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【深層心理の謎】なぜ人間には歩きながら他のことをする能力が備わっているのか

2022.04.03

 短い話を終えて通話を切り、携帯電話をポケットにしまってから気づいた。歩きながら話しているうちに、いつの間にか改札を出ていたのだ--。

歩きながら通話をしつつ器用に改札を抜けていた

 スマホに視線を落としたままこちらに向かってくる通行人を避ける。こちらが前を見て歩いているからこそぶつからずに済むが、お互いに“歩きスマホ”をしていたらどうなるのだろうと折に触れて思ったりもする。そういうケースではぶつかる寸前で両者が立ち止まったりしているのだろうか。

“歩きスマホ”の危険性が声高に叫ばれているものの、一向になくならないどころか、残念ながらむしろ常態化してしまっているというのが今の街中の様子を見ての個人的感想だ。もちろん常態化していたとしても、その危険性が変わることはない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 所用からの帰路、東京メトロ丸の内線を茗荷谷駅で降りた。夕暮れが近づく中、春日通り沿いを池袋まで歩いてみようと思ったのだ。部屋に戻ればまだ少しばかり作業があるので、途中どこかで何か食べてみてもよい。

 また一人、歩きスマホの通行人が目に入る。その若い女性は短い間隔で画面から目を離し、ちらちらと前方を注意して歩いていて、多少なりとも安全性に配慮しているのがせめてもの救いだろうか。

 もちろん歩きスマホをしている者を見るのは外に出れば日常茶飯事であるが、歩きながらいったい何を見ているのか、そこにはいろんなケースがあって時折少し驚かされることがある。住宅街の夜道でスマホでマンガを読みながら歩いている人を見たこともあるし、YouTubeか何かの映像コンテンツを歩きながら視聴している人を見かけたことも何度かある。歩きスマホに加えて一方の手で菓子パンを食べながら歩いている剛の者(!?)もいた。

 通行量の少ない住宅街の路上であればあまり危険はないともいえるのだが、このように一部のスマホユーザーは歩きながらかくもさまざまなことをしているのだ。

 歩きスマホはご法度であることに変わりはないが、そもそも歩きながら読書と勉学に励んでいた二宮尊徳さんの例もあるし、我々は日常生活の中で歩きながらいろんなことをしているのは事実であり、しかもけっこう器用にこなしていたりするものだ。

 ついさっきのことだが、この駅で電車を降りて出口に向かっている最中に、携帯に着信があり仕方なく歩きながら電話に出たのだが、短い時間だが話し込んでいるうちに改札を出ていたことに、電話を終えてから気づかされた。もちろん改札を突っ切ってキセルをしたわけではない。話しながらもほとんど無意識にポケットからICカードを取り出して、改札機にタッチさせていたのである。後から振り返ればその感触は残っているが、話に気を取られていたこともあり、ほとんど意識することなく一連の行為を完了させていたのだ。

 あまり格好いいものではないとわかっているが、バッグを肩にたすき掛けにしていたため、両手が空いていたこともこの“芸当”の成功要因のひとつではあるのだろう。まぁちょっとしたファインプレーをそつなくこなしていたことが分かって、我ながら悪い気分はしない。

歩きながら何かをしたほうが歩行が安定する?

 駅を出て歩くとしよう。駅前は片側2車線に加えて自転車走行帯のある幅広い春日通りが左右に延びている。通りを左にひたすら進んで行けば新大塚から池袋の東口五差路交差点と交わる。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 スマホを持ち歩いてはいない自分には当然ながら歩きスマホをする術がない。街を歩きながら行っているのはもっぱら考え事なのだが、個人的な感触としては、歩きながらあれこれ思考をめぐらせたほうが、部屋で椅子に座っているよりも考えがまとまるように思えることが多い。そして考え事をして歩いている場合は、自分の足取りについてはほとんど無自覚で、足が勝手に動いているような具合になっている。

 ということはひょっとすると歩きながら何らかのタスクを行うことは、我々にとってきわめて自然な行為であり、それが可能であるように脳と身体はプログラムされているのかもしれない。最近の研究からも、我々には歩きながら別のタスクをうまく処理できる素晴らしい能力があり、それどころかむしろ歩行中に単純なタスクを行うほうが歩行が安定することが示唆されているのである。


 科学者たちは、健康な脳はどちらの活動がどのように達成されるかの過程を犠牲にすることなく、歩きながらマルチタスクを実行できることを示しました。

「この研究は、脳が柔軟であり、追加の負担を担う可能性があることを示しています」

「私たちの調査結果は、参加者が同時に認知タスクを実行すると歩行パターンが改善することを示しました。これは参加者が歩行だけに集中している場合よりも、実際に歩行とタスクの実行中の方が安定していることを示唆しています」

※「University of Rochester」より引用


 米・ロチェスター大学メディカルセンターにあるデルモンテ神経科学研究所の研究チームが2021年12月に「NeuroImage」で発表した研究は、歩行中に脳がどのようにマルチタスクを行うかについての洞察を提供している。そもそも我々には歩きながら別のタスクを行う能力が備わっているというのである。

 研究チームはバーチャルリアリティ、脳活動のモニター、モーションキャプチャテクノロジーを組み合わせた最新の機器である「MoBI(Mobile Brain-Body Imaging)」を使い、22人の健康な若い成人である実験参加者にトレッドミルの上を歩きながらテーブル上の物体を動かしたりするタスクなどを課して身体の動きと脳活動を詳しく分析した。

 歩きながら行うタスクの一方、同じタスクを動かずに座った状態でも行ってそれぞれの脳活動が詳しくモニターされたのだが、歩行状態と座った状態では神経生理学的差異が大きいことが示されたのである。

 歩きながらのタスクにも脳は柔軟に対応して実行しており、歩きながらのタスクのほうがむしろ歩行が安定していることが突き止められたのだ。歩きながら何かほかのことをするというのは、我々にとってごく自然な行為であったということになる。

 英語の表現には「歩きながらガムを噛む(walk and chew gum at the same time)」というフレーズがあり、二つのことを同時進行させること(マルチタスキング)ができる器用で仕事ができる人物を指していわれたりするのだが、そもそも我々は特に器用ではなくとも本来的に歩きながら何か別のことを巧みにこなせる能力が備わっているということである。

 携帯電話で通話しながらうまく改札を抜けたとしても、それは特別な“ファインプレー”というわけではなく、何度も行っている動作であれば多くにとってそつなくこなせるものであることになる。

 しかしだからといって歩きスマホが許されるわけではないだろう。歩きながらの通話と違い、歩きスマホの多くはあの狭い画面で視覚情報を扱う複雑なものである。我々には歩きながらタスクを処理できる能力があるにしても、処理する情報量からいってもやはり歩きながらスマホを扱うのは多くにとって脳のキャパシティーを超えているに違いない。

老舗店おすすめメニューの肉丼をじっくりと堪能する

 駅を出て春日通り沿いを歩き始めた矢先ではあったが、すぐに左に折れる路地がある。狭い路地ではあるがスーパーマーケットや飲食店などもあり、ちょっとした商店街になっているようだ。真っすぐ春日通りを進む手筈ではあったが、街歩きならではの“寄り道”があってもよい。少しばかり足を踏み入れてみるとしよう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 進行方向右側に1階がカフェになっている6階建てのビルがある。フロア案内を見ると飲食店もいくつかあるようだ。2階にはステーキ業態の某ファミレスがありなかなか食指が動くのだが、同じ2階に「肉丼」を出す店の看板がある。展示されているメニューをよく見るとラーメンやチャーハンを出す町中華の店のようだが、どういうわけかお店の「おすすめ」が肉丼になっている。そこまでお店が推しているのなら肉丼を食べてみたい気になるというものだ。向かってみることにしよう。

 2階まで吹き抜けになっている階段をのぼる。入口の看板には店名と共に「手作りの味」とのフレーズがあり、創業は1972年であることも記されている。地元の老舗店といういうことになるが、この店舗自体は比較的新しそうなので、移転してまだ間がないということなのだろう。

 店に入る。入口近くに置いてあるボトルをプッシュして消毒液を手で受け、店員さんに迎え入れられつつ両手をこすり合わせながら店内を進む。入口近くにお会計の場所があり、そこから調理場に沿って長いカウンターが続いている。中途半端な時間ということもあってか先客はいなかった。

 好きな場所に座るように促され、中央よりやや奥のカウンターに着く。カウンターの奥には小さなテーブル席が4卓ほどある。

 コップの水を差し出され目の前のスタンドに差してあるメニューを手に取って少し眺めるが、注文するものは決まっていた。「肉丼」を生卵つきでお願いした。

 店内の壁に架かっている大型液晶テレビに映るニュースを眺めながら料理を待っていると、続けざまに男性の一人客が入店してきた。アルバイトの外国人留学生らしき男子学生もやって来て厨房に加わっている。やはりこれから混む時間ということなのだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 肉丼がやってきた。普通盛りでもなかなかのボリュームだ。玉ネギ、ニラと共に炒められた豚バラ肉が食欲をそそる。さっそくいただこう。甘めのタレが絡まった豚肉がご飯によくマッチしていて美味しい。

 自分よりも奥のカウンター席に着いたお客は注文を終えるとさっそくスマホを眺めている。きっと食べる最中もスマホを眺めるのだろう。歩きスマホならぬ“ながらスマホ”である。

 社会にほぼスマホが普及しきったという感があるが、腕時計タイプのウェアラブル端末、いわゆる“スマートウォッチ”も徐々に普及しつつあるように思える。現状でもスマートウォッチで交通系電子マネーが使えるので、もし装着していたのならば電話しながら改札を通り抜けるのは“芸当”でもファインプレーでもなんでもない。

 そしてもちろん、飲食店での電子マネー決済が今後さらに普及してくれば、ほとんど現金を必要としない日常生活を選択できることにもなる。

 そうした便利極まりない生活の中で若干懸念されてくるのは、さっきの自分が無自覚なまま改札を通り抜けていたように、消費行動があまり意識されることなく半ば自動化されてしまうことかもしれない。たとえば電車で移動中の乗り換え駅で何の気なしに立ち食いそば屋に入って食事をし、電子マネーで支払って出てくるといった一連の行動がほとんど何も考えずにできてしまい、スマートウォッチの普及などで今後ますます容易になっていくのだろう。

 そんなふうにして食べた食事はすぐに忘れてしまったとしても不思議ではない。つまり何を食べたか憶えていないということにもなりかねず、便利なのかもしれないが何だか残念な感じもしてくるし、無自覚な過食に繋がるケースもあり得るだろう。

 問題を突き詰めれば支払い方法の問題ではないのだが日々の食生活の中、できる限り一食一食をじっくり味わってみたいものだ。あと少しばかりの時間、この目の前の肉丼を存分に堪能することにしよう。

文/仲田しんじ

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