世界的なドッグトレーナー、シーザー・ミランを知っていますか?
今、世界で最も有名なドッグトレーナーと言えば、彼の名前が出てくることはほぼ間違いないでしょう。シーザー・ミラン。彼を一躍有名にしたのは、『ザ・カリスマ ドッグトレーナー~犬の気持ちわかります~』(2002~2012年放映)をはじめとしたナショナル ジオグラフィックの人気テレビシリーズです。毎回番組に登場するのは、誰にも対処できず、このままでは殺処分にもなりかねないといった攻撃的な犬から、おびえ切って普通の生活ができなくなってしまった犬まで、さまざまな問題行動が現れた犬たち。しかし彼の手にかかると、まるで魔法のように犬たちは変わって、平穏な幸せを取り戻していくのです。
「ドッグ・ウィスパラー」とも呼ばれるシーザーの手法は、型通りのしつけやハウツーとはだいぶ印象が違います。最新の著書『ザ・カリスマ ドッグトレーナー シーザー・ミランの 犬が教えてくれる大切なこと』(日経ナショナル ジオグラフィック社)には、彼自身の生い立ちにも関係したとても深い哲学がつまっていました。彼が世界中のファンを魅了し続ける理由がわかる、私たちの人生まで前向きにしてくれるエッセイです。
シーザー・ミランが考える「パックリーダー」の在り方とは
メキシコの農場に生まれ、食べていくために人間も犬も一緒になって働く環境で育ったシーザー。農場を切り盛りしていた祖父からの教えは、「動物に接するときは、つねに信頼と尊重を忘れるな」でした。日々自分たちの仕事をまっとうしながら生きる犬たちは、それぞれ自信に満ち、尊敬に値する存在だったといいます。
シーザーがよく使う言葉に、「パックリーダー」というのがあります。犬には群れ(パック)となって行動する性質があり、飼い主はしっかりパックリーダーを務めなければいけない。犬たちも自分のポジションが安定することで心のバランスがとれるという考え方で、これも農場の犬たちと触れ合った中から生まれた感覚のようです。その言葉通り、リードをつけなくても信頼するシーザーを筆頭に犬たちが隊列を組んで歩く姿には驚愕します。
ハリウッドセレブなどにも顧客が多く、独自の道を行くシーザーには、有名なだけに一部で反発も起きています。よくある批判は、「彼は昔の『パックリーダー論』を信奉している!」というもの。1970年代に流行った「パックリーダー論」スタイルは、人が上位に立つ厳しすぎる犬のしつけが問題になり、今では否定されています。ただ、シーザーの言う「パックリーダー」は、そんな恐怖政治的なものとは根本的に違っているのです。
問題行動のある犬は、ほとんどが飼い主に問題があるとシーザーは言います。愛犬との関係に何か迷いがあったら、ぜひ『ザ・カリスマ ドッグトレーナー シーザー・ミランの犬と幸せに暮らす方法55』(日経ナショナル ジオグラフィック社)も読んでみてください。飼い主がパックリーダーになるためには、なによりもまず「静かで毅然としたエネルギーを持つこと」が重要。人間の動揺した心に、犬はとても敏感なのだそうです。
少し犬の問題と離れますが、今の時代は「リーダーシップ」という概念自体が変わってきています。従来の「リーダーシップ」には、1人のカリスマが他を圧倒し、有無を言わさず率いていくようなイメージがありました。でも今は、外交的な人も内向的な人も、心配性な人も楽観主義者も、それぞれがそれぞれの性質や特徴を生かして社会を作っていく新しいリーダー像が見直されています。シーザーの言う「パックリーダー」も、これに近いものなのではないでしょうか。
「家の出入りはまず人から」が基本
我が家の愛犬・小雪は5歳になり、子犬だった頃の大変さを忘れるほど良い子になりました。今でもたまにいたずらはしますし、散歩していてリードを引っ張ることもありますが、深刻な問題行動はありません。「そこまで困ってないし、パーフェクトじゃなくたっていいじゃない!」くらいの気持ちでしたが、シーザーの本を読んで身が引き締まる思いも……。彼のやり方を少しだけ実践してみました。
シーザーの言う「パックリーダー」になるためには、飼い主である前にまず人としての人間力を養わなければならないと感じます。愛する犬たちを幸せにするためには、彼らを不安にさせないよう、パックリーダーたるもの常に毅然としていなければならないのです。
本の中でシーザーからは、「尊敬する人やヒーローを思い浮かべて、なりきるところから始めるといい」とアドバイスが。私だったら、ジブリ映画『風の谷のナウシカ』のナウシカでしょうか(笑)。キツネリスのテトに指を噛まれながらも「ほら、怖くない」と教える感動的なシーンなんて、なんとなくシーザーとイメージが重なります。確かに動物たちと生活を共にするなら、ナウシカみたいな心構えじゃないといけない気がしてきました……。
心構えは人としてがんばるとして、具体的に実践してみたのが「散歩へ行くとき、また帰って来るときは、ドアから人が先に出て人が先に入る」というものです。私としては、「別に普段いばっている様子もないし、家に入るのくらい犬が先だっていいじゃない」と思っていたのですが、実践してみて驚きました。
小雪はいつも散歩から帰ると少し興奮ぎみに玄関へ入り、そのまま廊下に上がって家の中をキョロキョロと見回します。それを「足拭くよー!」と呼び戻して毎回拭いていたのですが、ドアに入る順を変えただけでそれが変わったのです。
ドアの外で小雪を一度お座りして待たせ、私が入ってから「ヨシ!」と招き入れました。すると小雪はいつもより落ち着いて玄関に入り、そのまま土間でお座り。「リードを外して。足も拭くんでしょう?」と言わんばかりに、こちらを見上げるではありませんか。なんという効果……。もともと小雪は言えば自ら手を出し、足を出ししてくれますが、ここまで落ち着いてできるのはドアの出入り順効果としか思えません。
散歩に行くときにも興奮気味に飛び出るところがありましたが、先に私が出るだけで、同じように落ち着く効果が見られました。これでご近所さんも驚かなくなりそうです。もちろん個体差はあるでしょうが、試してみる価値ありのテクニックです。
運動・しつけ・愛情の順番で大切にすること
またシーザーがくり返し説くのは、運動・しつけ・愛情というこの順番です。犬への愛情なんていうのは大前提で、気をつけなくても自然とかけられるもの。でも、犬はもともと人間によって猟犬や牧羊犬として仕事を任せるためにブリーディングされてきました。だからこそ、何か仕事をしたり、それに代わる運動をしたりすることが、心身のバランスを保つ上でとても大切なのです。
問題行動のある犬の多くは、運動が足りていないとシーザーは言います。たまに「庭で離しているから散歩はあまりしない」という人がいますが、それもあまり良くないとか。散歩しながら外を歩くと、囲いの中の庭とは比較にならないほどたくさんの刺激が得られるからです。十分に運動して体力を消費すると、家の中でいたずらをすることも減っていくそうです。
運動不足が心身に悪影響を及ぼすのは、人間と一緒ですよね。ほどよく体を動かしたら、そのスッキリした頭で人間と生活を共にするために必要なしつけを身につけていきます。それができてからの愛情。しつけよりも愛情が先に来てしまうと、「これでいいんだな」と犬は勘違いして、人間も犬も消耗する悪いサイクルに陥っていく可能性があるのです。
まずは「お座り」「待て」「離して」「おいで」「伏せ」ができるように。ただし、言葉よりも「エネルギーと身ぶり」を重視するのがシーザー流です。犬は人が決めた言葉よりも、その人が全身から放つエネルギーを感じとっているところがあるのだとか。
最後に、シーザーが最初に教えるといいと語る「お座り」の仕方を、『ザ・カリスマ ドッグトレーナー シーザー・ミランの犬と幸せに暮らす方法55』からご紹介しましょう。
(1) 穏やかで毅然としたエネルギーを出す(憧れのヒーローをイメージ!)。
(2) 犬の前でわずかに前かがみになる。多くの犬は自然とお座りする。
(3) お座りした犬にはご褒美を。性格を考慮して、おやつをあげてもいいし、思い切り褒めてあげるのでもいい。
(4) トレーニングを重ねて、犬がこちらの要望に応えてすぐにお座りするようになったら言葉を加える。必ずしも「お座り」である必要はなく、好きな言葉で。
犬がトレーニングの途中でよそ見をしたり、あくびをしたり、そわそわしてきたら注意力がなくなってきた証拠。特に子犬は忍耐力がないので、そのときはいったん中断しましょう。お座りが苦手な子には、ぜひ実践してみてください!
『ザ・カリスマ ドッグトレーナー シーザー・ミランの 犬が教えてくれる大切なこと』(日経ナショナル ジオグラフィック社)
文・中西未紀