■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回はソフトバンクグループのArm売却問題について話し合っていきます。
NVIDIAへのArm売却は無理があった
房野氏:ソフトバンクグループが、Arm(プロセッサの設計などを行うソフトバンクグループの子会社)を半導体メーカーNVIDIAに売却することを断念しました。どういう経緯だったのでしょうか。
石川氏:孫さんとしては、Armを買った段階でゆくゆくは上場しようと思っていた。そのために社員をたくさん雇って技術を開発しようと思っていた。しかし、コロナ禍になってしまい、ソフトバンク・ビジョン・ファンドが持っている株価が軒並み下がってしまって「これはヤバいぞ、現金化しなきゃいけない」という中で思いついたのが、ArmをNVIDIAに売却すること。NVIDIAもそれに乗って話を進めていたけど、マイクロソフトやクアルコムといった会社やアメリカやイギリスにも反対されたということで、にっちもさっちもいかなくなって、「やっぱりやめた」ってことになったと。孫さんは「(上場は)当初のAプランだ」と言っています。傍から見ていると、そもそもNVIDIAに全部売却する段階で、それは独禁法的に無理じゃないの? と。
ソフトバンクグループ株式会社 代表取締役 会長兼社長執行役員 孫 正義氏
法林氏:思うよね。
石川氏:薄々思っていたことなので、そりゃそうだよなと納得しました。NVIDIAはよくその気になったなというところもある。
房野氏:ソフトバンクグループの決算説明会で、孫さんは「ArmとNVIDIAが作っているものは車のエンジンとタイヤくらい違う」とおっしゃっていましたが、ちょっと笑ってしまいました(笑)
石川氏:孫さんの話はそもそも無理があった。「Armは価値を増していく」と言っているにも関わらず、ではなぜ売却しちゃうんだということもつじつまが合わないし、「上場する」と言っているけれど、もっと持っていた方がいいんじゃないかって感じもするし。なんとなくArmに関してはフラフラしている感じがします。
法林氏:IT業界のネタではあるんだけど、投機にしかなっていないんだよね。
石川氏:「情報革命で人々を幸せに」しようと思ってやっていないなって感じがします。
石野氏:買収した時は「Armがあればソフトバンクに全情報が集まってくる」って言っていましたね(笑)
法林氏:それは違う(笑)
石川氏:そんなことになったらセキュリティ的に大問題(笑)
石野氏:本当に。そんなに情報を握ったらマズイ。
法林氏:ソフトバンクについては、「ソフトバンクグループ」と「通信のソフトバンク」という言い方をすることがあるんだけど、グループの方に関しては、Armを持っていることによって何か効果があるかというと、現実的に考えて、たぶんないんですよ。今までグループが儲けてきたアメリカや中国の会社は基本的にインターネット企業だけど、例えばDiDi(配車プラットフォーム)とかにArmのリソースが入ったから何か良いことがあるかというと、そんな良いことは起きない。
石川氏:孫さんは、Armを持っていると技術のトレンドがわかると言っていましたね。
法林氏:それくらい。
石野氏:世の中の全情報が集まってくるわけじゃない。IoTを通じてばら撒いた情報がソフトバンクに集約されるなんて、そんなスパイウェアチップは使えない(笑)。最初からもう説明が無理筋だったんですよね。
房野氏:ちょっと思い出せないんですけど、ソフトバンクはなぜArmを買ったんでしたっけ?
石野氏:情報革命……
石川氏:買えたからですよ(笑)
あの段階でArmに投資するというのは、確かにすごいなと思ったんですよ。さすが孫さんだと思ったんですけれど、ただ、あの段階で買えるArmって何だったんだろうとも思ったんです。
石野氏:確かに。
石川氏:もっと価値がある会社だったら、買えるほど株価が下がっていないだろうし、ほかの人が手を出しても良かっただろうし。その中でのArmって何なんだろう? っていうのは、ずっと考えていた。
石野氏:全世界、至る所で使われている割には儲かってないぞ、と。
石川氏:そうそう。
法林氏:Armは基本的に、CPUの設計図というか、アーキテクチャなので。
石野氏:基本的にはライセンスで食っている会社ですね。
法林氏:そう。だから、何かが起きるというわけではない。ただ、Armという会社がないと困ることは事実だし、圧倒的なシェアを持っている。でも、どうかなぁ、情報革命につながる構図はなかったんで、やっぱり単純な投機でしかなかった。
石野氏:ただ、ソフトバンクはその後、NVIDIAにも出資しましたよね。結構な株式比率になった。そこでつなげれば何かが起こる可能性はあったと思うんですけど、NVIDIAを手放している時点でArmだけ少し浮いている感じがした。で、いっそのことArmをNVIDIAに売却しようとしたら、みんなに「それはダメ」って言われた。「そんなことしたらNVIDIAが強くなりすぎますから!」と。
法林氏:NVIDIAは、古くからパソコンを知っている人たちにしてみれば、ただのビデオカードの会社だったのが、あっという間にビデオカードからGPUと呼ばれるようになり、パソコンどころじゃなくてデータセンターからなにから、あらゆるところで使われるようになった。NVIDIAのGPUは車にも組み込まれている。
石野氏:最近は基地局にも組み込まれている。
法林氏:そうそう、通信系もあるからね。
石川氏:スマホ向けのチップを作っていた頃は危ぶんでいたけど。携帯業界としては、そこがNVIDIAの一番のピークだったので(笑)。
石野氏:「Tegra」ですね。発熱が問題になりました。
房野氏:富士通が「ARROWS」で使いましたね。
Armの競合RISC-Vへの期待
法林氏:そういう意味では、なぜなの? ってところはある。最初に買った段階は出資でしかないし。
石川氏:普通だったら、NVIDIAが買えないんだったら別の会社に買ってもらうというパターンもありますが、Armはそういう属性の会社じゃないっていうか、1社が独占しちゃいけないというコンセンサスがとれたというか。Armはみんなのもの、みたいな感じになっているので、この先、どう上場するのがいいのかというところも、ちょっと気になります。コンソーシアムを作って、マイクロソフトとアップル、クアルコムと、そこにインテルも入って、みんなで共有しよう、みたいな話もニュースで見かけて、そんな話もあるんだと。
石野氏:共有財産としてね(笑)
石川氏:そうそう。みんなで株を持ち合う、みたいな。そういうことも検討されているらしいです。
石野氏:Armの命令セットに競合するのがRISC-V(リスク ファイブ:オープン標準のアーキテクチャ)でしたっけ、あれはオープンソースなんですよね。そういう意味で言うと、人類共通の財産とまでは行かないですけど、Androidぐらいのオープンさで、みんなでArmを応援していくっていうのは、考え方としてはアリかなと思いました。確かに1企業が独占しているのも違和感があるといえばある。これだけ幅広いものに使われるものなので。
法林氏:ArmはCPUではない。中身の命令セットとか設計図だけなので、だからこそ、Armの設計図、それはArmさんに任せとけばいいんじゃないですか、みたいな感じで……特に今、スマートフォンのチップセットを握ってる会社はクアルコム。一応、ほかもいるけど、ほとんどクアルコムで、ちょっとだけMediaTekでしょ。前はファーウェイの「Kirin」ほか、いくつかのメーカーがあったけど、ほぼトップの寡占状態だから、アーキテクチャとして対抗も出にくいよね。ほかの会社がRISC-Vで何か作りますといっても、誰が作りますか? みたいな話になっちゃう。
石野氏:そうですよねぇ。RISC-Vでチップにして、さらにスマートフォンに実装してとなると、ハードルが高いですね。
法林氏:最後はチップをどこで焼きますか? みたいな話になって、それも今はTSMC(台湾の半導体製造会社)独占みたいな感じでしょ。インテルとサムスンもあるけれど、なかなか対抗できていないので。まあ、ここかなぁと思ってみんなが寄っていくもの、トップのものを集めていく感じになっちゃっているので、二者択一的に集まっていくのは見ていても面白くない。もし可能だったら、ほかのアーキテクチャのチップが出てきてくれてもいいなという気がする。
石野氏:去年、RISC-Vを採用する会社が増えて、いろいろな製品が出てきているんですね。インテルがついに非営利団体のRISC-V Internationalに加盟したという記事も出ています。
石川氏:インテルはがんばらないと。
法林氏:インテルはいろんなこと含めて頑張らないと。5Gなど、通信分野で失敗しちゃった感があるからね。
ソフトバンクグループのこれからは?
石野氏:それはともかくとして、ソフトバンクは大丈夫なんですかね。Armが売れなくなって、お金は大丈夫なのかなっていうのは心配なところですよね。孫さんの表情が暗くなっているのが心配というか。
石川氏:やっぱりチャイナリスクが大きい。先日の決算説明会では、中国に投資している割合が意外に少ないことをアピールしていたけど、散々中国をプッシュしていたじゃないかと。そこがごっそりなくなっちゃうような気がしますから。
法林氏:中国系企業にお金を出して儲けるのは別にいいけど、西側諸国からはこれから、中国企業はどんどん採用されなくなるわけでしょう。
石野氏:DiDiとかの株価も今、ずいぶん下がっているんですよね。
石川氏:DiDiのタクシー事業が日本で始まった頃なんて、日本で走っているタクシーの情報が全て中国で処理されて、AIで分析するんだ、みたいなことをソフトバンクが言っていた。
法林氏:それって、今、冷静になって考えると絶対ダメなんだよね。
石川氏:数年前までは、そこに誰も危機感を持てなかったんですけど、今になって、そんなこと言ってたよねって感じ。
石野氏:コールセンターが中国にある企業もありますね。
石川氏:LINEの中国にあるサーバーが問題になったけど、その比じゃない。
石野氏:まぁ、今の経済安全保障も少し行き過ぎている感じは、するといえばしますが。孫さんの投資事業はいつまで続くんですかね。
房野氏:ずっとじゃないんですか?
法林氏:本人がやめるというか、本当に尽きるまでやるんじゃないかな。
石野氏:通信業をやっていた時の方が生き生きとしてた感じがするんですけどね。
石川氏:孫さんは、社長を任せてもいいなって思った人たちが、どんどんいなくなってどういう気持ちなんだろうなぁ。
法林氏:それはそうなんだよね。
石川氏:巨万の富を持っているけれど、周りにいる人たちを信用できるのかなとか、心を通じて話し合えるのかなとか。
石野氏:結局、信用できるのは宮川さん(ソフトバンク社長 兼 CEOの宮川潤一氏)……
ソフトバンク株式会社 代表取締役 社長執行役員 兼 CEO 宮川 潤一氏
法林氏:まぁ、宮川さんこそ通信の人だからね。
石川氏:そうですね。
法林氏:通信のソフトバンクを大きく強くしていきたいという思いは宮川さんにあると思うし、僕はそっちの話が聞きたい。孫さんは逆に、投資に行ったのは間違いではないと思うんだけど、これだけ外れると、ちょっとね。
石野氏:ソフトバンクグループの決算は、株価の乱高下で一喜一憂しているような感じ。一時期、1兆円規模で儲かったりしましたよね。含み益で評価するの、やめようよって思いますよね(笑)
法林氏:株価も、一時期9000円ぐらいまで行ったのに、今は5000円を切っている(2022年3月上旬現在)でしょ?
石野氏:逆にNTTは、もっと四半期決算の説明をちゃんとやってくださいって感じがしますよね。
石川氏:ドコモの井伊社長が出てくればいいんだよ。プレゼンテーションはやらなくてもいいから、質疑応答に井伊社長がいて、ドコモの話をすればいい。メディアとしては、ユーザーや読者の接点であるドコモの話を聞きたい。春商戦に突入して、auとソフトバンクの戦略が見てくる中で、ドコモはどうするのかが全く見えてこない。
法林氏:アナリストや投資家側から見ても、収益を考えると、ドコモの事業がどうなるかによって投資するかしないかを判断することになるのでね。
……続く!
次回は、BALMUDA Phone会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/房野麻子