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【私たちの選択肢】性は究極の愛情表現…私が緊縛師になるまでの道のり

2022.04.12

【私たちの選択肢】緊縛師 青山夏樹(前編)

「このショーは、まるでカウンセリングのようだな……」

鞭を打つ音が響くのを聞きながら、わたしはなぜか自分が許された気持ちになっていることに気づきました。

その日わたしは、緊縛師・青山夏樹さんの活動30周年記念公演を観に行っていました。

青山さんの存在を知ったのはSNSです。

「痛みを通して生きる実感が湧く、それだけでは意味がありません。」その言葉の先には信頼と希望があってほしいと書かれていました。青山さん本人によるSMの女王様、そして緊縛師の目線で発信される言葉たちは、わたしの生きづらさにダイレクトに刺さりました。あなたはあなたの感情に蓋をしないで、そう言われている気持ちになったのです。

ショー当日、受け手さんが縛られ、吊るされ、ときには鞭打たれ水責めをされているなかで、なぜかわたしは自分が許された気持ちになり無意識に泣いていました。受け手さんがじっと青山さんを見つめ続ける姿、そして責めながら今にも泣いてしまいそうな青山さんの目。それを見て涙が止まらないわたし。隣の席に座っていた人が鼻をすすり、かばんからティッシュを取り出しました。

わたしは、この瞬間なぜ癒され許された気持ちになったのか、理由を紐解きたいと思いました。ただ、それはわざわざ自分で自分の心の土台に触れることでもあります。興味と恐怖がせめぎあいました。しかし、青山さんが「わたし自身もトラウマサバイバーです」とカミングアウトをしたツイートを読んで、やっぱりお話をうかがいたいと決心をしました。

人生に行き詰まると、わたしたちは目の前の世界しか見えなくなります。そんな時、知らない世界や知らない誰かの人生を知ると、すこし気持ちが楽になったりします。

人はいくつもの選択肢をもっている。そして自由に生きることができる。このインタビューは、同じ世界に生きている”誰か”の人生にフォーカスをあてていきます。

SMとの出会い

青山さんがSMの存在に触れたのは小学校2年生のときでした。道に捨てられていたエロ漫画をこっそりと読んでいると、凌辱的なストーリーに惹かれている自分に気がついたのです。

「SMという単語を知るまえから、SM的な表現に心を奪われていました。今、自分の人生を振り返ってみるとそこにたどり着く精神構造は理解できるのですが、当時は子どもだったので、ただ目の前の刺激的な表現に夢中になったんです」

自営業の両親はいつも忙しくて、朝早くから夜遅くまで家にはいませんでした。そのぶん教育は厳しく、テレビでキスシーンが映るだけで電源は消され、いつも清く正しくいることを期待されたそうです。

「親から抱きしめてもらったり遊んでもらう機会はなくて、子ども時代はいつも寂しかったです。その寂しさをごまかすために刺激がほしかったのだと思います」

両親に禁止をされ、嫌がられるものであるほど魅力的に感じた青山さんは、小学生が読む恋愛漫画よりも加虐・被虐の関係性で生まれる愛に興味を持ちました。「SMは大人になっても強烈なものなのにね……」と笑い、まっすぐ目を合わせながらこう続けました。それはわたしがインタビューを依頼した理由のひとつでした。

「暴力的な恐怖体験と、ドキドキするような性体験。それが融合するSM系の漫画を読んでいるうちに、刺激そのものではなくて、精神的にも肉体的にも結びつく被虐と加虐というものに興味があるのだと気づいたんです。そこに存在する愛があるんです。愛なんていうと笑われちゃうかもしれないけれど」

生まれ育った田舎の風景、近くて狭い人間関係、抑圧される毎日。まだ当時はインターネットもなく、田舎では情報が筒抜けになるので気軽にエロ漫画を買うことができません。青山さんは自分自身でも漫画を描くようになりました。

「漫画には理想のシチュエーションがあるけれど、実際にそれが現実に起こったら犯罪。じゃあもう自分で作り出すしかないと思いました。自分が良いと思うもの、興味を持つものを体験するには自分でプロデュースするしかない。そう考えるうちに、その状況のなかでは自分が誰かをリードしたいと思うようになったんです。親が支配的だったので、縛り付けられることには抵抗があったのかもしれません」

拠り所として飛び込んだSMクラブ

高校生になり、異性と付き合うようになっても密かなSMへの気持ちは消えませんでした。

普通の恋愛では自分の心の奥深くまでは結びつかない、だけど簡単にはカミングアウトもしにくい。そのジレンマのなか青山さんは実際にお仕事としてSMに関わることになります。

きっかけは、大人になるほどに厳しくなった両親からの抑圧でした。娘の交友関係にまで介入し手を回し、青山さん本人の選択肢をどんどん奪っていったのです。抑圧されればされるほど逃げるため家出をする、家出をするほどに抑圧がまた厳しくなる。悪循環のなか、家を飛び出し車を走らせたある日、明け方のコンビニで手にしたスポーツ新聞にのっていた広告に目を奪われました。それはSMクラブの求人でした。

「家出ばかりしていたから田舎には帰れないけれど、住む場所もお金もなにもありませんでした。親が先回りしてしまうから自分にはなにもない、だからこそ裏の世界により強く憧れがあったのかもしれません」

いっそ違う世界に行ってしまいたい、自暴自棄になった青山さんは求人に電話をかけました。

面接の場所はオフィス街、古い純喫茶。卓上のゲーム機が並ぶ店内はタバコ臭くて、数人のサラリーマンが休憩に来ていました。どこにでもある風景です。

「SMクラブの電話が鳴ると、カウンターにいたママさんが奥にひっこんでいくんです。初めてのことばかりで内心すごくこわかった。でも自分はもう後戻りができないと思ったんです」

なにも知らないまま飛び込んだSM業界。当時のお店は、キャストがお客さんの希望によりSとMのどちらも担当をするのが基本スタイルだったそうです。それを知らなかった青山さんは、ある日とんでもない体験をします。

「いっぱい浣腸を持たされてホテルに行ったら、自分が浣腸をされる受け手側だったんですよ。自分はとんでもない世界に来てしまった。これは親不孝ばかりしていた自分への罰かもしれないとすら思いました」

疲れ切った身体、疲弊していく身心。セックスワークはこんなにつらい世界だったのか、自分には向いていないかもしれない。青山さんは泣いてしまう日もあったそうです。それでも心のなかでは女王様をやりたい気持ちが消えませんでした。

「お金がほしい、居場所がほしい、自分を認めてほしい。そのころのわたしは、他人の気持ちも親の気持ちもわからないような自分勝手な21歳でした。自分のことで精一杯で、生きている意味もわからなったんです。だけどお店に来るMの人はそんなわたしのことを一生懸命求めてくれました。テクニックを磨くと指名がどんどん増えていきました。誰かと触れ合いたい、誰かを喜ばせたい、性は究極の愛情表現なんですよね」

自分はプロとして頑張ろう。そう決心した青山さんは、たくさんの人とSMプレイをするなかであることに気がつきます。自分のもとに通うお客さんは過去に虐待体験のある人が多かったのです。

「”死にたい”と思う人がこんなにたくさんいて、SMを必要としている。その理由を知りたいと思ったんです」

拠り所として飛び込んだSMクラブで、自分を必要とする人がたくさんいる。肉体だけでもなく精神だけでもない、その両方が結びついてはじめて存在するSM。

後半ではSMを通して出会った愛の形についてお聞きします。

青山夏樹

緊縛師・AV監督・実践的セクソロジスト

緊縛事故防止NPO法人BSSA代表NSPA認定パーソナルトレーナー

「現代緊縛入門」「緊縛事故防止ガイドブック」執筆

公式ブログ

https://aoyamanatsuki.hatenadiary.jp/

文・成宮アイコ

朗読詩人・ライター。機能不全家庭で育ち、不登校・リストカット・社会不安障害を経験、ADHD当事者。「生きづらさ」「社会問題」「アイドル」をメインテーマにインタビューやコラムを執筆。トークイベントへの出演、アイドルへの作詞提供、ポエトリーリーディングのライブも行なっている。EP「伝説にならないで」発売。表題曲のMV公開中。著書『伝説にならないで』(皓星社)『あなたとわたしのドキュメンタリー』(書肆侃侃房)。好きな詩人はつんくさん、好きな文学は風俗サイト写メ日記。

編集/inox.

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