穏やかな春の午後、街角で唐突に見かければやはりギョッとせざるを得ない。近くで何か物騒なことが起こっていなければいいのだが…。サイレンこそ鳴らしてはいないものの、真っ赤な消防車を見ると不安な気持ちになってしまう。
赤いユニフォームの一団に続き消防車を目撃する
珍しく正午を少し過ぎた時間に池袋に来ていた。パソコンのマウスの故障に見舞われ、朝から外出して池袋の家電店へ安いアナログの有線マウスを買いに来たのだ。
買い物を終えたらすぐに帰宅するつもりであったが、ちょうど時間は正午を過ぎたばかりだったので、どこかで昼食にしてみてもよかった。駅前の明治通りの歩道から駅に通じる地下街に降りて西口方面に向かうことにした。
浦和が本拠地のプロサッカーチームのユニフォームを着たグループが駅構内の一角に集まっていた。その真っ赤なユニフォームは否応なく周囲から目立っている。これから連れ立って埼玉スタジアムに向かうのだろうか。今日は土曜日だし、これから試合があったとしてもおかしくない。
彼らのような一目瞭然のサポーターを見かけるのも久しぶりである。2018年のサッカーワールドカップや、2019年のラグビーワールドカップの頃が思い出されてきて懐かしいが、思えばこの頃はコロナの“コ”の字もない平穏な時代であった。つい数年前のことなのだが。
地下構内を西口には行かずに北口に向かい地上に出てきた。北口からほど近い「平和通り」にある飲食店に入ってみたくなったのだ。だいぶ前にその通りで焼肉ランチを食べたが、今回はそことは違う焼肉店に入ってみるのもよさそうに思えた。
北口を出て線路沿いを歩いていると、背後からやって来ていた消防車に抜かされた。その真っ赤な大きな車体が突然視界に入ってきて少し驚く。追い越されるまで気づかなかったのだがら当然サイレンは鳴らしておらず、単なる移動中なのだとは思うが、まったく予期せぬ状況で消防車を間近で見れば心穏やかではなくなる。その真っ赤な車体は非常時こそ頼もしくも見えるが、平穏無事な状況で目にすれば違和感が先に来てしまうというものだ。
直進して池袋大橋の陸橋へ進む消防車を見送りつつ、左折して平和通りを目指す。土曜日の昼ということもありけっこうな人出だ。
駅構内で見かけた真っ赤なユニフォーム姿のサポーターの一団に続き、駅を出れば真っ赤な消防車に出くわし、何かと赤という色に縁がある日なのかもしれない。そしてもちろん赤という色は赤信号であったり、パトカーのランプであったりと、非常事態や警戒、警報などが連想させられて何かと心をざわつかせるものでもある。そういえばコロナ禍の初期の頃に発動された「東京アラート」でも、レインボーブリッジや都庁舎が赤色にライトアップされて警戒が呼びかけられたことは記憶に新しい。それだけに赤は“普通じゃない”ことが暗に示されているのだ。
赤色からはネガティブな影響も受けやすい
いつになく赤という色を意識していると、街中のあちこちにある“赤”にも視線が誘われれる。この通りにあるカラオケ店の看板も赤ければ、その向かいにある薬局の軒先の庇も真っ赤だ。某ディスカウントストアの店頭には目玉商品らしき品々が陳列されているのだが、よく見ると値札の数字がどれも赤で記されている。確かに商品名よりも先に価格の赤い数字に目がいってしまいそうである。
このように我々の注意を引きつける赤という色だけに、最近の研究では我々は赤い色が持つ影響力にはじゅうぶんに配慮すべきであると、まさに“警戒”が呼びかけられている。特に投資家は赤が持つ影響力から実害を被る可能性が高いというのである。
「私たちの調査結果は、赤色の使用が証券会社のウェブサイトや退職サービスプロバイダーなどの金融プラットフォームで使用される場合、慎重に検討する価値があることを示唆しています」
「たとえば、赤色を使用すると、投資家がプラットフォームを回避したり、重要な財務上の決定を遅らせたりする可能性があり、長期的に有害な結果をもたらす可能性があります」
「これは、赤色の使用が危機と勢いの異常な時期の株式市場の流動性に幅広い影響を与える可能性があることを示唆しています」
※「University of Kansas」より引用
米・マイアミ大学と南メソジスト大学の合同研究チームが2021年3月に「Management Science」で発表した研究では、財務データを表すために赤色を使用すると、個人のリスク選好、将来の株式リターンの期待、および取引決定に影響を与えることが指摘されている。投資家は赤で記されたデータには気をつけなければならないというのである。
英語で「赤を見る(see red)」とは「激怒する」や「かっとなる」という意味があるように、まさに赤いマントで挑発された闘牛のように、怒りや興奮をかき立てられるという意味合いがある。そしてこれまでの研究で我々人間にとっても、赤色を見ることで行動が意識的になり、発奮させられたりする一方、怒りや恐怖、危機感などのネガティブな感情を誘発する性質もあることが示されている。
さらに西洋文化(日本も重複している部分がある)では、収支がマイナスになる“赤字”や、学業成績の落第点を指す“赤点”などという表現もあるため、赤にはネガティブなイメージも強くつきまとう。
研究チームはこの赤が及ぼす「波及効果(pervasive effects)」が財務の分野にも及んでいるのかどうか、合計1451人の個人を対象とした8つの研究をメタ分析することで、赤色は経済的意思決定に影響を及ぼしていることを突き止めたのである。具体的には財務報告書などにおいて、赤字で記された情報からネガティブな影響を受けやすいということだ。したがってこのメカニズムを予め知っておかなければならないという。
英語にはまた「レッド・ヘリング(red herring)」という表現があり、日本語では「燻製ニシンの虚偽」などとも訳されているのだが、このレッド・へリングとは重要な事柄から受け手(聴き手、読み手、観客)の注意を逸らそうとする修辞上、文学上の技法を指す慣用表現で、たとえば推理小説で読者の注意を真犯人からそらすため、わざと提示される偽の囮情報のことである。文字通りこのニシンの“赤さ”が受け手側にネガティブな影響を及ぼしているのだ。
研究チームも今回の結果を受けて「レッド・ヘリング」というフレーズに感謝している旨を皮肉混じりに言及している。“赤”の持つかくも強い影響力をそのまま受け止めることなく、“ハンデ”を与えておくくらいで丁度よいとすべきであるようだ。
“真っ赤な”中華料理店でランチメニューを堪能
平和通りを進む。土曜日のこの時間帯にこの界隈に来たことはあまりないのだが、どういうわけか通行人がけっこう多い。特に若者の姿が多いようだ。ここは池袋では外れのエリアで平日はそれほどの人出はない場所だと思うが、週末は人通りが増えるのだろうか。しかしそうであったとしても、その理由が今ひとつよくわからない。この近くに多くの人を集めるような店や施設が特にあるわけでもないだろう。いや、それは自分が知らないだけなのだろうか。
そんなことはいいとして、どこに入ろうか。とりあえず焼肉店が立ち並ぶエリアまで足を進めてみることにしよう。
通りを進み遠くに焼肉屋が見えてきたが、その手前に真っ赤な看板の店がある。中華料理店だ。店はビルの半地下部分にあり、真っ赤な看板の店名の上には「中国東北家郷料理」と書かれてある。店先の歩道にはランチメニューを記したボードが出ていた。焼肉はまた今度ということにして今日はここにしよう。
階段を少しばかり降りて店に入る。広々とした店内もまた真っ赤だ。テーブルと椅子が赤で統一されているのである。大きな円い回転式テーブルも真っ赤だ。先客は女性の2人組と1人客が4、5人といったところだろうか。土曜日で周辺のサラリーマンの昼食需要がないこともあり、ゆっくり食事ができそうだ。
お店の人に好きな席に着くように言われ、入口にほど近い2人掛けのテーブルに着く。真っ赤なテーブルが目に眩しい。ランチメニューのどれかにするとは決めていたが、メニューを見るとチャーハンやラーメンとのセットメニューなどもある。少し迷ったが、たぶんそれほど辛くないと思われる「牛肉の黒胡椒炒め」をお願いした。
それにしても赤という色に圧倒されてばかりいる日である。我々にとって赤は注意をひく一方で、何かと物騒な色でもあるわけだが、興味深いことに前出の研究では中国文化圏ではその意味合いが違ってくることが指摘されている。中国文化圏において赤は基本的に“繁栄”を意味しており、我々が抱くネガティブな意味合いはそれほど強くないということだ。とすればこの真っ赤なテーブルでポジティブに料理を楽しんで正解ということにもなるだろう。
料理がやってきた。牛肉の炒め物はけっこうなボリュームである。小皿の麻婆豆腐もついているのは嬉しい。スープをひと口啜り、さっそく炒め物を頂く。意外にもそれほど味は濃くないし、辛くもなくこれなら美味しく食べ進められそうだ。
そういえば小皿の麻婆豆腐も“赤”のメニューである。レンゲですくって食べてみると、こちらは普通に辛い。とはいえ決して激辛ではなく標準的な辛さだろう。辛い料理は苦手なほうだが、量も少ないしこれくらいの辛さであればまったく問題ない。
今日は朝からイレギュラーな事態に直面することになったが、この美味しい中華料理のおかげで午後の仕事にも身が入りそうである。そういえばこれから埼玉スタジアムで行われるであろうJリーグの試合を仕事の合間にネットでチェックしてみてもよさそうだ。スタジアムの客席では真っ赤な応援旗が派手にはためくのだろうか。
文/仲田しんじ