展覧会も開かれて話題沸騰の「前衛弁当」作者に聞いた創作の秘密
1990年代に始まったSNS時代の今、大きな盛り上がりを見せる「キャラ弁」。
そのキャラ弁の世界を圧倒するクオリティゆえ、美術館で展覧会まで開かれた弁当があることはご存知だろうか。
百聞は一見に如かずで、まずは以下3点の写真を見てほしい。
これらはすべて一般的な食材で作られた弁当。ふつうに食べられるし、きっとおいしいのだろう。しかし、口に入れるのが憚られるのは、もはやアートの域に達しているから。
こうした「前衛弁当」を作ったのは、nancyさんこと松浦美喜さん。広島県東広島市在住の「弁当歴25年の主婦」だという。
2020年には、ウッドワン美術館(広島県廿日市)で個展を開き大好評。昨年は著書『つくる・みせる・たべる 弁当美術館』を上梓するなど、世間に知られつつある松浦さんだが、その素顔はほとんど知られていない。
160種類の前衛弁当を紹介した『つくる・みせる・たべる 弁当美術館』
今回は、30年にわたるキャラ弁史をひっくり返した注目の作家にインタビューを試みた。
■本業はグラフィックデザイナー
―― 前衛弁当を作り始める前からアーティスト活動をされていたのでしょうか。
松浦さん:20歳の時からグラフィックデザイナーの仕事をしております。パソコンやインターネットもない頃。ラフを手描きでお客さんに見せていた時代からですから、かれこれ38年? ちょっと気が遠くなります。
デザインの仕事を通じて、イラストや立体作品、人形作りや料理まで幅広くやってきたおかげで、今がある……みたいな感じです。
■インスタグラムの発信が起爆剤に
――前衛弁当を作り始め、世の中に公開するようになったきっかけを教えてください。
松浦さん:ずばりインスタグラムですね。私の仕事も数年前からSNSなしには考えられないようになってきました。
個人的に、自分のSNSを育てて仕事に活かそうと始めたのがインスタグラムでした。最初は何を発信すれば良いのかわからなかったのですが、弁当の写真をアップしたら、反応が良かったので調子に乗りました。
前衛弁当づくしで圧巻の松浦さんのインスタグラム
そもそも前衛弁当を生み出すきっかけは、日々の弁当作りの面倒くささを解消するため「もっともっと厄介なことをする」というアイデアが閃いてからだという。それが松浦さんのツボにはまり、「面倒くさいを超えたさらに厄介な弁当を増産」する日常が始まった。
■割烹着を着たモナリザの微笑み
――前衛弁当はバリエーションが豊富で、「いったいどうやって作ったのか」と不思議に思う作品が少なくありません。例えば「モナリザも微笑む日本のキャラ弁」という作品ですが……
モナリザが、なぜか割烹着を着て、しゃもじを持っています。背景は富士山に日の丸。いかにも「ザ・ジャパン」な感じが秀逸ですね。太陽は梅干し、空は白ごはんとわかります。それ以外の要素はどんな食材を使ったのでしょうか。
松浦さん:この弁当は、フードカルチャー誌『Rice』のために作りました。モナリザは名画です。多分これほど知られた絵画はないのではないでしょうか?
それゆえに、どんなコスプレをしようとも、何を持たそうとも、背景がまったく違っていても、あの微笑みがあれば、それは「モナリザ」です。
それともう一つ。日本のキャラ弁文化は世界に誇れるものだと思います。これをもっと世界に広めたいという野望を込めて作りました。
青い富士山は、「ととしーと」という色のついたシート状の蒲鉾とクリームチーズ。モナリザの顔はチーズにオブラートアート、割烹着はハンペンで作っています。
「オブラートアート」とは、オブラートに竹炭パウダーや食紅でイラスト・文字を描き、食材に貼る手法。最近のキャラ弁で見かけるようになったテクニックで、松浦さんの前衛弁当でも活用されている。
■ふと降りてきたアイデアから作ることも
――モチーフには、古今東西の名画だけでなく時事問題を題材にとったものも幾つかありますね。本書に収載された作品ですと「縄文遺跡群 世界遺産登録おめでとう!弁当」に「アマビエ弁当」、そしてプーチン大統領が怖すぎる「ロシアンルーレット弁当」というのもありました。ニュースを見て、ピンときたものを作る感じでしょうか。それとも……
松浦さん:こんなことを言うと変に思うかもしれませんが、もちろんニュースなどを見て時事ネタを後追いでモチーフにすることもありますが、ニュースになる前に……ということも時々あります。
弁当はあまり計画的に作っていないので、前日の夜にフッとアイデアが降りてきて、翌日作ったということも珍しくありません。
アイデアが降りてくる理由は、情報を知らず知らずのうちに頭に入れていることもあるでしょうが、自分でも正直よくわかりません。
ちなみに、少し前のことですが、夢の中にプーチン大統領が出てきたので、その数日後に「ロシアンルーレット弁当」を作りました。とても怖い夢でした。
夢に出てきたプーチン大統領がモチーフの一品
■ゆくゆくはニューヨークで個展が夢
――最後になりますが、今後の活動と展望について教えてください。
松浦さん:現在は広島県を中心に、「弁当パネル展」やオブラートアートのワークショップを開催しています。
それをさらに全国に、さらにさらに世界に広げていきたいと思っています。
昨年、本を作っている時に、目標は「ニューヨークで弁当展!!」と、ふざけて言っていましたが、口に出していたら、みんなが「できる!できる!」と言ってくださるんです。そう言われると「できる!」ような気がしてきました。
「そこまでやったら誰も文句は言えない」ところまで楽しんで打ち込んでいると、誰かが面白がって手を差し伸べてくれる……と、私は思っているので、「できる!」までこのまま頑張り続けようと思います。
最後に、弁当を食べる人「オットさん」のことにはちっとも触れていませんでしたが、オットさんが元気に働けるように……というのが私の前衛弁当を作る理由です。
ですから、オットさんと共に「おもしろおかしく」生きているのが、私が一番大切にしていること。オットさんもそれがわかっているから、どんな弁当を持たされようと文句は言いません。奇特な人です。
文/鈴木拓也(フリーライター)