医師がすすめるカラダにイイこと!教えてDr倉田
「ポーン!Attention Please!!<皆様にご案内申し上げます>」
飛行機好き・乗り物好きには、ワクワクする機内での一コマでしょう。
ところが、「閉所恐怖症だから飛行機や新幹線に乗りたくない!」「自分は閉所恐怖症かも?」と考える方には、落ち着かない瞬間かもしれません。
「交通機関などの閉鎖空間は苦手だけど、自宅の個室トイレは大丈夫」など、わかりにくいのが「閉所恐怖症」です。
今回、全日本空輸(以下ANA)にも取材を行いながら「閉所恐怖症」をご紹介します。
飛行機と閉所恐怖症が結びつきやすいのはナゼ?
「閉所恐怖症と飛行機を結びつけて考える」人は多いかもしれません。私が調べたところ「新幹線(電車)、船と比べて飛行機機内で閉所恐怖症が発生しやすい」という明らかな医学的データは見つかりませんでした。
飛行機は「高度約1万mという人間が生活できない空間を飛ぶ、離発着時など座席に着座しなければならない、飛行中は自由に降機できない」という点、さらに「重量物が空を飛ぶことへの違和感・不安感」などから「閉所恐怖症」に結びつけやすい可能性があります。
写真のエアバスA380は「全長72.72m、全幅79.75m、離陸最大重量560.0トン」と世界最大の航空機で、ANAは3機(愛称:FLYING HONU<空飛ぶウミガメ>)保有しています。「炭素繊維強化プラスチック」という軽くて強い複合材料が機体の約25%に使用されていること、従来機に比べて客室が静かという特徴があります。エアバスA380はじめ高度な技術や安全性・快適性の粋が集まるのが現代の飛行機です。
さらに空港では保安検査場を通りますが、「ブザーが鳴るのでは? 荷物を開けなければならない?」など緊張しやすい場面もあります。
「機上で感じる不安感と搭乗前の地上(空港)での緊張感」が重なりやすいことも「閉所恐怖症」と結びつけやすいのかもしれませんね。
閉所恐怖症に対するANAの取組み事例
「閉所恐怖症」の乗客に対して、ANAが実際に行っている対策を取材しました。
まず、「(航空会社としての)定型的なマニュアル対応ではなく、状況に応じた臨機応変な対応」を行います。実際の取り組み例をご紹介します。
予約時
1.「ANAおからだの不自由な方の相談デスク」に事前に閉所恐怖症との情報が入った場合、「症状が出やすい状況、普段の対処法、航空会社・係員等へのご要望」をお伺いし、空港や客室乗務員へ引継ぎを行います。
2.客室乗務員が見える座席、非常口付近(非常口は避ける)、広めの座席(プレミアムクラス、バルク席<客室間の仕切りの壁の前の座席。バルクヘッドとも呼ばれる>)などは閉所恐怖症の方に落ち着きやすい傾向があり、ご要望や空き状況を鑑み提案をし、お客様のご希望に応じて座席指定を行います。
機内
1.予約時やチェックイン時などご搭乗前の事前情報やご要望等に対し、適宜対応をし、必要な情報は搭乗する客室乗務員間で情報共有を行います。
2.冷たいおしぼり、飴、水などの用意があることをお伝えし、内服薬を服用している方はきちんと飲めているかをお客様とのコミュニケーションの中で確認します。簡単なメッセージ(揺れの状況、「ご安心下さい」等の言葉を添え)を書いた葉書を渡すことなどをしています。
著者注:「物を抱くと落ち着く人もいる」ため、ご自身の上着やコートなどを抱くことも良いでしょう
3.客室乗務員が、上記写真のように「私はあちらの席に着席します。何かあればすぐまいりますのでご安心下さい。飛行機は安全な乗り物ですが、少しでもご不安があれば”呼び出しボタン”を押してお呼び下さい」など、選択肢があること、不安を感じたら我慢をしなくて良いことを伝えるなどの対応を行っています。
上記はあくまでも一例で、ANAでは『搭乗するお客様の様子をよく観察し、対応に努めている』とのことです。
私たち搭乗客側も『事前に不安を抱えていることや要望などを航空会社側にHPや窓口などを通じて事前に情報提供する』ことが非常に重要です。
閉所恐怖症とは何か?
「閉所恐怖症」は飛行機や新幹線といった閉所で発生する恐怖症(恐怖症状)と捉えられています。「恐怖症状」は本来恐れる必要のない対象や状況に対して、不釣り合いな恐怖感を抱くことです。患者はそれを避けようとし、その対象や状況に曝されると不安が誘発されます。恐怖の対象がゴキブリのような特定の動物なら動物恐怖、場所が対象なら閉所恐怖や高所恐怖と呼ばれます。
「動悸や不安感の増大、呼吸苦」という症状が出ることがありますが、程度や頻度は多種多様ですが、生命を脅かすことはありません。
正確な患者数の算出は困難ですが、私が様々な医学文献を調べたところ、人口の約1~3%前後の有病率ではないか推測しています。
医療現場ではどうしている?
脳梗塞などの診断や救急医療などで用いられる「MRI:核磁気共鳴法」という検査があります。「円筒形の狭い空洞のMRI装置に長い時間(40分程度)入り、体を動かせないようにベルトで締められる」検査ですが、「閉所恐怖症」の方には辛いものです。
そこで医療現場では、
1.検査の説明を対面ではなく、横に並び、適度に視線を外し緊張感が緩和される様にする
2.閉所恐怖症がどの程度なのかを確認しながら、「これまで何分位なら撮影できたか? もし10分間撮影したことがあれば目標時間を10分に設定し、複数回に分割して行うことも出来る」と伝えるといった方法で不安感を緩和させます。
3.検査中に怖くなった時は、患者さんの合図ですぐに中止できることを約束して、手を挙げるなどの合図を決めます。
4.視覚的恐怖が強い人には「目をつぶる」、息苦しさを訴えやすい人には「正しい呼吸法ならば大丈夫」と勇気づけます。
5.できることからあせらずゆっくり進め、成功体験を積み上げ、周囲も成功体験を承認することで、徐々に検査ができるようになっていきます。
『声かけをする、安心感を伝える』といったことは、ANA(航空会社)と医療現場に共通しますね。
閉所恐怖症の治療とは?
「閉所空間に身を置かなければ問題無いのでは?」と思われがちです。実際には、旅行や出張に支障が出るだけでなく、「周囲から気が弱い人などと見られやすい、患者自身が自分でも性格のもろさと考え一人で悩んでしまいやすい」ことが大きな問題なのです。
「閉所恐怖症」の代表的な治療として「暴露療法(行動療法の1つ)」があります。まず、刺激・反応・結果という観点から行動分析を行い、患者が避けている対象や状況をリストアップします。次に、直面するのがやさしい状況から難しい状況までのランク付けを行い、患者本人と一緒に治療目標を設定します。
例えば「自宅マンションのエレベーターに乗ることから始めて、徐々に地下鉄や電車に長時間乗るようにしていく」というものです。治療は経験豊かな精神科医などが行うことが理想的です。
緊張した際には『3秒ほどで息を吸って、一瞬息を止めてから、ゆっくりと時間をかけて、お腹がへこむまで息を吐き切る。息を吸うことよりもゆっくり吐くことに意識を集中する』ことが効果的ですので、ご心配な方は試してみて下さい。
取材・写真協力:全日本空輸株式会社
取材・文/倉田大輔(池袋さくらクリニック院長)