何年か前になりますが、「今でしょ!」というキャッチフレーズが流行語になったことは、記憶に残っている方も多いでしょう。
このようなキャッチフレーズに著作権が認められる場合、「勝手に使ったら違法」という事態になりかねません。
(逆に言えば、著作権が認められないからこそ、「今でしょ!」が流行語になり得たと考えられます。)
表現物について著作権が認められるかどうかの境界線は、実際にはかなり曖昧です。
キャッチフレーズに限らず、俳句やスローガンなどの短文の表現物について、著作権が認められるかどうかはよく問題になります。
そこで今回は、キャッチフレーズ・俳句・スローガンなどの短文の表現物と、著作権の関係性について掘り下げてみようと思います。
1. 著作権が認められるための「創作性」要件
表現物について著作権が認められるためには、その表現物が「思想または感情を創作的に表現したもの」であることが必要です(著作権法2条1項1号)。
裁判例で用いられることの多い言い回しでは、
「厳密な意味での独創性が発揮されたものであることまでは求められないが、作成者の何らかの個性が表現されたものである」
ことが、著作権の発生要件とされています。
この「創作性」の要件はきわめて曖昧であるため、著作権侵害が争われる事案では、その解釈・当てはめがよく問題になります。
2. 短文の表現物に「創作性」はあるのか?
キャッチフレーズ・俳句・スローガンなどは、短文であるがゆえに、表現の幅に大きな制約があります。
短文の中でも「創作性」が表現されていれば、著作物として保護され得るのですが、実際にはどのような傾向にあるのかについて解説します。
2-1. キャッチフレーズ
「今でしょ!」
「倍返しだ!」
キャッチフレーズは数文字から十数文字程度と、きわめて短い表現物です。
そのため、著作物性(創作性)が認められるケースはほとんどないと考えられます。
創作性が認められるためには、作者の思想や感情についての個性が、表現物から読み取れなければなりません。
「今でしょ!」や「倍返しだ!」というキャッチフレーズだけを聴いても、それを作った人が何を考えていたのか、どのような感情を抱いていたのかわからないでしょう。
(東進ハイスクールのCMや、『半沢直樹』のドラマを見ていた人であれば、物語の文脈を知っていますから、キャッチフレーズに込められた個性的な思想や感情が読み取れるかもしれません。
しかし、それは物語全体としての創作性であって、キャッチフレーズが単体で有する創作性ではありませんよね。)
このように、キャッチフレーズには思想・感情を表現する余地が少ないため、創作性が認められにくいと考えられます。
2-2. 俳句
俳句は原則として、五・七・五の計17文字で構成される短文の表現物です。
しかしながら、俳句には著作権が認められるというのが、実務上一般的な取り扱いとなっています。
俳句が短文であっても著作物と認められるのは、作者の思想や感情を表現することにフォーカスした作品であるという要素が強いためと考えられます。
ただし、俳句の形式を取っていれば何でもよい、というわけではありません。
あくまでも俳句から浮かんでくる情景や、その情景を表現するための言葉の工夫などが個別に考慮され、創作性の有無が判断されることになるでしょう。
2-3. スローガン
交通安全などのスローガンは、俳句よりは作者の個性が表れにくいというイメージをお持ちの方が多いかと思います。
たしかにそういった側面もあり、スローガンの創作性が認められるかどうかは、ケースバイケースになってくるでしょう。
スローガンの著作権については、参考となる裁判例があります(東京地裁平成13年5月30日判決)。
この事案では、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」というスローガンの著作物性(創作性)が争われました。
東京地裁は、以下のポイントを理由に挙げ、作者の個性が十分に発揮されているとして、スローガンの著作物性を認めました。
①作者は、親が助手席で幼児を抱いたり、膝の上に乗せたりして走行している光景を数多く見かけた経験から、幼児を重大な事故から守るには、母親が膝の上に乗せたり抱いたりするよりも、チャイルドシートを着用させた方が安全であるという考えを多くの人に理解してもらい、チャイルドシートの着用習慣を普及させたいと願ってスローガンを作成したこと
②スローガンが五・七・五調を用いて、リズミカルに表現されていること
③「ボク安心」という言葉が冒頭に配置され、幼児の視点から見て安心できるとの印象、雰囲気が表現されていること
④「ボク」「ママ」という語が対句的に用いられ、家庭的なほのぼのとした車内の情景が効果的かつ的確に描かれていること
上記の判示内容からは、裁判所がかなり具体的な認定を行ったうえで、スローガンの著作物性の有無を判断していることがわかります。
このスローガンに関する裁判例からもわかるように、「短文=著作権なし」というわけではなく、あくまでも表現物の内容・性質を具体的に観察したうえで、著作物性が判断されるのです。
本記事では、キャッチフレーズ・俳句・スローガンに関する、著作物性の有無の一般的な傾向を紹介しましたが、実際には杓子定規に考えるのではなく、個々の表現物に向き合って詳しく検討することが求められると言えるでしょう。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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