初めましての方が多いと思います。元少年院教官のVtuber・犯罪学教室のかなえ先生と申します。犯罪者と呼ばれる人と多く関わってきた経験から、普段は社会や人間の解像度を上げるための「事件解説」をYouTubeで行っています。
今回はご縁があり、元少年院の教官としてどうしても見過ごせない「改正少年法」について筆を取る機会をいただきました。どうか最後までお読みいただけますと幸いです。
「少年法の適用年齢が下がった!」は大きな誤解
2022年4月からの改正民法が施行され、成人年齢が18歳に引き下げられました。同日、改正少年法も施行され、少年法は厳罰化されました。
成人年齢の引き下げについては、18歳、19歳の消費者被害増加の懸念や新成人への配慮を求める声など、未だに賛否が分かれているものの、少年法の厳罰化に関しては賛成の声が多数を占めている状態です。
しかし、2021年の5日31日に改正少年法が参議院本会議で可決されたとき、少年院で数多くの非行少年と接してきた私は、その中途半端で無意味な改正少年法の中身を知って、このとき大きく肩を落としました。
また、個人的には、改正内容に関する誤解が多いようにも思っています。例えば、「少年法の適用年齢が下がった!」という意見ですが、これは大きな間違いです。
改正少年法も適用対象は引き続き20歳未満のままで、一切変わっていません。
改正民法でこれから成人として扱われる「18歳・19歳」の少年を「特定少年」として17歳未満の者と区別し、特定少年に対して特別の規定を設けただけです。
他にも「18歳以上は実名報道解禁!」という声も見かけましたが、実は18歳以上の少年(特定少年)全員の実名報道が可能になったわけでもありません。
このような意見を目の当たりにするたびに、改正少年法が内容を誤解されたまま世間に受け入れられているように感じてしまいます。しかし、私が嘆いているのは、今回の厳罰化が少年法の理念と矛盾しているだけでなく、多くの少年たちの未来を潰してしまうと強い懸念を覚えたからです。
「特定少年への厳罰化」は、少年を救うことに繋がるのか?
そもそも少年法とは、非行のある少年に対する成人とは異なった処分や手続きなどについて定めている法律で、その目的は、少年の健全な育成という観点から非行などの形で問題が表面化した少年に適切な保護(性格の矯正や環境の調整等)の手を差し伸べることにあります。
これは、一般に少年とは心身共に未熟であると同時に、環境から大きく影響を受ける存在であることから、悪に染まりやすい反面、教育的な働きかけや環境の調整によって劇的に反社会的な性格等が改善される可能性が大きいと考えられているからです。
よく私は、子どもの成長を庭木の成長で例えることがあります。
例えば、土と日当たりの良い場所に植えられている庭木と、日当たりの悪い場所で放置されている庭木では、同じ種類でもその成長に大きな差が生まれてしまい、最悪後者は曲がったまま枯れてしまうことになります。
しかし、一度曲がってしまった庭木でも、早い段階で日当たりの良い場所に移して適切なケアを施すことによって、再びまっすぐに成長することができるようになります。
実はこれは、家庭裁判所、保護観察所、少年鑑別所、少年院が日々行っていることです。
そして、このような育て直しを円滑に進めるために、少年法は成人の刑事事件と異なる家庭裁判所を中心とする保護処分を優先した様々な手続きを定め、家庭裁判所は事件の内容や背景だけでなく、少年の家庭環境や性格特性なども入念に調査した上で、少年の要保護性(保護が必要な程度)に基づいた様々な保護処分を決定します。
一方で、少年法も場合によっては、成人と同様の刑事処分を科すことは認めています。そのため、「少年だから刑務所に行かない」ということはありえません。
今でも、特に犯行時16歳以上の事件で被害者が死亡している場合には、少年だとしても、原則として実質的に成人と同様の刑事裁判を受けることになっています。
しかし、今回の改正では、特定少年に限り刑事裁判に付される犯罪の対象が拡大されました。さらに、家庭裁判所から検察に事件が送られて起訴された段階で、これまで少年法61条で禁じられてきた推知報道も解禁されることとなっています。
他にも改正された点はありますが、今の説明だけでも、特定少年に対する厳罰化が進んだことは理解してもらえたかと思います。また、成人年齢引き下げによって、18・19歳が大人とほぼ同じように扱われることは当たり前と思う人も多いかもしれません。
実際に社会の「大人」たちは、「新成人」をどう見ているのでしょうか。
「特定少年と呼ばれる非行少年たち」と「中途半端に大人扱いする社会」
実際、まだ社会は「新成人」たちを完全な大人とはみなしていないようです。
成人年齢の引き下げによって「未成年者取消権」が消失することで「新成人」たちのアダルトビデオへの出演強要が深刻化すると国会で議論されるようになりました。
さらに、大手銀行各社もカードローンについては、返済能力を上回る貸付による過大な債務を負うことがないようにする配慮として、20歳以上が利用可能とする現在の条件を維持する方針を表明し、他の消費者金融等も「新成人」との契約には別途条件を設ける検討を開始しました。
これらからわかる通り、これから18歳19歳を法律上「成人」として扱おうとする社会は、「新成人」たちをまだ未熟で保護が必要な存在として認識しているのです。
では、同じ18歳19歳で非行のある少年はどうでしょうか。
もちろん刑務所内においても支援は手厚く行われていますが、普通の18歳や19歳よりも未熟であり、教育的な保護が必要な存在であることは想像に難くないはずです。
また、そもそもの少年法の趣旨や目的に鑑みれば、特定少年にのみ刑事処分の範囲を広げる今回の改正は、少年法の理念と大きく矛盾するように感じます。
非行少年の減少に伴う少年院の統廃合が進む中、ただでさえ一昔前よりも矯正教育のスキルの伝承や自己研鑽の機会が失われつつある状況で、一部の特定少年の受け入れ先として刑務所が選択されやすくなったことが、教育的な働きかけが真に必要な少年たちの将来の更生の芽を摘んでしまうことになるのではないかと、元少年院教官として非常にやるせない気持ちになっています。
現実として、罪を犯してしまった人の多くは、いずれ社会に戻ってくるのです。
感情的な排除や制裁論が先鋭化すると、彼らは社会に「恨み」を持って帰ってくるようになります。心情的に彼らを受け入れることができない感情も理解できないこともないですが、実態を知り、理解することさえも怠ることで、結果として多くの人が不利益を被る可能性もあるのです。
最後に、改正少年法は、施行から5年後の時点で社会情勢や国民意識の変化などを踏まえ、必要に応じて見直すことになっています。
つまり、5年後には、「このままでいいのか」それとも「変える必要があるのか」を考える機会が、皆さんにもやってくる可能性があるということです。
その際には、非行少年に関する現状や教育的保護を実施している各施設の存在も、どうか頭の片隅に入れて皆様には考えてもらいたいです。
将来社会の中心を担うかもしれない子どもの将来を真剣に考えることも、私たち大人たちの責務ではないでしょうか。
文/犯罪学教室のかなえ先生
2020年9月にデビューした、元少年院教官のVtuber。 登録者2.22万人(2022年3月末時点)。親しみやすい関西弁と幅広い学術領域を横断した事件解説が持ち味。特に、多くの犯罪者と関わってきた本人の目線から語られる事件解説は、その背景にある人間の弱さや社会問題への理解度が深まると定評がある。
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