病院に行くのが好きだという人は、いったいどのくらいいるものなのだろう。状況にもよるだろうが、たいていの人は病院に行くこと、そして待合室で診察の順番を待っている間、少なからずストレスを感じるものなのではないだろうか。
それは犬や猫とて同じこと。みなさんの愛犬や愛猫は、動物病院ではどんな様子だろう? 早くも行く前にその雰囲気を察知し、抵抗を試みるコもいるのでは?
多くの犬にとって、動物病院に行くことはストレスになっている
飼い主は犬のストレスサインを十分には読みきれていない
昨年、イタリアのPisa大学の研究者グループによって、45頭の犬と飼い主を対象に動物病院の待合室でのストレスに着目した調査が行われた。待合室で3分間ほど待つ間、飼い主はアンケートに答え、犬の様子はビデオで撮影される。飼い主および動物の行動をよく知る専門家が、それぞれ犬のストレスレベルを低・中・高の3段階で評価する。
飼い主による評価では、ストレスが低レベルの犬は44%、中レベルが27%、高レベルは29%であったのに対し、専門家の評価では低レベルが42%、中レベルが29%、高レベルの犬は29%となり、比率的には似かよった数値となったものの、犬が発するストレスサインの見極めポイントには、飼い主と専門家とではずれがあったという。
専門家はストレスサインが見られた回数や時間の長さも評価ポイントとしてとらえる。一方、飼い主はそうしたものにはさほど気づかず、「隠れる」「逃げようとする」といった明らかにわかるサインは判断できるが、「シッポが下がっている」「耳が倒れている、下がっている」「体が固まる、動こうとしない」というようなサインは見逃しがちであると。
つまりは、飼い主は犬が発するストレスサインを十分には知っておらず、理解できていないことが多いということになるのだろう。
そうした中で、専門家が高レベルのストレスサインを示すと評価した犬は、待合室から診察室に移る際、より体を固めて、動くことを拒否する傾向にあるとしている。
また、調査対象となった3分の2以上の犬が少なくとも1つのストレスサインを示し、53.3%が4つ、もしくはそれ以上のストレスサインを示したそうだ。全体的にもっとも共通しているサインは、「鼻を舐める」「パンティング(ハァハァと荒い呼吸)」「耳が倒れる、下がる」「体を舐める」「あくびをする」「鳴く」の6つ。
犬を叱ることと、動物病院でのストレスおよび獣医師への攻撃的態度とは関連性が
実は、これは予備調査であり、その後906組の犬とその飼い主を対象とした大々的な調査が行われ、その結果が今年の夏に発表されている。2回目の調査では、飼い主や獣医師の態度が犬に与える影響についても調べられている点は興味深い。
動物病院に行く際、早い段階でストレスを示す犬は、その後の段階でもよりストレスを感じる傾向にあるという。ちなみに、7.4%の飼い主は自宅を出る時にはすでに犬が動物病院に行くことに気づいていると答え、39.7%の飼い主は車の中にいる時から気づいていると答えている。そして、動物病院に到着するとすぐにストレスサインを示す犬は52.9%、4分の3以上の犬が待合室に入るとストレスサインを示す。このうち、16%の犬は動くことを拒否し、運ばれて移動することになる。
獣医師に体を触らせ、十分に診察ができる、もしくは、診察されることを我慢していると思われる犬は全体の3分の1程度で、中には飼い主を咬む(6.4%)、唸る・素早く歯をあてて咬む(11.2%)という犬もいる。
なぜそうなってしまうのか?という原因を考える時、「性格」「しつけ」「経験」といった要因があるが、以前に入院や手術をしたことがある、痛みを伴う状態で動物病院に行ったことがあるという経験は影響するであろうし、さらには飼い主や獣医師の行動、接し方も犬のストレス度に影響を与えることがある。
飼い主の行動として、普段のケアの仕方をポイントに見てみると、耳そうじや爪切りなど、自宅で愛犬のあらゆるケアが自分でできると答えた飼い主は47%、少なくともいくつかのケアはできるという人は50.6%だった。しかし、時々ケアをするのが難しいこともあると答えた飼い主は3分の2にのぼるそうだ。
また、ケアをする際に犬が嫌がった場合、叱らないという飼い主は14%であるのに対して、犬を叱り、とにかくケアはするという飼い主は72.4%。嫌がる犬を叱るということと、獣医師に対する攻撃的態度とは関連性が認められたという点は注目に値するだろう。
獣医師の立場からは、患者である犬に「話しかける」が53%、「犬の名前を呼ぶ」が40%、「犬を撫でる」は53%だった。その他、「おやつを与える」というケースもあるが、37%の犬はそれを口にしない。他人から食べ物をもらわないようにしつけられている、お腹がすいていない、好みの食べ物ではないという場合は除き、それだけストレスが強いと考えることができる。
このような“なだめすかし”を使っても、まったく効果のない犬も中にはいるわけだが、少なくとも、“なだめすかし”をする獣医師としない獣医師とでは、後者のほうがより犬がストレスを受けやすい傾向にあるということなので、しないよりはしたほうが望ましいということになる。
よりストレスが少なければ、診察もスムーズにでき、治療結果にも影響
これらの調査は単に動物病院に行くことが犬にとってストレスになっているかどうかというようなことを調べているわけではなく、動物病院における犬(ペット)の“よりよい状態(ウェルフェア)”を考えることに主眼を置いている。
たとえば、犬が強いストレスを感じているならば、当然、診療にも非協力的になり、スムーズに診察ができずに治療結果に影響する場合もあり得るだろう。また、そうしたストレスを放置し続ければ、別のシチュエーションでもストレスを感じるようになり、場合と状況によっては不安症状が高まって新たな問題につながるリスクも考えられる。
飼い主としては、犬にストレスを与えることより、病気やケガを少しでも改善でき、より犬が健康でいることが望みのはずである。
さらには、動物病院の運営という視点からいうと、患者であるペットや飼い主の信頼があってこそ成り立つもの。実際、この調査では、3分の1にあたる飼い主が以前に動物病院を替えており、その理由は、「獣医師が十分に有能だとは思えない」(24.5%)、「犬に対する獣医師の態度」(18%)が上位を占めたそうだ。
人間の医療であっても、患者と医師・医療スタッフとの信頼関係と協力体制は診療における重要ポイントだと思う。犬の場合は、そこに飼い主がいる。よりストレスが少なく、ウェルフェアに満たされた動物病院での診察。それを考えることは、犬(ペット)・飼い主・動物病院、三者の“利益”にとって理想的であると言えるのではないだろうか。そのために私たちができることは?
「動物病院でのペットのストレスを軽減する方法」の記事へ続く。
参考資料:
The assessment of dog welfare in the waiting room of a veterinary clinic / Chiara Mariti et al. / Animal Welfare, Volume 24, Number 3, August 2015, pp. 299-305(7)
Guardians’ Perceptions of Dogs’ Welfare and Behaviors Related to Visiting the Veterinary Clinic / Chiara Mariti et al. / Journal of applied animal welfare science (JAAWS) 2016 Aug 16:1-10
Study Shows Just How Stressed Dogs Are at the Vet’s / Companion Animal Psychology
文/犬塚 凛