昨年末、とある動画が公開された。和歌山県にある「高野山 準別格本山 宿坊 恵光院」。僧侶による厳かな儀式が始まろうとすると、突然、軽快な音楽が流れ、僧侶が奇妙な動きを始める、そして全員でキレッキレのダンスを繰り広げる――。
これは、森永製菓「森永ラムネ」が受験生応援企画として公開した、高野山の僧侶と学生による「合格祈願ダンス」動画の模様だ。僧侶役で出演し振付も担当しているのが、現役の僧侶でありながらダンサーとしても活躍している滝山隆心氏。なぜ僧侶がダンスを踊るのか?動画撮影秘話とともにインタビューを行った。
【取材協力】
滝山隆心氏
高野山真言宗僧侶・舞踊家
ソクラテス、プラトンなどの哲学に衝撃を受け、感性と感覚を確認する為に芸術とダンスの道を志す。京都造形芸術大学舞台芸術コースを卒業後、得度(出家)。高野山にて宗教舞踊に出会う。ご縁に応じて得たストリートダンス・コンテンポラリーダンス・宗教舞踊を振付けのベースとし、自身の”いのち”そのものを表現・伝達する。我執を離れ「抜苦与楽」の為に踊り、そして生きることを旨とする。
https://www.koyasan-dance.com/
「合格祈願ダンス」動画制作秘話~撮影中もブドウ糖の効果が…!
実際に見てみると、高野山と寺院と僧侶とダンス、そしてラムネという異色の取り合わせは、相当にインパクトがあるが、なぜこの組み合わせが生まれたのだろうか。滝山氏に動画の制作経緯について聞いてみた。
「今回の動画を製作するのにあたって、森永製菓様より『森永ラムネ』に多く含まれているブドウ糖が“集中力アップ”に効果的で、これを勉強に励む受験生に役立ててほしいということを伺いました。そして精神面での助けとなるよう、合格祈願もあわせ、受験生への応援キャンペーンとしてラムネをお届けしようということになりました。そうした中で、ラムネを食べた僧侶たちが、脳が活性化され過ぎたあまり、ついには踊り出してしまったとしたら、インパクトがあるのではないか、ということで話がまとまっていきました。
現場では、高野山高校の生徒さんたちとの練習中、みんなで実際にラムネを食べてエネルギー補充をしてギアを上げたり、ダンスの振付を考える際にも煮詰まった脳を活性化させてひらめきを得たりと、オススメする側にとっても森永ラムネが実際に大活躍してくれました」
本当の自分の価値に気づく・心が軽くなり楽しくなる「密教の世界」
そんな滝山氏は、出家後、高野山で宗教舞踊に出会い、ダンスの世界に没入。高野山宗教舞踊とダンスにより「真言密教」を広めるプロジェクト「高野山×DANCE Project」を、2015年に設立し活動している。
当初は高野山開創1200年記念大法会の会期中に執行された、奉納舞踊公演「法楽」を企画・運営する母体として設立されたが、再演を求める声が多く、“高野山という地に、新たなシーンを提唱する”ため、公演事業と体験型パフォーマンス活動を続けることにした。宗教舞踊、コンテンポラリーダンス、即興ダンス、Art Performanceなど幅広いパフォーマンスを行っている。
滝山氏は、本プロジェクトを通じて、高野山や世の中にどのような影響をもたらしたいと考えているのだろうか。
「真言密教はおすすめですよ、という思いを込めて活動しています。高野山は、『真言密教の聖地』ともいわれる場所で、さまざまな人の『願い』が集まり、形となった場所です。何もなかった山奥にも関わらず、弘法大師さまが真言密教の修行場として開かれて以来、その教えを学び、伝えたいという願いのもと、時代ごとに当時の最新技術と労力を駆使して数々の寺院や仏像が建立されてきました。また、昔から奥之院には有名な大名や企業をはじめ、貴賤問わず多くのお墓が建てられておりますが、これは残された人が大切な方々の冥福を祈る願いが形になったものです。その数々の願いを、高野山という場所に実際に来ていただき、感じてほしいと思います。
そして密教では実際、何をやってるの?という疑問も持って欲しいと思っています。密教は、どんな時代でも、またどんな人にとっても心の中にある揺るぎない本当の自分の価値に気づかせてくれるもの、そして、ふっと心が軽くなり楽しくなるものです。
密教は知れば知るほど、実践すればするほど、今で言う自己肯定感や承認欲求をはじめ、人間の持つすべての欲を、社会との調和を大事にしつつ、誰かを傷つけることもなく『健全な形』で満たしてくれるので、欲にとらわれすぎて苦しくなってる人にとっては楽になることを実感してもらえると思います。そして楽になった人同士で、前向きで建設的な世界を作っていってほしいと考えています。
そのために、森永ラムネの動画のように、ダンスの表現力を使って今の人たちにも届くような形を模索して発信できたらと考えています」
「お寺で僧侶が踊ってもいいの?」ツッコミを入れてもらえれば何より
「Billie Eilish – bad guy」
ダンスパフォーマンスは、ネット上の動画でも視聴することができる。実際に見ていると、伝統と新しさの融合という革新性に惹かれつつも、僧侶とダンスという意外な組み合わせに呆然としてしまう。この「僧侶がお寺でダンス」という特異なパフォーマンスに対して、視聴者には具体的にどのように感じてほしいと考えているのだろうか。
「ダンスそのものを見て楽しんでもらえたら何よりですし、その上で『お寺で僧侶がダンスをしている』という妙な取り合わせにも突っ込んでもらえれば、やった甲斐があるかなと。
例えば、『僧侶が踊っているけど何で?』とか『お寺でそんなことして良いの?』というひっかかりや、『お寺で踊るなんて不謹慎だ!僧侶たるものもっと真面目であるべきだ』というような声もありがたいです。もちろん、面白そうだから適当にやってみただけ、というわけではなく、ダンスの振付にしても色々な含みを持たせるようにしているので、何かしら気になってくれたら幸いです」
今後の活動
滝山氏は、今後、どのような活動を行って行く予定なのだろうか。
「現在、私自身は高野山を下りて、大阪で僧侶のお勤めをする身になっています。また特に今はコロナ禍のため、ダンス公演を催すことにはためらいがあります。
ただ、今回のようにお寺でのダンス動画で注目していただいたことをヒントに、従来の舞台や既存の枠にとらわれず、今の人たちの目に触れる場に、興味をもって見てもらえるような作品作りをしていければと思っています。そして、知れば知るほどに面白い『密教の世界』をみなさんに提供していきたいです」
僧侶とダンス、そして密教。その不思議な組み合わせには、思わず引き込まれるものがある。その先進的な活動が、今後も新たな価値を生み出すのを楽しみにしたい。
取材・文/石原亜香利