猫娘ってどんな妖怪?知って得する近代妖怪史【異形の猫】
妖怪。この言葉にときめきをおぼえる人はきっと、日本だけでも1300兆人はいるはずだ。筆者も当然その中の1人だが、日本で妖怪と言えば、その第一人者は水木しげる氏である。
水木氏と言えば、人気漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の生みの親で、これまで日本各地で伝承として記録されてきた数多くの妖怪を登場させている。
しかし主役の鬼太郎をはじめとして、本来どこにも記録のない妖怪もまた、相当数オリジナルとして登場させている。
鬼太郎の父親である目玉のおやじ、鬼太郎とは腐れ縁のねずみ男。
それから西洋妖怪の王という設定で登場するバックベアードもまた、デザイン面ではいくつかの元ネタがあるものの、氏のオリジナルとされている。
そしてまた、シリーズを股にかけて登場し続けている猫娘。彼女だって水木しげるオリジナルの妖怪キャラクターだ。
猫の妖怪数あれど…
猫娘という妖怪について、ぜひ言及しておきたい面白い特徴というものがある。
それは猫娘が誕生する以前から言い伝えられてきた数々の猫妖怪が、当然のように所有している能力をほとんど有していないという点である。
猫の妖怪は猫又しかり猫ショウしかり、みな人間に変化できたり、呪いを自在にかけたりすることができる。
そしていずれもかなり悪質で凶暴で、始末におえないのだ。中には人間に忠義を見せた猫妖怪もいるが、その大半はやっぱり食えない存在だった。
ところが猫娘は猫の妖怪でありながら不細工でオーラもなく、身なりはみすぼらしい。
また、爪や牙こそ使うが呪うことも変身もしないし、おそらくできない。
他の武器といってもせいぜい野良猫と会話できる程度で、猫妖怪としては非常に庶民的で、毒気がないのだ。
これこそ、猫娘の一番の特徴ではないだろうか。
猫娘が登場した理由って?
ただ、猫娘が『ゲゲゲの鬼太郎』において見せる働きは非常に重要だ。
鬼太郎の悪友であるねずみ男は、毎回悪知恵を働かせて犯罪をし、お金儲けをし、時には鬼太郎をも窮地に陥れる。
そんなねずみ男に対して、ねずみの天敵である猫の妖怪として猫娘を登場させたというのは、非常に便利で、しかも明快な解決方法だ。
作中ではねずみ男に対しておしおきをする猫娘という図式の描写も非常に多く登場しており、ファンでなくてもその関係性はよく存じているほどである。
元々水木氏が描く猫娘はかなり不細工であったが、近年のアニメでは美少女に寄せてデザインされており、大きなお友達からも人気が高い。
が、本来彼女は存在しない妖怪であることは忘れてはならない。
多くの妖怪に元ネタがあって存在できるようになったのと同じく、猫娘は水木氏の描く世界に登場したことで、まさにその存在に命が吹き込まれることとなったのだ。
妖怪は認知されることで、いつしか本当に存在しているような実体感を手にすることができる貴重なキャラクターである。
おわりに
何故今回、いきなり猫娘の話をしようと思ったのかについてだけど、これは当然理由がある。
先日、電車の中でうつらうつらと舟を漕いでいると、隣の若いカップルが「猫娘って何県の妖怪なんだろうね」という話で盛り上がっていたのだ。
他の日本妖怪と同じく、きっとあの2人はごく自然に、猫娘にも出身県があると思い込んでいたのだろう。
あのカップルの間では、つまり猫娘という妖怪は完全に存在していて当然の妖怪になっているというわけだ。
これって実に素晴らしいことじゃないだろうか。
妖怪という存在は、ある種の勘違いが強い影響力を生んで存在感を増す。
猫娘という妖怪はもはや日本では存在して当然の妖怪となったわけで、これはきっとあの世の水木氏もほくそ笑んでいることだろう。
文/松本ミゾレ
イラスト/今井美保
東京生まれ。少女マンガ誌でデビュー後いくつかの連載を経て、妖怪マガジン「怪」(角川書店)の「第一回怪大賞・京極夏彦賞」を受賞、妖怪漫画の道へ。イラストや漫画をほそぼそと描きながら暮らしている。