知らなくても済むことを、知らずにいられた時代が懐かしい。知らないと乗り遅れてしまうというプレッシャーは年を追うごとに強くなっているようにも感じられ、あまり良い気持ちはしてこないのだが……。
“SNS病”について考えながら池袋の街を歩く
学生服を着た5、6人の男子高校生らしきグループが連れ立って無言で歩いていたのだが、その中の一人がスマホに目を落としながら、なんだか似つかわしくないことを口走った。
おそらくニュース速報の類がスマホの画面に流れてきたのだと思うが、日本の某大手自動車メーカーが某国での工場の稼働を止めるというのである。高校生ながら社会情勢に敏感だと思ったが、よく考えてみればインストールしているアプリから自動的に届いてくるニュースなのだろう。
その男子学生の言い分を聞いた周囲の一人が、「○○の親父はその会社関係じゃなかったっけ」などと返していた。ほかの者たちも軽く同意しながらそれぞれスマホを眺めていて、特に話や議論が発展するわけでもなさそうだった。
ちょっとした所用の後、池袋駅西口界隈を歩いていた。時刻は午後1時半を回ろうとしている。今日は遅めに起床してからまだ何も食べていないので、この界隈で何か食べてもいいのだろう。まだランチをやってる店はあるだろうか。
劇場通りとトキワ通りの交差点を駅方面には向かわずに反対側の一帯を少し徘徊してみることにする。この辺も意外にいろんなジャンルの飲食店があったりするものだ。
ある意味で意外だった男子高校生の集団は駅の方へと行ってしまったが、今の高校生は同級生同士でいるとあんな感じなのだろうか。仲間と一緒にいる時くらいは各自がスマホを眺めていなくてもいいと思うのだが……。
それはいいとしても、高校生がスマホで最新ニュースを逐一チェックする必要がどこにあるのかとも思う。世の中の動きに気を配っているという意味では褒められる一面もあるのかもしれないが、その年代でしかできないもっと重要なことがあるはずである。
交差点を右折してトキワ通りを進む。駅からは少し離れた場所だが、各種のオフィスや飲食店、そして“夜の街”の色合いも混ざった独特の街並みだ。
“上から目線”で先ほどの高校生たちを批判してしまったが、しかしそれは大人の間でも同じである。
現代ならではの“SNS病”である「FOMO(フォーモ、Fear of Missing Out)」はネットやSNS上で他者や情報と常につながっていないと、自分だけが取り残されてしまうのではないかと不安を覚える症状のことで、インターネットを日常的に利用する多くの者がこの症状に患わされているということだ。
決して高校生たちのことを悪く言うことはできない。“重症”なのは我々大人の側なのである。世の大半がまだインターネットに無縁であった頃のほうが、むしろよかったようにも感じられてくる。知らなくても済むことは知らずにいられた時代だったのだ。
ストレスで「問題のあるスマートフォンの使用」が増える
トキワ通りの最初の路地を右折する。左側には訪日外国人に人気のホテルがある。自由に海外旅行ができなくなっている昨今、どのような経営状況にあるのかわからないが、大変そうであることは想像に難くない。このホテル併設のカフェもなかなか美味しいのだが、今回はもう少し歩いてみたい。
ともあれこのFOMO、つまり何かに乗り遅れてしまうことへの恐れはメンタルヘルスの悪化につながるものとして、今日ますます問題視されている。昨年に発表された研究でもFOMOの程度の高さが若者におけるスマートフォンの過剰使用を促し、うつ病や不安障害、睡眠障害につながる可能性があることが指摘されているのだ。
(調査の)結果は、ストレスがPSU(問題のあるスマートフォンの使用)の重症度と関連していることを示しました。PSUの重症度には性差が見られました(女性の方が重症度が高い)。
さらにFOMOはSUF(スマートフォンの使用頻度)およびPSUの重症度と正の相関がありました。構造方程式モデリングはFOMOがストレスとPSUの重症度の間の仲介役として機能することを示しました。
FOMOとSUFは、ストレスとPSUの重症度の間の仲介者の連鎖として機能しました。SUFはストレスとPSUの重症度とは関係していませんでした。この調査はFOMOがストレスレベルが上昇した一部の人々がスマートフォンを使いすぎる理由を説明する重要な変数である可能性があることを示しています。
※「Frontiers」より引用
中国・天津師範大学をはじめとする合同研究チームが2021年6月に「Frontiers in Psychiatry」で発表した研究では、問題のあるスマートフォンの使用(PSU)はストレスと関連しており、ストレスのレベルが高くなるとPSUが増える可能性が高まることを報告している。
2276人の中国人学生を対象に行われた調査では、FOMOスケール、問題のあるスマートフォンの使用(PSU)スケール、スマートフォン使用頻度(SUF)スケールに加えてうつ病不安ストレススケールを使用して行われた。
調査データを分析した結果、精神的ストレスが問題のあるスマートフォンの使用を促進しており、何かに乗り遅れてしまうことへの恐れであるFOMOが、スマートフォン使用頻度を高めてメンタルへの悪影響を及ぼしていることが突き止められた。そしてこれらの悪影響はうつ病や不安障害、睡眠障害に繋がり得るのである。
乗り遅れるまいと最新ニュースに注目し、SNSで関係のある人々の動向を把握しようと努めることは、ほどほどにとどめておかないことにはメンタルを損なうことが指摘されているのである。
ただでさえ暗いニュースで溢れている昨今、あまり世の中の動向に敏感になり過ぎることなく、今の自分にとって必要な情報を取捨選択して適切に取り入れたいものである。
韓国料理店で久しぶりの参鶏湯に舌鼓を打つ
路地を抜けると左右に延びる別の路地と交差した十字路に出る。左右に延びる路地にはいくつかの飲食店が店を構えていた。右にはうなぎの店があるがこの時間はやっていないようだ。左には「韓国料理」の看板が見える。もしランチメニューがあるのなら韓国料理もいいだろう。向かってみよう。
店の前には立て看板があり、ランチメニューが提示されている。ランチは午後4時までやっているということだ。カラス張りのウィンドウから店内をみるとけっこうなお客の入りだ。それだけ人気店ということだろう。入ってみよう。
店先の印象よりも店内は奥行があってけっこう広い。特にランチの時間帯は一人客も多そうで、そのためか2人掛けの小さなテーブル席がけっこうな数並んでいる。先客は半分くらいが一人客で明らかに女性の割合が高い。
お店の人にテーブル席に促されて着席する。表の立て看板にもお得なランチメニューが表示されていたのだが、ランチで参鶏湯(サムゲタン)も食べられるということなので注文することにした。かなり久しぶりの参鶏湯なので楽しみだ。
参鶏湯がやってきた。見るからに美味しそうである。さっそくいただくとしよう。
スープはコクがあるのだが味は薄い。そのためなのか塩が盛られた小皿がついてきていて、好みによってはこの塩を加えるということなのかもしれない。しかし久しぶりの参鶏湯でもあるし、この淡白なスープのままいただくことにする。
参鶏湯をお店で食べるというのはたぶん10年ぶり以上のことで、もしかしたら15年以上とかそれくらいかもしれない。というわけで参鶏湯がどんな味わいなのかほとんどわかっていないのだが、とりあえずはじゅうぶんに美味しい。普段はめったに食べない料理をこうしていただける機会ができて単純に嬉しい。
店内のテレビでは戦争関連のニュースをやっている。さっきの高校生はひょっとするとこの戦況のニュースも逐一チェックしているのだろうか。当然ながらニュースアプリで流れてくれば自動的に見ることになるのだろう。
決して現実から目を背けるという意味ではなく、気分が高揚するニュースや出来事に出合えたらいいと、久しぶりにありついた参鶏湯にテンションをあげつつも思う次第だ。
文/仲田しんじ