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「コケ活」にハマる人が増えている理由

2022.03.02

生きていく知恵はコケが教えてくれる 

仕事で取り返しのつかない失敗をしてしまった…。何をしてもうまくいかず、生きているのがしんどい…。人間、必死で生きていればそういう時期もある。そんな時におすすめなのが、「コケ活」だ。

コケとは、そう、地べたとか、石の上とか、マンホールの蓋のすき間とかに生えているあの緑色の植物のこと。そのコケを愛でるのが「コケ活」だ。なぜ、生きていくのがつらい時に、コケ活をおすすめするのか。まずコケ活ブームの火付け役である藤井久子さんの体験を聞いてみよう。


藤井久子さん

1978年生まれ、兵庫県出身。岡山コケの会、日本蘚苔(せんたい)類学会会員。幼少より自然をこよなく」愛し、やがてコケに魅了される。著書『コケはともだち』(リトルモア)『知りたい会いたい 特徴がよくわかるコケ図鑑』(家の光協会)『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』(家の光協会)

コケの教え①「環境が厳しい時は、生きるのを休めばいいんじゃない?」

藤井さんは春になると緑が恋しくなり、毎年、ベランダ園芸に挑戦していた。だが自称“植物枯らしの女”で、ことごとく枯らしまっていたという。ところが、枯れた鉢植えの土の中でたまたま見つけたコケだけは、ひと冬のあいだ寒風の中に放置し、一見枯れて灰色にしなびてしまったように見えたのに、春になると緑色によみがえる。不思議に思って至近距離で見ると、そこにはえもいわれぬ美しさがあった。いつしかコケの不思議な生命力と美しさに魅せられるようになった藤井さんは、彼らのことがもっと知りたいと思い、「コケ活」をスタートさせたという。

じつは筆者にも、似たような経験がある。手入れが簡単だというので瓶入りのコケテラリウムを購入したものの、忙しくて水やりを忘れてしまった。気がついた時には完全に枯葉状態だったのでがっかりしたが、駄目もとで水やりをしたら、また息を吹き返したのだ。

藤井さんによると、コケは体内に水分がなくなって長い乾燥状態が続くと、ある時から呼吸や光合成などの生命活動を止めて、休眠モードに入るという。そして生きやすい環境になった時に、再び生命活動を再スタートさせる。つまり、「生きるのを休む」ことで逆に生き延びているのだ。

「生きるのが厳しい環境だったら、生きるのを休めばいいんじゃない?」

「待っていればまた、生きやすい環境に変わる時がくるよ」

――コケは私達に、そう語りかけているように思える。

コケの教え②「“王道”を捨てることで、得られるものもある」

地球上に植物が誕生し、海から陸に上がったのは約4億7千万年前以前といわれている。その後、地上ではさまざまな植物たちの熾烈な陣取り合戦が始まったが、そこからあっさり撤退したのが「コケ」だった。生存競争に勝利するために高度な進化をとげる植物がほとんどなのに、コケはあえてその戦いには加わらず、葉・茎・仮根(かこん)の3つだけの原始的な構造のままでいることを選んだ。そしていつも他の植物に場所を譲り、岩の上などでつつましく繁殖してきた。

そんな場所でも生きていくことができたのには、理由がある。コケの仮根とは、土から養分や水分を吸い上げるための根ではなく、カラダを地表に固定させるためだけのもの。水分は葉や茎などからだ全体から得る構造であり、土を必要としない。だから岩の上など他の植物では生きられないようなところでも生きていけるというわけだ。コケは、厳しい生存競争からまっさきに降りたことで、結果的に何億年もの生命を保ち続けることができたことになる。

「コケは決して、進化の競争に敗れた下等な植物ではありません。むしろコケは、進化の王道をあえて外れて、代わりに他者に寛容なDNAを手に入れた、地上で最初の平和主義者なのです」(藤井さん)

▲市街地のブロック塀にも、まるでストリートアートのようなコケがびっしり(『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』(藤井久子/家の光協会)より転載)

コケの教え③「自分から見ようとしないと、見えない世界もある」

藤井さんがコケに魅せられたもうひとつの理由が、その美しさ。枯れたと思っていたコケがモコモコと生い茂る緑の塊になり、その中から針のような細い柄が伸び、その先には美しい緑色をした、しずくのような形をしたものがついている。それは、コケの花(胞子体/ほうしたい)だった。

コケの花の美しさに魅せられた藤井さんは、顔が近づくほどの至近距離でコケを観察し始め、やがてルーペで拡大して見るようになる。そこには、肉眼で見た時には想像もつかない、アートのような華麗な世界が広がっていたという。

コケの多くは常緑なので「いつ見ても変わらない」というイメージを持っている人が多いだろう。だが藤井さんによると、葉や茎は常緑でも、コケにとっての繁殖のための器官である「胞子体」は時間とともに変化し、花を見ているような美しいうつろいがあるのだという。

▲「コケの花」(胞子体)は四季を通じていつもどこかに咲いているので、その気になりさえすれば一年中、「コケの花見」ができるそうだ(『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』(藤井久子/家の光協会)より転載)

コケの美しさを一度知るとハマる人は多く、藤井さんが9年前から自身のブログ「かわいいコケ ブログ I’m loving moss!」で限定販売している“コケ好きのためのコケ好きがつくるコケカレンダー『苔暦』”は、毎年、発売とほぼ同時に完売するとのこと。

▲藤井さんのブログで販売している「苔暦」。2022年のテーマは「Moss is sparkling(コケの煌めき)」※2022年分は完売

「どこにでもある、つまらないもの」と一顧だにしなかったものの中に、もしかしたらダイヤモンドのようなきらめくものが潜んでいるかもしれない。ただ自分が、それを見ようとしなかっただけかもしれない…。コケはそんなことにも気づかせてくれる。

春はコケ活の季節!コケめぐりの旅に出よう

コケはただ生きているだけではなく、自然も育んでいる。それはコケが、必ず集団で寄り集まって生きているからだ。海の小魚が群れで生活しているように、コケも大勢で集まってコロニー(集落)をつくっている。それは生きていくのに必要な水をより広い範囲で受け止め、保持して、乾燥から身を守るためだ。

「コケの群落が蓄えた水や土壌をよりどころに、土地のさまざまな動植物が集まり、個性豊かな美しい自然環境を作っていきます。日本各地には、そんなコケの名所がたくさんあります。コケに目を向けて旅をすると、きっと新しい発見があるはずですよ」(藤井さん)

藤井さんによると、春はコケ類の胞子散布が一番盛んなシーズンなので、多くのコケが「花」を咲かせる季節なのだとか。日常に疲れた時、ちょっと違う世界を見に、まずは近所から“コケめぐりの旅”に出てみてはいかがだろう。

▲2021年7月に出版された『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』(藤井久子/家の光協会)には、日本各地のコケの名所と見どころが紹介されている

コケブームの火付け役となった藤井さんの最初の著書『コケはともだち』(左/リトルモア)と、2021年7月に発売された最新刊『コケ見っけ! 日本全国もふもふコケめぐり』(右/家の光協会)

文・桑原恵美子

取材協力/リトルモア 家の光協会

関連URL/「かわいいコケ ブログ I’m loving moss!」(https://blog.goo.ne.jp/bird0707

編集/inox.

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