小学館IDをお持ちの方はこちらから
ログイン
初めてご利用の方
小学館IDにご登録いただくと限定イベントへの参加や読者プレゼントにお申し込み頂くことができます。また、定期にメールマガジンでお気に入りジャンルの最新情報をお届け致します。
新規登録
人気のタグ
おすすめのサイト
企業ニュース

ベネディクト・カンバーバッチがワケありマッチョを好演する映画「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の見どころ

2021.11.14

■連載/Londonトレンド通信

 11月19日公開『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、ジェーン・カンピオン監督12年ぶりの新作だ。カンピオン監督は、『ピアノ・レッスン』(1993)で、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した初の女性監督、初のニュージーランド出身監督になっている。今回の作品では、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞した。

 写真を見ると、西部劇のようだ。確かにアメリカ西部を舞台にカウボーイが登場するから、そうとも言えるが、銃撃戦などないし、アクションドラマでもない。広大な風景をバックに、繊細に描かれたヒューマンドラマだ。心理劇的な要素もある。トーマス・サヴェージの同名小説を原作に、脚本も手掛けたカンピオン監督は、人の仄暗い部分をじっくりとあぶり出す。

 9月のヴェネチア後、各国の映画祭を回っていて、10月のロンドン映画祭ではカンピオン監督(下の写真、右から2人目)ほかスタッフ、キャストが登場した。

 主要キャラクターとなるのは、大牧場を弟ジョージ(ジェシー・プレモンス)と営むフィル(ベネディクト・カンバーバッチ、左から2人目)のバーバンク兄弟と、夫、父が首を吊った家でインを営むローズ(キルスティン・ダンスト、右端)とピーター(コディ・スミス=マクフィー、左端)のゴードン親子だ。

 母を助けながら暮らすピーターのナレーションで幕を開ける。何気ない独白のようで、観終わった後にはその深みに気づかされる。

 冒頭で印象に残るのはナレーションだけではない。バーバンク兄弟とゴードン親子が出会うシーンは象徴的だ。

 インを訪れる牧場の一団、カウボーイたちを引き連れたフィルは、そこで穏やかに食事を楽しむ人々を威圧する。ピーターが作り、各テーブルに飾っている精巧なペーパーフラワーに関して、フィルは給仕係としてテーブルを回るピーターを嘲る。

 キッチンで泣くローズに、食事後、ジョージが詫び、それがきっかけで2人は結婚する。バーバンクの屋敷に移り住んできたローズを、フィルは陰に日向に貶める。人の好いジョージを難なく篭絡した女として見ているふうだ。

 大きな牧場を経営するバーバンク兄弟は、重々しい調度品を揃えた広い屋敷に住んでいる。背も高く、がっちりして、一団のリーダーを務めるフィルは、自他ともに認める男らしい男のように見える。

 一方、力仕事など縁の無さそうな、ほっそりとした体、指先で、紙を細工してフラワーを作るピーターは、フィルとは対照的だ。

 ゴードン親子へのフィルの態度は、一見すると強者による弱い者いじめだ。だが、いじめっ子の腐れマッチョ役では、カンバーバッチの無駄遣いというもの。もちろん、その奥がある。フィルだけでなく、ピーターも、ローズも、徐々に違う層を現す。

 冒頭から奥を感じさせる演技の、カンバーバッチはじめ俳優陣が素晴らしい。『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014)ではアカデミー賞主演男優賞ノミネートにとどまったカンバーバッチが、今度こそオスカーを手にするかもしれない。

 ローズを攻撃するフィルだが、学校の休みに帰ってきたピーターに対しては、出会いの時の酷薄な仕打ちと打って変わって、面倒見のいい伯父のようにふるまう。

 フィルが敬う人物、ブロンコ・ヘンリーが度々話題にのぼる。既に亡くなっている、カウボーイとしてフィルを教え導いた人らしい。何かとピーターの面倒を見るフィルは、自分がピーターのブロンコ・ヘンリーたらんとするかのようだ。

 そんなフィルを、ローズは歓迎するどころか、病的なまでに警戒する。医師だった父の跡を継ぐように医学生となったピーターは、渦中にいながら意外にも冷静に状況を見ている。

 次第に緊張の度合いを増していくそれぞれの関係は、暗い予感しか抱かせない。だが、どこに行き着くかは最後まで読めない。ゆっくりとしたペースで進んできた物語、いきなりのように訪れる結末には驚かされる。結末を消化するため、そこまでのワンシーン、ワンシーンを振り返らずにはいられない。

 女性的であることをからかわれながら、自分のカラーを前面に出しているピーターが実は強者で、人を嘲り、荒々しく振舞うフィルは、そうしなければ自分を保てない弱者だったのでは?いや、強者、弱者ということでさえないのかもしれない。身に降りかかった境遇で、人は避けようもなく、形作られていくものなのか。

 観終えた後、その痕跡を探す気持で、冒頭シーンから遡って思い返す。

12月1日よりNetflixでも配信開始

文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com

@DIMEのSNSアカウントをフォローしよう!

DIME最新号

最新号
2024年11月15日(金) 発売

DIME最新号は「2024年ヒットの新法則!」、永尾柚乃、小田凱人、こっちのけんと他豪華インタビュー満載!

人気のタグ

おすすめのサイト

ページトップへ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。詳しくは[ABJマーク]または[電子出版制作・流通協議会]で検索してください。