あの“飯マズ妻”がもしも「山本式」を知っていれば…
2021年秋、ネットで話題になりトレンド入りもしたWebマンガ『妻の飯がマズくて離婚したい』(https://select.mamastar.jp/tag/mochi_5)。料理が苦手で「おなかに入れば何でも同じ」が持論の妻と、妻の手料理に耐えられなくなった夫のバトルに、賛否両論の膨大な数のコメントが寄せられた。
「(子育て中で)料理する時間が無い」
「(マイホームのために倹約しているので)高い食材や出来合いおかずを買うお金も無い」
「テクニックもセンスも無い」
「そもそも料理にひとかけらの興味もない」
…飯マズ妻のこうした無い無い尽くしの背景を知るにつれ、筆者は
「この妻が『山本式』さえ知っていれば」
と思わずにはいられなかった。
「山本式」(正しくは「山本式・弱火調理法」)とは、福岡県久留米市在住の料理家・山本千代子さんが1970年代に考案し、平成9年に特許も取得している調理法(広く知ってもらうため、現在は特許の更新はしていない)。筆者は2014年に刊行された初の料理本『ラクなのに美味しい驚異の弱火調理法』の構成を担当したことがきっかけで、この調理法を知った。
用意するものはたった4つ。特別な器具も調味料も不要!
筆者が最初の取材で驚いたのは、その調理法の簡単さ。用意するものは、どこの家庭にでもある以下の4つだけ。
・塩
・油
・鍋
・鍋にぴったりと合う蓋
塩はできれば精製されていないもの、油は加熱用の良質なオリーブオイル、もしくはお好みの酸化しにくいオイルがベストだが、無ければ最初は家にあるもので試してもらいたい。その美味しさを知れば、必ずや塩とオイルにこだわりたくなるはずだ。鍋と蓋は間違いなくすべての家にあるだろう。
基本の工程は、たったの3ステップ
準備が簡単なだけでなく、調理法もまた、メモをとる必要もなく一発でおぼえられる簡単さ。
1.予熱をしていない鍋にオリーブオイルをひいて、分量の塩をふる。
2.素材の一部で油と塩を鍋底全体になじませたら、食材すべてを入れ、ぴったりの蓋をする。
3.弱火で加熱。
これだけ。あとはレシピの時間を基準にタイマーをかけ放置すれば、その間は火元を離れてほかの作業ができる。注意して欲しいのは、音があまりしないので、火にかけていることを忘れてしまうことくらい。
食材が、びっくりするほど美味しくなる
筆者がこの調理法を飯マズ妻に教えたかったのは、「どんなに料理が苦手な人でも失敗するのが難しい」ほどに簡単だから、だけではない。たったこれだけのことで、「本当に自分が作ったのか」と信じられないくらい、美味しくなるからだ(その科学的な理由は後述)。
筆者が最初に山本先生の料理教室にうかがった時、大根を皮付きのまま目の前で乱切りにし、上記の山本式で調理をしてくれた。数分後、鍋の中を見ると、水も入れていないのにひたひたの汁がたまっている。その汁を味見させてもらうと、まるでプロが作った極上の白だしのようなうまみと甘みとほどよい塩加減! まるでマジックを見せられたように驚いた。そして、熱々でいただいた大根の香ばしさと甘さ…。
大根だけではない。キャベツ、人参、ピーマン、玉ねぎ、きのこなどほとんどの野菜や肉、魚が、山本式で調理すると「これを自分が作ったのか」と驚く味になるのだ(ただし茹でこぼさないため、ほうれん草など一部の極端にアクの強い野菜は向いていない)。筆者の思い込みでないか、と疑う人は、『ラクなのに美味しい驚異の弱火調理法』のAmazonのコメント欄を見て欲しい。
>夫が一口食べて開口一番「うまっ、どうやって作ったの?」と申しておりました。
>いつものスーパーで買ってきたいつもの野菜がえ?と驚くほど甘く美味しいんです。
>何十年と板前をやっている自分もなるほどとつい唸ってしまいました。
こうした実感のこもった感想が、実に90件以上も並んでいるのが何よりの証拠だろう。
まずは人参でお試しを!※動画あり
▲人参の山本式。人参(小)1本に対し、オリーブオイルは大さじ1、塩が小さじ1/5程度。こちらの動画をご参考に→(https://www.youtube.com/watch?v=pahB8pl5vnU)
>こんなに簡単でおいしいと思えたのは初めてです。人参のソテーごま風味なんて、甘くてびっくり!バターなど使ってないのに、コクもあって本当においしかったです。
とAmazonのコメントにもあるように、一度試すと熱烈なファンになる人が多いのが、「人参の山本式」。一度にたくさん作っておくと、卵で包んでオムレツの具にしたり、ツナやコンビーフといっしょにご飯に混ぜ込んだりと、さまざまな使い道がある。もちろんそのまま食べても美味しい。知人の小学校のお嬢さんは、毎日これをお弁当に入れないと承知しないという。じつはわが家でも夫の大好物で、ほぼ毎日食卓にのぼっている。
▲少量のマヨネーズとナッツ、レーズンで和えた「山本式人参サラダ」。これが食卓に無いと夫のテンションが露骨なほど下がる。※筆者撮影
最後の晩餐は、「山本式キャベツ炒め」にしたい
個人的に一番のお勧めは、キャベツ。キャベツを「山本式」にして初めて食べた時、「キャベツってここまで甘くなるものなのか!」と衝撃を受け、それから1年くらいは、自宅ランチで「山本式キャベツ炒め」を食べ続けた(おかげでダイエットにも成功した)。今でも一番の大好物で、冗談抜きで最後の晩餐は「山本式のキャベツ炒め」でもいいほど。
▲自宅で作りまくった「山本式キャベツ炒め」のごく一部。卵やハム、ソーセージ、余った肉の切れ端などを入れることが多かったが、キャベツだけでも十分なほど美味しい。※筆者撮影
▲キャベツは1/4個で塩・オリーブオイルは人参と同量、加熱時間は弱火で8分前後。※筆者撮影
「8分」と聞くと長く感じるかもしれないが、この間は鍋を離れていられるので、逆に考えると「ほかのことができる時間が8分もある」ということ。多忙な人ほど「山本式」にハマる大きな要因が、この「調理中にほかのことができる」ありがたさなのだ。
応用無限大。どんなに大量に作っても、あっという間に消える「きのこの山本式」
次点は「きのこの山本式」。
▲きのこは200gくらいで2分ほど。しめじ、エリンギ、エノキ、マイタケなど複数合わせたほうが断然おいしい。※筆者撮影
筆者は最初に上記の分量で最初に作った時、味見が止まらずに食べきってしまい、もう一度買い直して作った経験がある。これだけでも美味しいし、パスタに入れても絶品。ピザやサラダのトッピングに、オムレツに、冷ややっこに乗せて、など使い方は無限と言っていいほど。どんなに大量に作っても「作りすぎた」と後悔することは絶対にない。
ピーマン嫌いも大絶賛「ピーマンの山本式」
最近のヒットは、「ピーマンの丸ごと山本式」。千切りにした「ピーマンの山本式」はピーマン嫌いも大好物になる美味しさだが、丸ごと焼くとさらに甘く柔らかくなり、種ごと食べられる。
▲「ピーマンの丸ごと山本式」。※筆者撮影
ガーリックオイルとカレー塩で「山本式」にすれば、そのまま酒の肴にもおかずにもなる。知人は、半分に割ったピーマンに牡蠣を入れて山本式にしたところ、家族の大絶賛を浴びたそうだ。
ボリューミーなメイン料理も、山本式を使えばラクラク
「山本式」のイメージをつかんでいただくために、野菜単品の調理例を初回してきたが、もちろん料理本には「山本式」を使ったメイン料理もたくさん紹介されている。
筆者が数えきれないくらいリピしているのが、「山本式八宝菜」。ただ材料を重ねて「山本式」にするだけで完成する。鍋振り不要で力が弱い人でも大人数分がラクに作れるので、人を招く時にも大助かりだ。味付けも塩のみとシンプルなのに、作るたびに「お店を開けるかも」と錯覚するレベル
▲鍋振り不要、味つけは塩だけで一流店のような八宝菜が完成する。※筆者撮影
なぜ「山本式」だと、勝手に美味しくなってしまうのか?
「山本式」はもともと、1970年代から急増し続けていた成人病(生活習慣病)の原因を探る中で誕生した調理法だ。現在では栄養学の常識となっている「油の酸化」に当時から着目していた山本千代子先生が、油を酸化させにくい弱火調理をした料理を日常的に食べ続けることで、生活習慣病を防ぐことができると考えた。そこで研究を重ね、どの家庭でも簡単に美味しくできるように油を酸化させない弱火調理法を完成させたのだが、それにより、味わいを大きく変える以下の変化が起こるのだという。
1)野菜のアクが、うまみに変わる
野菜に含まれるポリフェノールが酸化してできるのが「アク」。山本式・弱火調理法は、オリーブオイルと塩と水蒸気で素材をコーティングするのでポリフェノールが酸化せず、本来のうまみのまま調理される。
2)心地よい食感が残る
高温で加熱すると野菜の水分を保っている細胞壁が壊れ、ベチャッとなるが、山本式・弱火調理法で加熱すると70℃前後に保たれるので、むしろ細胞の接着力が強化される。
3)効率的・均等に味がつく
山本式・弱火調理法では、オリーブオイルと塩と食材の風味を含んだ水蒸気で包んで加熱されるため、全体に均等にしっかり味がつく。
4)薄味でもおいしいので、素材の味がよくわかる
3)と同じ理由で、少量の調味料でしっかり味が付くので塩分が抑えられる。濃い味でごまかさなくても美味しくなるので、素材の味が活きた上級レベルの料理に仕上がるのだ。
薄味に舌が慣れるので、成人病予防にも!
コロナでリモートワークが多くなった結果、運動不足のため健康診断の数値が悪化したという話をよく聞く。そういう人にこそ、毎日の食事にこの「山本式」をとりいれて欲しい。少量の塩と油だけで美味しく食べられるので、舌が薄味に慣れ、塩分摂取量も油の摂取量も自然に減っていく。
『ラクなのに美味しい驚異の弱火調理法』の編集時に、長年教室に通っている生徒さんに取材したところ、「三食を『山本式』にしたら健康診断の数値がよくなった」「薬もほとんど飲まなくてよくなった」という人が非常に多かった。実際、実年齢を聞いて驚くほど、若く見える人が多かったように思う。外食がしづらい今は、三食「山本式」にすることで味覚をリセットし、健康な体を手に入れるビッグ・チャンスでもあるのだ。
一番のメリットは、「何を作るか悩まずに済むこと」
山本式・弱火調理法を日常的に実践し続けて一番実感するのは、「食材はあるけど、これで何を作ろう…」と、献立に悩むことが少なくなったこと。「とりあえず山本式・弱火調理法にしておけばオッケー」と思える安心感は大きい。
こんな素晴らしい調理法がなぜ、あまり知られていないのか。これは筆者の想像だが、3つの理由があるような気がする。
1.あまりに簡単すぎる…実行している人は慣れると「山本式」と意識せずに、「煮る」「焼く」と同じレベルでやっているため、クチコミで広がりにくい
2.特別な器具を必要としない…メーカーのバックアップによるキャンペーンが発生しない
3.山本先生が福岡在住で、小規模な料理教室で教えているために、広まりにくい
リモートワークが定着し、仕事に家事に子育てにマルチタスクが求められる今こそ、「山本式弱火調理法」を多くの人に知って欲しい。そして“飯マズ妻”のように、料理が下手なことで自分を卑下し、苦しむ人が世の中に1人もいなくなることを、心から願っている。
▼料理家プロフィール
山本千代子(やまもと・ちよこ)さん
料理研究家。1960年代から福岡県久留米市で、看板のない小さな料理教室を主宰。娘の料理家・山本智香(やまもと・ちか)さんとともに現役で教室を運営している。
『ラクなのに美味しい驚異の弱火調理法』(著者 山本智香 監修 山本千代子 三空出版)、『おくるごはん』(著者 山本智香 三空出版)、『限りなくシンプル!とびっきりおいしい! 山本式弱火調理法レシピ』(著者 山本智香 監修 山本千代子 講談社)を出版。
取材・文/桑原恵美子
参考資料/『ラクなのに美味しい驚異の弱火調理法』(著者 山本智香 監修 山本千代子 三空出版)
取材協力/三空出版
撮影/戸高慶一郎
編集/inox.