今やビジネスシーンにおいて、触れない日はないほど私たちにとって身近な存在になっている「IT(情報技術)」。AI(人工知能)やDX(デジタルトランスフォーメーション)を利用した業務効率化はあらゆる業界・職種で進んでおり、プログラムは書けなくても技術の基本概念は押さえておきたいというビジネスパーソンも多いだろう。ITについては、ビジネス書や一般書で勉強することも大切だが、内容が専門的でとっつきにくい場合は、ITをテーマにした小説で楽しみながら話題のテクノロジーに触れるのもおすすめだ。本記事では、IT小説の選び方やおすすめのIT小説を紹介する。
【目次】
ビジネスにも役立つIT(情報技術)小説とは?
IT小説に明確な定義はないが、国内外でITの重要性が高まるにつれて、その時々の旬のテクノロジーを題材とした小説が増えてきた。ITは特にSFやミステリーと相性が良く、優れたIT小説は内容が面白いケースも多い。内容こそフィクションだが、作中に登場するIT技術の大半は現実に活用されている。作者の力量によってこれらの技術が一般読者向けにわかりやすく解説されているため、ITを学ぶにはうってつけのテキストだ。
IT小説の選び方
IT小説の多くは、SFやミステリー(もしくは一般小説)のジャンルに分類される。良質のIT小説を選ぶためには、作者の経歴に注目すると良いだろう。ITエンジニアやプログラマー出身の作家が書く小説は、IT技術のリアリティ面でも信頼のおける作品が多い。また、エンジニアの仕事内容や職場環境など外部からでは伺い知れないIT業界の内実についても描かれている。
ITをテーマにしたおすすめ小説5選
IT業界のリアルに触れたい場合は、国内の作家が書く日本のIT業界の現状を反映したIT小説がおすすめだ。一方でIT技術の概略や可能性を知りたいのであれば、海外作家のIT小説にも目を向けてみよう。 ここでは国内作家の作品を中心にDXやAI、ドローンなど話題のテクノロジーが登場するおすすめのIT小説5作品を紹介する。
藤井太洋『ビッグデータ・コネクト』
京都府警サイバー犯罪対策課の万田は、官民複合施設「コンポジタ」のシステム開発者である月岡の誘拐事件を担当する。かつて悪質な遠隔操作プログラムを配布した容疑で自らが捕縛した凄腕ハッカー・武岱の協力を得た万田は、ITエンジニア誘拐の影に隠されたビッグデータの闇に迫っていく――。作者は元ソフトウェア開発者であり、作中では緻密なサイバー犯罪と並行してITエンジニアの仕事や労働環境などがリアルに描かれる。難解な専門用語も噛み砕いて解説されているため、現役エンジニアはもちろん、ITに疎い読者もIT業界を身近に感じながらストーリーを楽しめる。2015年刊。
伊坂幸太郎『モダンタイムス』
システム会社に勤める渡辺拓海は、失踪した先輩・五反田の後任として、ある企業に依頼された出会い系サイトの仕様変更を引き継ぐ。神を意味する「ゴッシュ」という名のその企業の仕事を進めるうちに、プロジェクトメンバーの上司や同僚を次々と不幸が襲い始める。五反田失踪の謎とメンバーに降りかかる不幸の原因を追う渡辺は、5年前に起きた銃乱射事件の真相にたどり着くが……。作者は映像化作品も多い人気作家で、元システムエンジニアの経歴を持つ。作中では国家や組織の描写についてシステム構築に携わるSEらしい視点が生かされている。2008年刊。
テッド・チャン『息吹』
ヒューゴー賞・ネビュラ賞をはじめ、多くのSF文学賞を受賞している米国人作家によるSF短編集。仮想ペット「ディジエント」の育成を任された女性が過ごす人工知能との日々を描いた『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』など9篇が収録されている。作者は技術翻訳やマニュアル制作を手がけるフリーのテクニカルライターで、大学時代の専攻はコンピュータ・サイエンス。本作はいわゆる「IT業界」を描いた作品ではないものの、現代のテクノロジーが向かう先を暗示するような知的好奇心に溢れた一冊となっている。2019年刊。
逸木裕『虹を待つ彼女』
人工知能を恋人にできる恋愛アプリ「フリクト」を開発する工藤賢は、死者の人格を人工知能に移植するプロジェクトに参加する。プロトタイプとして選ばれたのは、自作のゲームとドローンを使い、白昼の渋谷に騒動を巻き起こして自殺したゲームクリエイター・水科晴だった。晴のデータを解析するうちに工藤は次第に彼女に惹かれていく。やがて工藤の元へ「調査を止めなければ殺す」と何者かからの脅迫が届く。作者は現役のウェブエンジニア。作中ではAIの仕組みが噛み砕いて解説されている。第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。2016年刊。
竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』
親の借金を返済するため臓器を売られる寸前だったAI技術者の三ノ瀬は、フリーランスで犯罪者の五嶋に人工知能を欺く技術を買われて、自動運転現金輸送車襲撃に協力することになる。二人の前に次々と立ちはだかるAI、ヤクザ、カジノ、天才エンジニアを相手に、三ノ瀬と五嶋のコンビはお互いの知性と技術を武器に現金強奪を目指す。作者は現役エンジニア。作中には人工知能、ドローン、ブロックチェーンなどのテクノロジーが登場し、ITを駆使した主人公たちの活躍が爽快に描かれる。ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。2020年刊。
ホラーの巨匠が書く『IT』は、IT違いだが一読の価値あり
インターネットで「IT 小説」を検索すると必ずヒットする作品が、スティーヴン・キングの長編ホラー小説『IT』だ。こちらは英語の代名詞it(それ)を意味しており、「イット」と読む。IT(情報技術=Information Technology)とは無関係だが、キングの代表作の一つであり、巧みなストーリーテリングと登場人物の織り成すヒューマンドラマが持ち味。一度は読みたい良質のエンターテイメント小説だ。
スティーヴン・キング『IT』
1958年のアメリカ。メイン州デリーでは、子どもの失踪事件が相次いでいた。町に住むはみ出し者の集まり「ルーザーズクラブ」を結成した7人の子どもたちは、事件の背後にいる邪悪な存在に気づき、「IT(イット)」と呼んで立ち向かう決意をする。そして1985年、再び現れたITにより、また町の子どもたちが消えはじめる。大人になった7人は、今度こそITに打ち勝つため27年ぶりにデリーへと再集結するが……。初刊は1986年。現在までに2回映画化されている。
文/oki