図書館・駅・商業施設など、公共施設のトイレには、基本的にトイレットペーパーが備え付けられています。
トイレの中であれば、(常識の範囲内で)利用客はトイレットペーパーを自由に使うことができますが、これを勝手に持ち出した場合は犯罪に当たる可能性があるので要注意です。
今回は、公共施設のトイレットペーパーを勝手に持って帰ったらどうなるのかについて、法的な観点から考えてみましょう。
1. 公共施設のトイレットペーパーを勝手に持って帰るのは「窃盗罪」
図書館・駅・商業施設など、公共施設のトイレに備え付けられたトイレットペーパーを盗む行為には、「窃盗罪」が成立します(刑法235条)。
窃盗罪の法定刑は、「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」です。
1-1. 「窃盗罪」の成立要件
窃盗罪は、以下の要件をすべて満たす行為について成立します。
① 他人の財物であること
② 占有者の意思に反して財物の占有を侵害し、自己または第三者の占有に移すこと
③ ①②の事実を認識していること(故意)
④ ②の時点で、権利者を排除してその財物を利用する意思があること(不法領得の意思)
公共施設のトイレに備え付けられたトイレットペーパーは、設置者である公共施設の所有物なので、「他人の財物」に当たります(①)。
したがって、公共施設のトイレットペーパーを勝手に持ち出すことは、「占有者の意思に反して財物の占有を侵害し、自己の占有に移す」行為に当たります(②)。
また、トイレットペーパーは公共施設のトイレ内にあるのですから、公共施設の所有物であろうことは一見して明らかであり、犯罪の故意も認められるのが一般的です(③)。
よって、トイレットペーパーを勝手に持ち出した人に、そのトイレットペーパーを自分や家族のために利用する意思(不法領得の意思)があったと認められる場合には、「窃盗罪」が成立します(④)。
(なお、あまり考えにくいことですが、トイレットペーパーをどこかに捨てるつもりで持ち出したに過ぎない場合には、「器物損壊罪」が成立します(刑法261条))。
1-2. トイレットペーパーの持ち帰りが窃盗罪で摘発された事例
実際に、商業施設のトイレットペーパーを盗んだ行為が、警察によって摘発され、書類送検に至った事例が最近報じられました。
参考:トイレットペーパー盗んだ元警察署長を書類送検「急な便意が不安で…」窃盗容疑で埼玉県警|東京新聞
この事例では、元警察官である男性に対して、商業施設の備え付けトイレットペーパー5個を盗んだ疑いがかけられました。
さらに、捜索によって別途、同じ商業施設の刻印入りのトイレットペーパーが13個見つかり、男性は盗んだ事実を認めたとのことです。
犯罪の裏付けが難しいとして、起訴には至らなかったようですが、男性は減給の懲戒処分を受けた後、依願退職に追い込まれてしまいました。
軽い気持ちで公共施設のトイレットペーパーを盗んでしまうと、大変な事態になりかねないことが分かる事例と言えます。
2. トイレの中では使って良いのに、なぜ窃盗罪の対象?
「トイレットペーパーは消耗品だし、トイレ内で使っても、持ち出して外で使っても大差ないのでは?」
と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、後者については窃盗罪が成立するというのが法的な結論です。
トイレ内でトイレットペーパーを使用することと、外に持ち出して使用することの決定的な違いは、窃盗罪の成立要件のうち「占有者の意思に反して」いるかどうかという点にあります。
公共施設のトイレットペーパーを、利用客がトイレ内で使用することは、原則として認められています。
この点についてもう少し踏み込むと、公共施設は利用客に対して、
「1回の用便の際に使用すべき、合理的な量のトイレットペーパーを、その場で」
使用することのみを認めているのであって、それ以上の使用(ましてや持ち出し)を認めているわけではないのです。
したがって、公共施設内のトイレットペーパーを勝手に持ち帰ることは、占有者である公共施設の意思に反する行為であるため、窃盗罪の成立を免れません。
3. トイレットペーパーを盗んだ場合、逮捕・起訴されることはあるのか?
現実的には、数個のトイレットペーパーを盗んだ程度では、捜査機関に逮捕・起訴される可能性は低いと考えられます。
すでに紹介した事例のように、犯罪の立証が難しいと判断されるか、または刑罰を与えるほどの悪質性はないと判断されることが多いと思われるためです。
しかし、何度もトイレットペーパーの窃盗を繰り返していて常習性があり、公共施設側の被害額が大きく膨らんでいるような場合には、捜査機関による逮捕・起訴に至る可能性もあるでしょう。
4. まとめ
公共施設のトイレットペーパーを盗む行為は、たった1個であったとしても、客観的には窃盗罪が成立します。
現実的には逮捕・起訴の可能性が低いとしても、公共施設のトイレットペーパーは、利用客のモラルを信頼して設置されている面が大きいので、勝手に持ち帰る軽率な行為は慎みましょう。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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