中途半端な優しさが一番残酷?
野良猫の餌付けから始まる「悲しみの連鎖」
みなさんは、目の前を今にも力尽きそうな野良猫がとぼとぼと歩いているとき、どんな気持ちになりますか?
「可哀想だ」とか「何か食べ物をあたえたい」という気持ちは、やっぱりどこかしら沸くものですよね。
実際、そういう優しい方は日本中に少なくないと思います。
筆者もそんな方によって給餌されている野良猫を見かけたことはあります。
ただ、どうせそんな恵まれない境遇の野良猫を助けようと思うのであれば、ちゃんと助けることの責任も、しっかりと自覚すべきではないかと思うんですよね。
餌付けをするだけして、後は知らぬ存ぜぬでは、野良猫としても「今日は生き長らえたけど、これからは分からない」と感じるかもしれません。
何より野良猫の餌付けって、近隣には大変な迷惑をかけてしまうものです。
■一時的な善意のせいで収拾がつかなくなるのが野良猫事情…
野良猫が多い地域は全国各地にありますが、その原因の一つになっているのが、飼う気もないのに「可哀想だから」と言って置き餌を毎日やってしまう、ごく一部の地域住民にあります。
恐らく、お腹を空かせた猫を放ってはおけない性格なのでしょう。
それ自体は素晴らしい精神だと思います。
ただ、餌をあげるだけで、自分が気にかけている野良猫たちに避妊・去勢もさせず、ましてや自宅に連れて帰るということもしない人というのは、正直に書くと筆者は身勝手だと感じます。
野良猫は、結局人間が手を出さなければ一定数以上は殖えることができませんし、繁殖期に数を増しても、やがて淘汰されるものです。
それなのに、「猫は可愛いから助けたい」と、身勝手な餌付けをしてしまうと、そのせいで猫の繁殖を助けてしまうことになります。
するとどうなるか。
結果的に余計に飢える猫を増やしたり、喧嘩しあう猫や、野良同士で感染症に苦しむ猫を増やすという悪循環を生み出してしまいます。
こんな不幸なことってないですよね。
■餌付けするだけ餌付けして、全く責任を取らない人々…
野良猫が殖えれば殖えるほど、周辺の衛生状況は悪くなります。
糞尿の処理を餌付けしている当人がするならまだマシですが、残念なことに、野良猫に餌付けをする人たちは大抵、そこまで気を向けることはありません。
近隣の世帯のベランダや庭に野良猫が侵入し、糞をしたり、マーキングをしたりして悪臭を漂わせることも日常茶飯事。
その対策をするのは、被害に遭った全く無関係な世帯主です。
これでは猫へのイメージは悪くなる一方なのですが、そうなる原因を招いた人々は、この点については無関係を装います。
酷い場合には、置き餌をして当人はさっさと家に帰ってしまうケースも。
近所の広場に野良猫がいるのですが、いくら「猫に餌をあたえないでください」という看板を設置しても、野良猫に粗末な餌をあげっ放しで帰った痕跡を見かけます。
そしてこの置き餌には虫が多数たかっていて、とてもじゃないけど元々綺麗好きな猫たちは口をつけたりはできません。
置き餌はいたずらに環境を劣悪にさせているだけなのです。
■おわりに
やっぱり、野良猫にご飯をあげたいなら、無責任なことはせず自宅に連れて帰るべきです。
野良猫関連のトラブルって、本当に誰も得をしないのです。そして槍玉に挙げられるのは、自己満足のための餌付けをした一部の身勝手な人ではなく、いつだって野良猫。
彼らだって生きたいわけなので、目の前に餌を置かれたら、そりゃあ必死で食べます。その結果繁殖に足る体力を得てしまうわけです。単純に餌付けをしたいだけの人のせいで、より多くの不幸が生まれてしまいます。
野良猫のためじゃなく、自分の満足のために餌付けをする人が、少しでも減って欲しいと願ってやみません。
文/松本ミゾレ