ネクスト・ジンは、次世代焼酎で決まり!?
クラフトジンブームも落ち着き、“ネクスト・ジン”のポジションが注目されている。そんな中、次のトレンドになりそうなのが、ズバリ “次世代焼酎”だ。
1980年代に起こった第一次焼酎ブームは、クセがなくすっきりした味わいの「甲類焼酎」のブームだった。缶チューハイのヒットなどもあって、「焼酎=若者が飲む酒」というイメージが定着したが、その後、次第に焼酎ファンの嗜好が成熟。ロック、水割り、お湯割りで、芋・麦・米・そばなど原料本来の味を楽しむ「本格焼酎」のブームが起こる。
そして数年前から起こっているのが、焼酎の第三次ブーム。素材の個性を楽しむ本格焼酎ではあっても、以前とは違う新しいトレンドが広がりつつあるのだという。
これまでの焼酎とどこが違うのか。新たな焼酎トレンドをけん引している鹿児島県の酒造家の1人、八千代伝酒造・四代目当主の八木健太郎さんに聞いた。
▲八千代伝酒造・四代目当主の八木健太郎さん
“すっきり”よりも、“洗練された個性”が求められている
「業界全体で頑張って焼酎市場を拡大できたのが20年前のブームだとすれば、今は”個”の力による戦いになっています。『焼酎だから飲む』という焼酎ファンが今は、『焼酎で何を表現したいのか』『どんな作り方をしているのか』にこだわって選ぶようになってきているのです」(八木さん)
つまり焼酎の消費者の舌がアップデイトされてきているため、そうした消費者の意識をリードできるインパクトのある焼酎でないと生き残れなくなってきているのだ。そうした嗜好の変化を反映するように、焼酎の品評会にも変化が起こっている。これまでは、余計な香りのないすっきりした味わいが高い評価を得ていた。だが最近では洗練された個性の香りであれば評価され、ワインのようにさまざまな香りを感じる「フレーバー焼酎」も増えてきているのだという。
香り付けのための副素材が入っていると焼酎とは認められないため、そのフレーバーはすべて、原料や酵母など、これまでと変わらぬものに由来している。つまり、原料や製法をブラッシュアップすることで、これまでの焼酎にはない広がりのある香りを持つ、洗練された焼酎が生まれているのだ。その流れを作った酒蔵のひとつが、八千代伝酒造。
八千代伝酒造は、日本で初めて醸造家自ら原料栽培から醸造までを行う“ドメーヌの焼酎”を醸造している酒蔵(鹿児島の112蔵ある酒蔵で、八千代伝酒造だけだという)。さらに原料となるサツマイモの全量自社栽培化を実現し、酒蔵としてはおそらく日本初の「農業法人」の認可を取得。そして2016年に発売した2つの焼酎の製法で2つの特許を取得した。
いずれも焼酎業界ではこれまでにない”事件”だが、これは焼酎酒造4代目としての八木さんの苦い経験から生まれている。
海外の展示会では、完全黙殺だった焼酎
焼酎の酒蔵の4代目として生まれた八木さんは、20代の時に海外販路開拓に挑戦し、日本酒が海外で人気を集めている状況を見る。そこで「焼酎も海外に販路を広げたい」と考え、海外の展示会に積極的に参加するようになった。だがワインのブースは大盛り上がりなのに、焼酎のブースを訪れる人は皆無。たまに訪れる人から聞かれるのは「どんな畑で作っているのか」と、畑のことばかり。ワインでは、どの畑のブドウで作られているのが評価の最重要ポイントなので当然だが、焼酎では原料の栽培は農家任せなのが普通。質問に全く答えられなかったことに、愕然としたという。
さらに自慢の焼酎を試飲してもらっても反応が薄かったことから、「既存の焼酎では、海外で評価されない」ということを痛感する。そこから八木さんは、原料から自分の手で作るために農業に取り組み始める。そのことが結果的に、これまでにない“香る焼酎”を生み出すことになった。
焼酎に使用するサツマイモは、普通に食べるサツマイモの半額ほどで取引されている。安いため農家ではそれほど力を入れておらず、薄利多売の栽培手法を採る。そのため、焼酎を作れる最低量である1.5トンくらいまでたまるのを待つことになるが、サツマイモは水分が多いため、掘ってから時間がたつほどにヘタや表皮下から傷んでくる。傷んだ部分を残したまま作ると雑味につながるので、傷んだ部分をカットする「芋切り」と呼ばれる作業が必要。パートの作業員10人で1日がかりという、膨大な作業だった。
大学の研究所も仰天した、香り成分の激増!
だがじつは、その膨大な手間をかけてカットしているヘタや表皮下こそ、芋の香味が最も含まれている部分。自家栽培が軌道にのり、掘りたての新鮮な芋を使用し始めてから、芋切の作業がほとんど不要になった。なんと3人で20分ほどやれば終わるようになったという。
さらに大きな変化は、一番香りの強い部分をほぼそのまま使って仕込むことにより、これまでにない洗練された“香る焼酎”が生まれたこと。焼酎の甘み成分とされ、バラやラズベリー、リンゴのシロップ煮、トロピカルフルーツにも例えられる「βーダマセノン」という成分が、既存の焼酎の約10倍にも増えたのだ。βーダマセノンをどのようにして増やすかは、研究機関の研究テーマにもなっている。この分析を依頼した八木さんの出身の鹿児島大学の恩師は、この結果に仰天したという。
▲自家栽培により収穫当日の新鮮なサツマイモをまるごと仕込むことができるので、カットによるロスがほとんどない上、洗練された香りになるという
自家栽培の原料を使うことで「焼酎の香りが、これまでにないくらい伸びる」ことに感動した八木さんは、さらにその洗練された香りを高めるための新たな製法を、4年ほどかけて開発する。サツマイモを約2か月吊るして熟成させ、糖度を極限まで上げて蜜を生成して焼酎を作る製法だ。この製造法は2019年に特許を取得しており、九州内での特許権者のコンクールである2021年「九州地方発明表彰」において「九州経済産業局長賞 」を受賞している。そしてこの「吊るし熟成製法」から生まれたのが、第三次焼酎ブームの起爆剤となる2つの画期的な焼酎だ。
貴腐ワインをイメージして作った「つるし八千代伝」
ひとつは貴腐ワインをイメージして作った「つるし八千代伝」。きっかけとなったのは、農作業の中でふと、「そういえばサツマイモとブドウって、似ているな」と気がついたことだという。
「酒類に広く使われる穀類と違って、サツマイモは高水分で、非常に傷みやすいのです。これは、ワインの原料となるブドウと同じであることに気がつき、であればサツマイモで貴腐ワインのような焼酎が作れるかもしれないとひらめきました」(八木さん)。
そこから4年かけて研究開発したのが、「つるし八千代伝」だ。垂水産自社栽培のサツマイモ「紅はるか」を吊るし、マンゴーを上回る糖度50に到達するまで糖化熟成させた“糖蜜熟成芋「つるし芋」”を使用。これまでの焼酎にないまろやかな蜜のような甘みと花のような香りが広がる焼酎が生まれた。
▲貴腐ワインにヒントを得て作りあげた、花の蜜のような香りが広がる芋焼酎「つるし八千代伝(720 ml)」 2090円
「つるし八千代伝」のおすすめの飲み方は、お湯割り。お湯で割ることにより華やかな香りとまろやかな甘みが舌の上でとろけるように広がる。
▲湯気とともに広がる豊かな香りを最大に味わうため、冷めないよう小さ目のグラスで飲みたい
これまでの焼酎で感じたことのない、華やかに広がる香りに驚いた。お湯と「つるし八千代伝」の割合は同量ずつでも、アルコールがきつく感じられないのは、焼酎自体に従来とは違うまろやかさがあるからだろう。
アイスワインと同じ方法で作った焼酎「Crio」
もうひとつの「Crio」はアイスワインの製法にヒントを得て、垂水産自社栽培紅はるかを-3度の氷温庫で糖度36に到達するまで熟成させた“糖蜜熟成芋”を使用した芋焼酎。
▲アイスワインと同様の製法で作り、果実のような甘い香りを弾き出した「Crio (720 ml)」(2,090円)
「Crio」の香りを最大に味わうには、ソーダ割がおすすめだという。「舌の上で、果実のようにきれいな甘みが弾けるのがCrioの魅力。その香りと炭酸の相性がいいのです」(八木さん)
おすすめ通りソーダ割にしてみると、確かに柑橘のようにキレのある香りと甘みがあり、それが炭酸の泡の刺激でさらに増幅する。食中酒としてもよさそうだが、ロックでも飲んでみたくなった。
同じタイミングで、“次世代焼酎”が誕生していた!
じつは、八千代伝酒造がこの画期的な“フレーバー焼酎”を発売したのと同じ頃、偶然にも同じ鹿児島の国分酒造が、「いも麹芋」の減圧蒸留に初めてチャレンジしていた。そして従来の焼酎にないトロピカルな柑橘系フルーツの香りがする「フラミンゴオレンジ」を2018年に発売している。
「国分酒造さんでは僕たちのアプローチとは違う方法でライチのような香りを弾き出しているんです。まったく偶然、まだフレーバー焼酎の流れも無い頃、同じようなタイミングでの発売になったので、業界紙の取材などでは、国分酒造さんと弊社が同時に紹介されることも少なくありませんよ」(八木さん)
この2蔵の焼酎が注目されたことで、他の酒蔵も次々にフレーバーに特色のある焼酎を開発。下にあるのは鹿児島県酒造組合監修の資料だが、今、独特のフレーバーを持つ次世代焼酎が、こんなにたくさん出てきているのだ。ちなみに国分酒造では、ミントを思わせる爽やかな香りの「クールミントグリーン」という焼酎も作っている。
▲白ワイン酵母を使ったバナナのようなやわらかい甘さがある「小鶴 the Banana」(小正醸造)など、さまざまなフレーバーの焼酎が登場している
「高級ワインの特徴であるフォンデュ感がある」と、世界のトップソムリエも高評価
先日は八千代伝酒造にフランスから国宝に当たる「MOF」のソムリエ一行、イギリスから世界に300人しかいないソムリエの頂点「マスター・オブ・ワイン」という世界最高峰のソムリエの方々も見学に来たという。
「『貴腐ワインやアイスワインのような芋焼酎』と本場一流ソムリエに説明したら怒られるのでは」と緊張していたそうだが、「農醸一体のドメーヌ(原料栽培から手掛ける醸造家のこと)の焼酎造りや猿ヶ城渓谷の伏流水を使用して作った農作物を使い、同じ水で仕込んでいることを知ると、素晴らしいと共感してくださり驚いていました。試飲していただいたところ、味についても高級ワインの特徴であるフォンデュ感があると大変驚嘆してくださったので、ホッとしました(笑)」。
本場のソムリエたちも感動したということは、海外への販路の可能性も見えてきたということだろう。事実、最近は世界最高峰のお酒の品評会で、次々と焼酎部門が新設されているという。
八木さんが今願っているのは、焼酎の作り手たちがこうした画期的な取り組みをしていることを少しでも多くの人に知ってもらい、新しくなった焼酎を飲んでもらうこと。「どういうものを飲めばいいかわからない」という人はぜひ、近くの地酒屋に行き、聞いてみて欲しいという。「地酒屋にはソムリエに匹敵するようなスタッフの方もいますので、こういう新しい作り方の焼酎を飲みたいと伝えれば、きっと好みのものを選んでくれると思います」(八木さん)。八千代伝酒造の公式サイトには取扱店のリストも掲載されている。全国的に網羅されているので、そこから近くの店を探すのもひとつの手だ。
「焼酎はもう飲み飽きた」と、数年前から遠ざかっているような人こそ、この次世代焼酎を味わってみて欲しい。「焼酎がこんなに面白いことになっているとは!」と驚くこと間違いなしだ。「焼酎の新しい楽しみ方を提案するKAGOSHIMA SHOCHU PRIDE」のサイトでは、鹿児島本格焼酎の最新情報を配信しているので、こちらも参考にして欲しい。
取材・文/桑原恵美子
取材協力/八千代伝酒造
◎関連サイト
八千代伝酒造(https://yagishuzou.co.jp/)
国分酒造(https://kokubu-imo.com/)