■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回はスマホメーカー各社の〝自社チップ化〟の潮流と、クアルコムら各チップメーカーの対抗策について話し合っていきます。
新Snapdragonは名称が変わった!
房野氏:「Snapdragon Tech Summit 2021」で発表された新しいSnapdragonとは、どういうものなんでしょうか。
石野氏:一番大きいポイントは名前が変わったところ(笑)。これまでは3桁の数字で型番が付いていましたが、100の位の数字だけを残して、「Snapdragon 8 Gen 1」という長い名前になっています。これ、派生モデルを出しにくいんじゃないかな……。
石川氏:クアルコムは毎度毎度、派生モデルを出すので、たぶん、この名前の付け方は破綻するなと(笑)
石野氏:“Gen 1.2”とかが出そう。“8 Gen 1(Plus)”とか(笑)
法林氏:インテルの「Core」の型番に近いよね。Coreも「第○世代」という付け方で、結局、そういう方向性なんでしょう。
房野氏:元の700番台は「Snapdragon 7」になるんですよね?
石野氏:「Snapdragon 7 Gen 1」になると思います。
法林氏:派生モデルとかで破綻しそうだけど、AMDも3、5、7とかで並べてるから、似たような感じで並べるんじゃないかな。
石川氏:クアルコムの場合、メーカーやキャリアからの注文によって派生モデルがどんどんできているので、新しいシリーズでどうするのかが見えない。また微妙に差別化してくるんじゃないかなという気がする。
石野氏:“Gen 1.01”とか、出てきそうな気がしないでもない(笑)
房野氏:新しいチップセットはどういう特徴があるんですか?
石野氏:888から名前を変えたほどのインパクトはなかったかな……っていう気がするんですけど、順当にAIの処理能力が大幅に上がっています。それが、結構な上がり方をしていたのと、今回は画像処理エンジンに磨きをかけています。ただ、個人的には、どっちかというとチップそのものより、セミコンダクターと一緒になってISP側とセンサーをすり合わせていくといった発表の方にインパクトがあったかなと思います。が、一方で、クアルコム離れも進んでいたりする。今回の8シリーズ云々の話ではないんですけど。
石川氏:新製品が発表される「Snapdragon Tech Summit」は、これまでハワイでイベントをやって世界からメディアを集めていたんですけど、今年は、ハワイはアメリカのメディアだけ。一方、中国メディアだけ現地の中国で集めてやっていました。クアルコムは数年前から中国を強く意識しています。そういう中で、ファーウェイへの関与が小さくなり、OPPO、Xiaomiに一生懸命アピールしているところがあります。それはやっぱりMediaTek(メディアテック)が台頭してきて、シェアを奪われてきていることがある。MediaTekもAI推しになっているので、クアルコムとガチでぶつかっている。価格競争力ではMediaTekに分があるのが大きいのかなと思います。
クアルコムを脅かす!? MediaTekとは
房野氏:MediaTekはどういう企業なんですか?
石野氏:台湾のチップメーカーです。安価で優れたもの作りが得意で、近年はどんどんチップの性能を上げてきています。モデムから作っていることもあり、クアルコムのガチなライバルという感じ。その昔、ドコモからLTEのライセンス供給を受けたりして、割と目の付け所がクアルコムに近い会社です。MediaTekのチップは廉価モデルに搭載されることが多かったんですけど、最近、日本でもXiaomiの端末などで、割とハイエンド向けにも載ってきていて、シェアを伸ばしています。
房野氏:MediaTekの製品シリーズの型番は……
石野氏:「Dimensity 9000」が先日、発表されました。
房野氏:それがクアルコムの8シリーズ相当なんですね。
石野氏:5G対応のチップのシェアで見ると、まだクアルコムの方が高いので、ローエンドから攻めているMediaTek、上から攻めているクアルコムみたいな感じになっています。でも当然下の方が数のボリュームは大きいので、スマートフォン用のチップのシェアではMediaTekが今、クアルコムに勝っています。どんどん攻めてくるので、クアルコムもハイエンドラインは死守! みたいな感じになっている。
そういう流れの中、一方で「Tensor」を独自で作ったGoogleのように、「いやいや、クアルコムやMediaTekの思い通りにはなりませんよ」というところも出てきています。
石川氏:Googleは、自分たちで、AIで勝負したいという気持ちがあるのでTensorを作っていて、確かに「Pixel 6」シリーズはすごいと思います。一方で、これはTensorじゃなくても動くじゃんっていうことも言われていて、どこまでTensorじゃなきゃいけないのかわからない。
あともう1つ業界の流れでいうと、OPPOがイメージ処理に特化したチップ「MariSilicon X」を出した。OPPOとしてはカメラ性能を上げたいのだと思う。また、MariSilicon Xを作ることによって、たぶん、クアルコムと組み合わせようがMediaTekと組み合わせようが、どちらでも同じ画質が出せるようになると思うんです。そうなると、クアルコムから離れることができる。MediaTekのチップを使っても結構いい画質になるので、OPPOは本気でクアルコム離れしたいと考えているとも見えるし、「これからMediaTekとがっつり組むので、クアルコムさん、安くしてよ」と価格競争に持っていこうとしている可能性もあるんだろうなという気もしている。
法林氏:昔から同じで、1つにまとまっていると限界が出てくる。今回はAIとISPで顕著に出ているということなんだと思います。石川君が言ったように、GoogleはAI。SnapdragonにAIが入っているという言い方が正しいかどうか微妙なんですが、正しくいうと、中にDSP(digital signal processor)、プログラマブルなシグナルプロセッサが入っているはず。
房野氏:書き換え可能なプロセッサ、ですか?
法林氏:まぁ、そう思ってもらうとわかりやすいかな。そこの処理能力の上がり方のペースが、世代を追うことに上がっていて、「ウチはもっとすごいものを作れます」という感じになっている。「外にチップを独自に持ちます」という話にするのか……例えばファーウェイは、コンピュテーショナルフォトグラフィ、いわゆる画像処理をして絵を作ることを、独自のチップ「Kirin」でがんばった。
石野氏:そうしたらアメリカから横やりが入った。
法林氏:クアルコム・マターで物事が進むのはよろしくないと思っている人が業界にはたくさんいる。クアルコムはどちらかというと、1チップにいろんなものをまとめていくことで、コストを下げたように見せている(笑)。でも、世代は1つ上がっているから、値段は高くなっていませんか? みたいなことが当然起こる。
クアルコムはCDMAを作った会社
房野氏:クアルコムの製品がこれだけ全世界で浸透した理由は、どういうことなんでしょう。
石野氏:クアルコムはモデムを押さえていて、携帯電話会社と強いつながりを持っていました。
法林氏:昔、「Eudora(ユードラ)」という電子メールソフトがあってですね……
房野氏:Eudoraはクアルコムだったんですか、知りませんでした。
法林氏:Windows的にいうと「Becky!」とか「Shuriken」みたいな立場が、Mac向けだとEudoraだったんですよ。
石野氏:クアルコムは知財の会社というか……
石川氏:クアルコムの本社には、パテントウォールといって、壁一面にパテントの盾ががーっと並んでいます。
石野氏:昔はCPUじゃなくてCDMA。
石川氏:3G携帯電話のCDMA方式を作って、モバイルでガンガン行くようになった。
法林氏:CDMAの会社なんですよ。
石野氏:元々CDMAで、その方式を考えて、それを動かすモデムを自分たちで作りましょうということで作り、3G時代になってきてW-CDMAをやります、さらにはLTEも……みたいな感じで成長してきました。モデムを作っているので、通信会社とはがっちり関係する。そうすると「ウチで通信できるチップはこれです」となる。フィーチャーフォン時代から、各社、特にKDDIの端末にクアルコムのチップが載っていたんです。スマートフォン時代になって、「じゃあCPUもGPUも付けておきましょうか」となってSnapdragonが出来上がり、今みたいな総合チップセットメーカーみたいな感じになった。ザックリ言うとですが。
法林氏:だから実は、Snapdragonもクアルコムが自前で全部いろんなことをやってるわけではなくて、よそから買ってきたものもある。ケータイ時代の日本のとあるメーカーさんの画像処理のコードは、初期のSnapdragonの中に入ってます。クアルコムは、自分のところでも作るんだけど、知財を買う。画像処理も買っていて、今回もソニーセミコンダクタソリューションズと一緒にやると言っているけれど、実はもっと前から協業している日本の会社があって、それがモルフォ(2004年に設立したイメージング・テクノロジーの研究開発型企業)です。
石野氏:ソニーはセンサーですよね。
法林氏:そう。センサーとCPUとのつなぎ込みをちゃんとさせましょうと。ただ、スマートフォンの中のカメラの作り方を、どういう風にしていくのか、今、転換期に来ている。Snapdragonだけで処理する限界が色々と見えてきているし、画像処理をどうするの? と。中で処理する方法もあるんだけど、そうじゃなく、もうちょっと何かできないかとみんなが感じてきて、OPPOは、もちろんMediaTekのチップを使うことを視野に入れつつ、「画像処理エンジンは外で持ちますよ」ということだし、Googleはローカルで処理をしたいということでTensorを作った。
石野氏:「他社のチップで処理すると、ほっかほかになっちゃうんだよ」とか言って(笑)
法林氏:ただし、製造はTSMCのファブ(工場)。サムスンとかインテルのファブもあるけれど、どこで作るかによって、若干、性能に差が出てくる。それだけのことですよ。
1チップだと省電力になるけれど……
房野氏:そうした動きに対抗するために、メーカーカスタムのSnapdragonが出てきたのでしょうか。
石川氏:まぁ、色々とメーカーに対してカスタムしていますね。
房野氏:それでも時代に対応できなくなっているという感じですか? それともコストの問題なのでしょうか。
石野氏:いや、画像処理はメーカーごとの味付けがあります。「Snapdragon 8 Gen 1で、こういう処理ができるようになりました」といっても、同じものを使ったら同じ絵にしかならない。そうなると「ウチがスマートフォン作っている意義とは」みたいなことになってしまうメーカーもある。特にISP(Image Signal Processor)とセンサーとカメラの作り込みは職人技みたいなところがあるので、そこで差別化を図りたいというのが、OPPOの動きなのかなと。
ソニーも「Xperia XZ2 Premium」に「AUBE(オーブ)」という画像処理エンジンを載せて、あれは辛い結果になったんですけど(笑)、ああいう流れです。ソニーはちょっと早すぎたかなという感じ。ただ「Xperia PRO-I」でもフロントエンドLSIを入れていて、「画像処理だけウチに任せてください」というところが増えているから、スマートフォンのカメラがここまで差別化されている。一方で、「そうすると、この高額なSnapdragonの、この動いていないココは必要なの?」みたいな気持ちになってくる(笑)
房野氏:そうなりますね。
石川氏:だから、ISPのないSnapdragonとかね。
法林氏:ってなっちゃうよね。「それって意味があるのか」みたいな話。
石川氏:ただ、Snapdragonの何がいいかというと、1チップ化されて省電力なので、そのメリットは大きいだろうなと思います。カメラの画像処理をするチップを載せるとバッテリーをめっちゃ食うよねってことになると、ほかの性能や快適性が落ちてしまうので、それはユーザーが求めることなのかっていう問題が出てくる。
房野氏:独自チップというとAppleのAシリーズがあります。Appleは公表していませんが、端末に搭載されているバッテリー容量自体は小さいそうですね。ということは省電力で処理できているということですよね。
石野氏:あれはOS側の効果でもある。
法林氏:AppleはOSもチップも自前で作っているので、全部、専用に作れるわけですよ。Android端末は、Androidと、クアルコムもしくMediaTekなどを組み合わせる。バラバラなので、当然それぞれ調整しなきゃいけない。それがメーカーさんの腕の見せどころで、たとえばスマートフォンの電力消費でいうと、シャープはIGZOディスプレイで省電力を実現しているし、ソニーはSTAMINAモードなどで省電力に取り組んでいる。みんなそれぞれ工夫はしているんだけど、あくまでもAndroidに、OSに影響が出ないよう制御するか、もしくは基板上で、例えば充電ICを2つにして発熱を抑えるとか、そういう工夫をしていくことになる。。
房野氏:そうするとPixelが有利ですよね。
石野氏:そうなるんですけど、あまりPixelで低消費電力になっている印象がないというか。
石川氏:これからPixelとしては、AndroidもTensorに寄せるし、TensorもAndroidを制御しやすい方向性にしていくのかもしれない。
石野氏:iOS、iPad OSもそうですけど、どちらかというと、バッテリー持ちに全振りしている感じもしていて、タスクは頻繁に落とすし、アプリがバックグラウンドで全然動かなかったりする。例えば、Googleドライブに300枚ぐらい写真を保存しようとして、アップロードしている最中に画面が消灯すると、アップロードが止まっちゃう。そこまでギチギチに省電力にしなくてもと思うところはありますが、そういう作り込みの設計の違いもある。Androidで同じことをやろうとすると、すごく難しかったりする。
自社チップの開発・搭載が加速、ゆくゆくはXiaomiも?
房野氏:今後は、自社チップを組み合わせるとか、GPUは別にするとか、そういうメーカーが増えてくるんでしょうか。
石野氏:増えてきそうですよね。
石川氏:あとは、GoogleがTensorをどうするのか。今はハイエンドのPixel 6シリーズに載せているけれど、もっと安いモデルに展開していくとか、さらにTensorとAndroidをくっつけて、安くしていろんなメーカーに使ってもらう可能性もゼロではないと思う。要は、Tensorを活かすオンデバイスAIは極力通信しない状態になって、むしろローエンドの端末の方がいいというか、新興国であまりネット環境がよくないところで使った方がメリットが出てくる。今後、面白い展開になればと期待しています。
石野氏:そして、Tensorチップを実際に作っているのはサムスンだと言われている。
法林氏:ファブ(工場)はサムスンと言われているけれど、設計をどこがやっているのかは、それはまぁ、わからないというか誰も見えていないけど、Googleの中にも当然、チップを開発している部署もあるので。
石川氏:ハワイでのクアルコムのイベントに、クアルコムのクリスチアーノ・アモンCEOと、Googleのヒロシ・ロックハイマー氏が、なんか緊張感もありつつ仲良く握手しているのが印象的でした。Googleとクアルコムが、どういう関係性を保っていくのかは注目だと思います。
石野氏:ヒロシさんはPixel担当ではなく、パートナー担当なので握手できる、と(笑)
房野氏:ではチップに関しては、牽制を入れ合いつつも、クアルコムの一人勝ちみたいな状態には変化が出てきていると。
石野氏:いや、むしろシェアではもう一人勝ちじゃないですよ。
法林氏:強いことは強いんですよ、圧倒的に。そうやって他社が作ってきても、たかが知れているわけですよ。ハイエンドの方は、もう完全にクアルコムの8シリーズしか選択がないという状況なので。問題は、そこ以外の選択肢が出てくること。たとえば、パソコンでは圧倒的にWindowsだけど、インテルのx86系チップがあって、そこのコードを処理していたから。最近は同じx86系でもAMDが頑張っているし、ARM系のWindowsも動きつつある。
Androidはちょっと構造がユニークで、仮想マシン(VM)があって、その上でAndroidが動いている。だから、その仮想マシンさえ、何とかなれば、いろんなチップ、ARM系のチップを持ってきて、作ることができる。昔はNVIDIAやインテル、Texas Instrumentsとか、いろんなところがAndroidスマートフォンのチップセットを供給し、国内外のメーカーがそれらを使って、端末を出していた。このあたりがだいぶ整理されて、ここ数年はクアルコムに統一されてきたんだけど、MediaTekという選択肢が出てきましたというのがちょっと転換期。そのカギを握っているのは、僕はカメラかなって思ってます。ただ、「みなさん、そこまで高性能なカメラは必要ですか?」っていう考えもある。でも、今回のOPPOのチップを使った写真の作例を見ると、真っ暗な場所や逆光で撮った時、OPPOの写真だと人の顔がしっかり見えるのに、他社のスマホだと真っ黒で何も見えない。Snapdragonでも同じ、みたいな感じになっちゃっている。あれを見ると、やっぱり必要かなってちょっと思いますよね。
石野氏:まぁ、そうですね。
法林氏:ちょっと選択肢が増えるというくらいの感覚で見てもらった方がいい気はしますけど。
石野氏:ファーウェイはKirinが多く利用されていたし、サムスンの半分は自社製のExynosを使っていたりするので、クアルコムのハイエンド系のチップを買ってくれるところはOPPOとXiaomi、あと日本のメーカー。規模でいうとOPPOとXiaomiがすごく多い中で、OPPOが半抜けしたような感じになって、これでXiaomiが自社チップを作り始めると、クアルコムはもっと焦るんだろうなという感じがします。いずれ、Snapdragon Tech Summitがハワイじゃなくて、中国で開催されるようになるんじゃないかっていう気さえしてきますね。
……続く!
次回は、EVへの各社の参入について会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/房野麻子