受精卵の遺伝子を操作することで、親の望む外見や知力、体力を持った子ども「デザイナーベイビー」。数々のSFで描かれているが、2022年現在、その実在は認められていない。
果たしてデザイナーベイビーの誕生は起こり得るのか? 国立遺伝学研究所の井ノ上逸朗教授に、現状と未来像を聞いた。
井ノ上教授によれば、「デザイナーベイビー」が現実味を帯びて受け取られたのは、米国の23andMe社が取得した特許がきっかけ。両親の唾液などから、生まれてくる子どもの目の色や背の高さ、がんなどの病気になるリスクを予測する遺伝子検査の手法だ。
同社は「子どもの選別が目的ではない」としたが、「デザイナーベイビー」につながりかねないと批判を受けた。
23andMe社の技術は、遺伝子自体をデザインするものではない。最初に人の遺伝子操作(ゲノム編集。DNA上の特定の塩基配列を意図して変化させる)を行ったのは、中国の中山大学だ。2015年、受精卵を用いたゲノム編集技術による遺伝子改変の論文は世界を驚かせ、一時は倫理的な理由から遺伝子操作の行為自体が「禁止」された。
さらに、2018年には中国の研究者が、ゲノム編集技術を用いて実際に双子を出産させた。HIVの父子感染を防ぐ目的だとされるが、世界中から非難され、国内法にも触れていたため逮捕されてしまった。
遺伝子操作は技術的にまだ未熟で、世代を超えた影響もわからない。着床(受精卵が子宮に潜り込むこと。妊娠の初期段階)させるのはNG、ただし医学の向上に寄与する可能性がある遺伝子操作自体の実験はOK、というのが世界のコンセンサスだ。
「デザイナーベイビー」の誕生には、今のところ倫理的なブレーキが効いている。そもそも、人間の能力は運や環境、その人の努力など、さまざまな要素で決定される。
それでも、「デザイナーベイビーは必ず誕生する」と井ノ上教授は断言する。難病の治療といった理由を突破口に、なし崩し的に許容されてしまうというのだ。
では、遺伝子操作の技術は、人間をどのように変えるのだろうか?
20世紀に、冬季オリンピックのクロスカントリー競技で、金メダルを3つ獲得したエーロ・マンティランタは、後の研究で一部に変異した遺伝子を持っていたことが知られている。そのために血液中のヘモグロビン濃度が異常に高く、通常より多くの酸素を体内に供給できた。持久力が求められる競技に、有利に働く遺伝子を持っていたのだ。
井ノ上教授によれば、マンティランタのような遺伝子の変異を、人為的に起こすことは十分に可能だという。目的に応じた身体能力を上げるような遺伝子操作は、現状の技術で実現する可能性が高い。持久力だけでなく、瞬発的な反応や筋肉の出力を、意図的に高めることもできるだろう。
今のところ、遺伝子操作の影響は、体格や肌の色、体力といった比較的単純な身体的特性に限られる。知力を高めるような遺伝子操作が実現するのは少し先のことだが、人類が本気で取り組めば、遠からず実現すると井ノ上教授は予測する。それほど、科学は猛スピードで進化しているのだ。
その先にあるのは、SF映画「ガタカ(1997年)」で描かれるような世界かもしれない。遺伝子操作によって優れた知能と体力を持った「適正者」と、自然妊娠で生まれた「不適正者」が存在。不適正者の主人公は、適正者にのみ就くことが許された宇宙飛行士になることを目指し、逆境に立ち向かっていく物語だ。
私たちの前途には、遺伝子による階級や格差が生じるようなディストピアが待っているのだろうか。井ノ上教授は「技術は研究者や技術者が開発するが、どのように運用するかは社会が判断すること」と指摘する。
私たちは科学の使いみちに関して、これからたくさんの選択肢に直面する。そのたびにどんな道を選ぶか、一人ひとりが考え、議論することでしか、ディストピアは避けられない。
取材・文/ソルバ!
人や企業の課題解決ストーリーを図解、インフォグラフィックで、わかりやすく伝えるプロジェクト。ビジネスの大小に関わらず、仕事脳を刺激するビジネスアイデアをお届けします。
https://solver-story.com/