
バーチャルYouTuber(VTuber)として活動するもりのこどくさんは、統合失調症と診断された自身の経験や知識を動画で情報発信している。そして現在、統合失調症の人に寄り添う居場所をバーチャル空間に作るべく、クラウドファンディングに挑戦中だ。精力的に活動する彼女に、バーチャル上でだれかと繋がれることの素晴らしさ、そして病気について正しく知ってほしいという思いを聞いた。
「VTuberを観ている間は、幻聴が聞こえなかった」
統合失調症の人たちがつながれる居場所を作りたい――バーチャル空間『もりのへや』実現のためにクラウドファンディングを行なっている、もりのこどくさん。彼女は統合失調症と診断されたことを公表しながら活動している“統合失調症VTuber”だ。
2021年7月から活動を始めたもりのこどくさん。「統合失調症になっていなければ、VTuberを知ることすらなかったかもしれません」と彼女は語る。
「16歳のときに統合失調症と診断されました。高校に行けず、家から出られない時期がありました。VTuberと出会ったのはそのころです。症状が重い時期は、『しね』という幻聴が常に聞こえてきたり、様々なことができなくなったりしていました。ですが、バーチャル上でひとつの人格として振る舞っている彼ら彼女らの動画を見ている間だけは、その声が聞こえずに楽しむことができました」
入院と投薬治療により症状は一時的に落ち着いたものの、その後再発。人と話したり、一人で外出したりできなくなってしまった。
「部屋に引きこもっていたときに、統合失調症になった自分がここにいるということを社会に伝えたい、と思うようになりました。実はこどく自身、診断されるまではそんな病気があることすら知りませんでした。若い世代がかかりやすいにもかかわらず、です。自分のように、何もわからないまま症状に苦しむ人を一人でも減らしたい。そう考えて情報発信を始めました」
VTuberなら、自分と同じように症状が重くても楽しく観られるかもしれない。そう思ったもりのこどくさんは活動することを決めた。
「統合失調症に関する動画や本で紹介されている情報は、その病気の特性から、怖さを感じたり、複雑で理解するのが難しかったりするものが目立ちます。こどく自身、症状が辛かったときは、明るくてわかりやすい情報を見たいと思っていました。だから楽しく情報発信をすることを心がけています。始めの挨拶では『今日も生きててえらい』。動画の最後は『生きててくれてありがとう』と締めて、観た人が明るい気持ちになれるような活動をしています」
YouTubeでは、実体験を元にした統合失調症についての情報発信が中心だ。英語の勉強を視聴者と一緒に行なう配信なども行なっている。
バーチャルだからこそ、同じ悩みを共有できる
YouTubeでは、動画投稿を中心に活動している。現在も闘病中のため、体調面から生配信を行なうことが難しいからだ。しかし、活動を始めてから体調は良好になり、ファン(彼女のチャンネル内では「生存者」と呼んでいる)に自分のことをもっと知ってもらいたい、そして生存者と話したいと思うようになった。
「誕生日である2021年11月30日に、初めての生配信を行ないました。最初は誰も配信に来てくれないんじゃないかと不安に思いましたが、想像以上にたくさんの生存者のみなさんが来てくださいました。温かいコメントもお寄せくださり、『ここまで頑張ってきてよかった。これからも頑張ろう』と思えました」
誕生日初配信は、約50分間行なった。内容はファンアートの紹介やお便りへの返答などで、視聴者からの誕生日を祝うコメントであふれかえった。
もりのこどくさんにとって、バーチャルで活動することには大きな利点があると語る。
「匿名で、顔を明かさなくてよいという点は、発信する側だけでなく、観ている側にもメリットがあると思います。こどくは周りの人たちに、自分が統合失調症だと打ち明けていません。それは、いまだにこの病気に対する偏見があるからです。同じように症状を抱える生存者の中にも、やはり周囲に話していないという人は多いようです。名前と顔を明かさなくてよいおかげで、ネットで同じ悩みを抱える人同士でつながることが可能になります」
VTuberやアバターという「もうひとりの自分」をバーチャル上に作り、リアルではできない生活の悩みを本音で語り、共感できる場があることで、精神的に支え合うことができる。バーチャル空間は、精神的バリアフリーの新しい形なのかもしれない。
「統合失調症の患者には、患者会などの居場所に行くことが難しい方がたくさんいらっしゃいます。理由としては、そこに行くこと自体が差別や偏見にさらされてしまうことや、症状のために外に出ることが難しいこと、新型コロナウイルスの流行によって開催自体が難しいことが挙げられます。しかし、バーチャル空間上に交流できる場所を作ることができれば、これらの課題全てを解決することができます」
現在、クラウドファンディングを募り、メタバースプラットフォーム『cluster』に統合失調症患者の居場所となるバーチャル空間『もりのへや』を作るプロジェクトを進行中だ。今回のプロジェクトで作成予定のバーチャル空間は、パソコンやVR機器だけでなく、スマートフォンからもアクセス可能だという。
「もし、こどくが孤独を抱えていたときにこんな居場所があれば、絶対に参加していたと思います。そこで同じように苦しんでいる人から話を聞いたり、自分の話をしたりすることは、統合失調症の患者にとって非常に有意義です。かつてのこどくのように、同じ悩みを持つ人とつながることができず、今ひとりぼっちで苦しんでいる仲間を救いたい。そんな思いで、このプロジェクトを立ち上げることにしました」
統合失調症と診断されている人は、全国に80万人いるといわれている。誰しもがかかる可能性があり、無関係ではない。にもかかわらず、病気への理解がなされずに、差別や偏見がある現状を、もりのこどくさんは変えたいと願っている。
「いつか自分や周囲の人が統合失調症と診断されるかもしれない。こどくのように、自分が統合失調症だと打ち明けられない人が、実はすでに周りにいるかもしれない。そうなったときに、その人がひとりぼっちにならないようにと願っています。ちょっとでも誰かとつながることが、生きる希望になります。統合失調症の人たちが安心して過ごせる居場所づくりのために、みなさんのお力をぜひ貸していただけたらと思います」
※クラウドファンディング特設サイトはこちら(支援募集は4月15日まで)
バーチャル空間『もりのへや』のイメージ画像(『cluster』内で作成した仮ワールドおよび仮アバターを使って撮影)。スタッフが常駐しており、話し相手となる他、イベントなどの開催も予定している。
錦鯉・渡辺さんが、もりのこどくさんの魅力を熱弁!DIME最新号は「VTuber大図鑑2022」を特集しています
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務を経て2019年5月より、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド(現ウェルプレイド・ライゼスト)のスポンサードを受け「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動開始。代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。