところも出てくるんじゃないかなという気がします。まさに、ドコモやKDDIのネットワークセンターで見た大画面が、そのままChromeのブラウザで見られるという感じ。
房野氏:具体的なメリットはどういう点ですか?
石野氏:管理が簡単になる。今までだと、あんな風に、全部まとめて遠隔管理はできなかった。それこそエリアを変えようと思ったら、エクセルで計算して、そのパラメーターを基地局に反映させてと、何日もかかっていたんです。それがポンポンと1日でできる。
法林氏:例えるなら、パソコンでメールアプリを起動して毎回受信するパターンが従来型。Gmailなら、どこに行ってもブラウザがあればログインしてパッと見られます、みたいなのが完全仮想化の考え方。そのぐらいの差がある。
石川氏:KDDIが言うには、今までのネットワーク管理は、職人技に支えられてきたんだそうです。ずっとやってきた人が解決するとか、トラブルを直そうと思ったら、その人の職人技でやらなきゃいけない。その人はノウハウの固まりなんだけど、完全仮想化はそれをすべてシステム化して、見える化して、誰がやっても同じ結果になるようにしているところがポイントなのかなと思う。
石野氏:AIも。
石川氏:そう、AIが自動で直すとか。
法林氏:KDDIのネットワークセンターで聞いた話では、管理者がやっていることを1つずつ洗い出して、それを自動的に処理できるように中の仕組みを作り替えている。楽天は逆で、仮想化から入っていったので、職人技はない。だから当初、次々とトラブルが起きまくったのは、まさにそこにあるわけです。だけど、年数をかけてやっていけばノウハウが貯まっていくし、対処法もわかってくる。
石野氏:海外に売りやすいということはあるかなぁと思います。
石川氏:日本のほかの3キャリアも仮想化には取り組んでいるけど、KDDIはどちらかというと自分たちでやっている。ドコモは「いろんなパートナーと組んで、それを世界で展開します」的なやり方。楽天は、自分たちの技術を売ったりノウハウを提供したりしている。三木谷さんが言うには、楽天シンフォニーで数千億円くらいの売上が立つだろうと。だから、楽天シンフォニーで儲かったお金で、日本のネットワークをもっと強化していくという感じになってくると思うし、楽天モバイルの国内事業が黒字化されなくても、トータルで見ると、なんとかなる可能性が出てきた感じがする。
セキュリティは本当に大丈夫なのか
石野氏:Open RAN(O-RAN:オープンインターフェイス仕様に基づいて構築する、機能を分離した無線アクセスネットワーク)という仕組みがあるんですが、元々ドコモやAT&Tとかが立ち上げた、「O-RAN Alliance」があって、その仕組みを楽天が活用して儲けるというのも……
法林氏:O-RANそのものとはちょっと違うけど。
石野氏:微妙に違うんですけどね。
法林氏:O-RANは「ベンダー違いを吸収しましょう」というのがスタート地点。楽天がやっているのは、それもあるんだけど、「汎用的なサーバー上で色々なものを動かしてコントロールできるようにしましょう」という発想。
石野氏:でも、あの仮想化はO-RANがベースにあってできることなので、うまいことやっている。
法林氏:いい商売の方法だと思う。今まで、楽天のシステムを買うところは新興国しかないかなと思ったけど、AT&TやDishと「一緒に売っていきましょう」みたいなことを言ったり、各社、アライアンスができつつあるので、うまくいく可能性もあると思う。だけど、僕がちょっと気にしているのは、「そのオープンなものでいいの?」ということ。今までオープンにならなかった理由のうちの1つに、安定して動かすためという面もあるけれど、安全性の問題があった。
石野氏:あと、O-RANはトラブルになった時の切り分けが難しいだろうなというのも感じます。機器に不具合が起きて、アクセラレータを交換しなきゃいけない、機器を交換しなきゃいけないとなった時に、ドコモや楽天といった自分たちでやっているところはノウハウがあるからいいかもしれないですけど、「楽天シンフォニーからシステムを買ってきて作りました」とか「ドコモからノウハウだけ頂戴して、いろんなベンダーの機器を組み合わせて作りました」みたいなところが、もし本当にトラブルが起こった時に、自分たちだけで解決できるのかなと。サポート体制みたいなものがカギになるかなという気がします。
法林氏:コンピューターの世界でも、基本的に専用機は汎用機に置き換わっていく。もうそういう流れ。フィーチャーフォンからスマホになっているのも同じことだと思いますし、ネットワークもそうなるとは思うけど、担保されなきゃいけないものもある。コンシューマ端末として使う場合とネットワークとして運用する場合は、やっぱり次元が違う話なので、そこはしっかりやってほしいなと思いますね。
石野氏:だからこそ、ビジネスチャンスがある……という話でもありますけどね。
既存ベンダー、クラウド事業者がライバル
房野氏:楽天シンフォニーの直接的なライバルはどこになるんですか?
石川氏:うーん……
石野氏:いろんなところと競合しますよね。少なくとも、ノキア、エリクソン、ファーウェイとかとは……
法林氏:もろに競合する。
石野氏:つまり既存の基地局ベンダーですね。楽天シンフォニーは新しい形の基地局ベンダーです。全部自前ではやっていないけど、一部自前で持っていて、統合管理するソフトウエアを持っていて、ただ、「無線ユニットは富士通から買ってきます、NECから買ってきます」というような感じでやっている、ちょっと新しい形の通信機器メーカーという言い方もできる。
石川氏:富士通やNECが「基地局ソフトウエア」というものを作っていて、多分、そこと被ってきたりするんだろうなと思います。また、MWCにも出ていたけれど、マイクロソフトが「Azure for Operators(オペレーター向け Azure)」といって、キャリア向けのAzureを提供する。たぶん、それとも競合するんだろうなと。なので、ライバルは結構いる。
石野氏:1番大きいのはやっぱり、ファーウェイ、ノキアなどの既存のベンダー。
法林氏:一から基地局を建てる新規事業者、新興国事業者の方が、楽天シンフォニーのシステムは導入しやすいですね。そういうところは「安くやりたいから入れます」というケースもあるけれど、それは事業者の考え方なので、「やっぱりちゃんと動くのがいい」という事業者もあるでしょう。例えばある国の通信事業者では、安いと言われたメーカーの基地局を導入したけど、メーカーがちゃんと調整してくれなくて、その国の通信事業者に協力している日本の通信事業者が調整していた、なんてこともありました。コストが安いからいいなんていう、そんなに簡単な話ではない。最終的に運用するのは人間なので、「そこを含めてちゃんとできますか?」という部分がある。
石川氏:もう1つ、たぶん課題になってくるのが消費電力。汎用機器を運用すると、電力を使うという話を聞くんですよ。既存のエリクソンやファーウェイの基地局システムの方が電力消費が少なくて、安定して運用できるという話になっている。これだけSDGsだ、やれ電力どうするんだ、ひっ迫して停電するっていわれる中で、全てがああいった仮想化システムになっていくかというと、どうかな。電力問題をどうするんだって気がしますね。
石野氏:既存のベンダーはグリーンだということを全面に押し出している。
石川氏:ファーウェイも言っていたね。
石野氏:そういう人たちは既存のベンダーで、仮想化とかオープン化には割と否定的で「グリーンじゃない」とか言うことがありますね(笑)。新旧の戦い。そこが面白いなと。
法林氏:思惑が見え隠れするよね。
房野氏:楽天シンフォニーのシステムは、キャリアのシステムの一部だけ適用することもできますよね?
石野氏:部分売りもしている。もともと楽天シンフォニーは、アメリカのアルティオスターなど、いろんな会社から成り立っている。ベンチャー企業を買って、資本提携して、いろんな会社がまとまっているので、NECや富士通がやっているようなCU/DUという基地局設備のソフトウエアだけを売ったりとか、ドイツの1&1みたいにまるっと運用したりとか、色々な売り方できるようになっている。ああいうアセットをいっぱい持っているのは楽天の強いところ。ドコモは、O-RANで海外でやりますといっているけれど、今できることはコンサルティングぐらい。パーツ売りもできるようになっている楽天は、ちゃんとビジネスとしてやっているなと思います。
石川氏:楽天は「アプリストアみたいにしたい」と言っていて、いろんな機能をオンライン上で追加できるようにする。
房野氏:カスタマイズもしやすいということですね。
石野氏:一方で、石川さんが言ったように、マイクロソフトもAzure for Operatorsを出したり、MWC BarcelonaだとAWSがめちゃめちゃいっぱいセッションをやっていましたよね。Amazonも「AWS上にキャリアのコアネットワークを載せられますよ」と言っていて、ディッシュ・ネットワーク(アメリカの携帯電話事業者)はAWS上でコアネットワークを動かしたりする感じになってきている。「パブリッククラウドでできるんだったら、こっちの方がいいんじゃん」という流れになるかもしれない。日本ではソラコムがAWS上にネットワークを作っていますが、簡単に言えば、あれを大規模にしたMNO版みたいな感じです。
石川氏:あと、「基地局に近いところに、MEC(マルチアクセス・エッジ・コンピューティング:ローカル5G端末やWi-Fi機器、IoT機器などからのアクセスに配慮したエッジサーバのひとつ)としてサーバを置いて動かしましょう」ということを、AWSでKDDIがやっている。普段、AWSで作っているようなものを、そのままMECサーバにも展開できるので、サービスを提供する側も開発しやすい。だからGoogleとマイクロソフトとAWSは、MWCに進出してきている。
石野氏:そっちの方向に進んで行っちゃうかなぁっていう感じがしつつ……
房野氏:楽天はクラウドを持っているんですか? 自社のクラウドを楽天シンフォニーも使えるようにすれば、もっと儲かりそうな……
石野氏:三木谷さんの例えでいうと、そういうこともありえそうな感じが……
石川氏:ただ、ドコモが国内で持っている設備を、海外キャリアがAWSとかと使えるかというと、どうしても遅延が発生するので、そこまでは考えていない。あくまでラボとして互換性チェックなどはできるけど。本格的にやろうと思ったら、現地にサーバを置く。
法林氏:どっちにしろ「ヨーロッパのデータは自前のネットワークで持ってね」というEUの規制の話もある。全体的な方向としては、それぞれ国と地域で持つ方向になっているはず。
仮に、例えばインドネシアの会社がインドネシアで通信事業を始めるとする。で、「楽天シンフォニーを導入するから、サーバは日本の楽天に置いておきます。日本の方が電力が安定しているから安全です」って話になるかというと、「いや、海底ケーブルがありますよね。切れた時、全部落ちますけど、どうしますか?」みたいな話になってくるので、たぶん、普通、そんなことはやらない。
石野氏:AWSやマイクロソフトも、サーバは各地域にあるんです。そうしないと、遅延で通常運用が難しい。今、マイクソフトを利用しているのはAT&Tで、AWSを利用しているのも、いずれもアDishで、いずれもアメリカのキャリア。アメリカの会社同士だから可能になっているんですけど、ほかの国に展開するとしたら、やっぱり遅延が少ないそれぞれの国にデータセンターを作る。
法林氏:そうやってできたデータセンターを「部分的に貸します」みたいな話になる。例えば、データセンターの会社が「このフロアはある通信関連の企業が全部借りているんですよ」とか「このラックは△△っていう会社が占有」なんてことになる。もちろん、外部には明かさないけどね。KDDIが運営している「TELEHOUSE」という事業は、まさにデータセンターという仕組み、建物、もしくは設備を運用管理する会社で、ロンドンやフランクフルト、今度はバンコクにデータセンターを作る話がある。
楽天シンフォニーの技術をモバイルが証明する
房野氏:楽天シンフォニーは、がんばれば儲かりそうですね。
法林氏:結構大変だと思いますよ。
石川氏:楽天モバイルを黒字化するのは大変だと思うけど、楽天シンフォニーがたぶん儲けてくれるんだろうなと。
石野氏:今後出てくる楽天モバイルのサービスも、楽天シンフォニーが売りやすそうな立て付けにしそうな感じがしますよね。
法林氏:楽天シンフォニーのシステムを海外で売っていくためには、「ちゃんと機能しています」ということを実証しなきゃいけないし、実例を見せないといけない。それが楽天モバイルになる。だから、事業としては両輪なんですよ。それがない限りは、海外へ売りにいけない。
石野氏:楽天モバイルのユーザーは検証に協力している代わりに、1GBまでタダで使わせてもらっているという考え方もできる。
法林氏:どこの国でもそうだけど、いわゆるナショナルキャリアと既存のレガシーキャリアがあって、それに対して新興キャリアが各国で増えつつある。この十数年、それを実現するための動きが出てきていて、ドイツの1&1とかフランスのfreeを始め、結構いろんなところが出てきている。これから色んな国でそういった事業者が出てくることを考えると、そういう素材を用意している楽天シンフォニーにとってはチャンスになる可能性がある。
石野氏:ローカル5G的なものとしても導入されるかも。そういう意味で、いい商売だと思いますね。
房野氏:楽天シンフォニーは、いろんな規模感に対応できるんですね
石川氏:ただ、あんまり海外でローカル5Gってないんですよね。
石野氏:プライベート5Gの方。
石川氏:ローカル5G用に周波数があって、それを許可して一部で使わせるというパターンは、日本やドイツくらいで本当に限られていて、基本的はキャリアがサービスを提供していて、一部エリアだけで使わせるっていうパターン。だから大元のキャリアに採用されないことには。
法林氏:でもしばらくは、みなさん、楽天モバイルを1GBまで0円で使えるんじゃないでしょうかね。
……続く!
次回は、mineo「マイそく」とahamo「大盛り」について会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/房野麻子