連載/石川真禧照のラグジュアリーカーワールド
フェラーリが2019年10月に日本で発表した「SF90」だったが、その後、実車はなかなか日本に入ってこなかった。「SF90に試乗しませんか?」という連絡がフェラーリジャパンから入ったのは、2021年の夏。ようやく試乗できるクルマが用意できたという。
実車はガレージに駐められていた。リアには太いコードがつながれている。もちろん電源用コードだ。「SF90」はフェラーリ初のプラグイン・ハイブリッドということを改めて実感する。車名の「SF90」だが、SFはスクーデリア・フェラーリの意味。90は90周年のこと。スクーデリア・フェラーリはフェラーリの創業者エンツォ・フェラーリが自ら監督を務めたレーシングチームで、スクデリア・フェラーリを設立してから90年にあたる。
レーシングドライバーでもあったエンツォは、アルファロメオのドライバーだったが、アルファロメオの中に、スクデリア・フェラーリを立ち上げたのだ。このレーシングチーム90周年を記念したモデルが果たしてどのようなクルマとして登場したのか、とても興味があった。
初めて対面した「SF90」はフェラーリレッドではなく、レーシンググリーンに近い深緑色にシルバーのストライプという、フェラーリらしからぬ地味(?)なカラーリングだった。しかし、そのスタイリングはドライバーの位置を車体前方に移動するなど、新しい方向性が示されていたのだ。
デザインはフェラーリ・スタイリングセンターのデザインチームが手がけた。F8 Tributoに代表されるミッド・リア・エンジンクーペと、La Ferrariなどのスーパーカーの中間に位置するデザインだと、フェラーリは説明している。
プッシュ式のドアボタンを押し、運転席に座る。ドアを開けるとドアシルに「Assetto Fiorano」の文字が。「SF90」は、フェラーリとしては初めて標準仕様とスポーツ指向仕様のバージョンを設定した。「Asseto Fiorano」はスポーツ仕様の名称で、GTレーシングからのアップグレードアイテムが数多く装備されている。
まず、マルチショックアブゾーバー、ドアパネルとアンダーボディーはカーボンファイバー、スプリングとエグゾーストライン全体はチタンを用いている。これらで約30kgの軽量化を達成した。さらにカーボンファイバー製リアスポイラーも加わる。タイヤもミシュランパイロットスポーツカップ2を専用に開発し、装着している。
クルマの印象だが、かなりレーシーな仕上げだ。運転席もシートの上下は電動だが、スライドやリクライニング、ハンドルのテレスコやチルトもすべて手動式だ。グローブボックスも省略されている。90周年を記念したモデルはレーシングチームの周年記念にふさわしいレーシーなモデルを目指しているのだろうか。
パワーユニットも凄い。ガソリンエンジンのV8ターボは4ℓ、781PS、800Nm。「SF90」は馬力は1000PSなので残りは220PS。これは3基の電動モーターが受け持つ。2基はフロントアクスルの左右に独立して搭載される。もう1基はエンジンとギアボックスの間に設置される。バッテリー容量は7.9kmhなので、モーターだけでの走行は25km程度だ。
しかも、モーター走行はフロントの2基のモーターが受け持つ。つまりEV走行は前輪が担当するのだ。V8エンジンも使えばフェラーリのスポーツカーとして初めての4輪駆動を採用したのだ。ハンドルの左にあるダイヤルはEV/HV/充電/1000PSの4モードが選べる。走り出す前のレクチャーで「1000PSモードは公道では使用しないで下さい」と厳命を受けたので封印。
右の赤いダイヤルはWET/SPORT/RACE/CT OFF/ESC OFFが選べる。もちろん、通常走行はSPORTで十分。8速ATのシフトはH型のシフトを模してはいるがR/A/M/Lはすべて各々のレバーを操作する。マニュアルシフトはパドルだけで行なう。ポジションを調節し、スタートする。ハンドルは重めの操舵力。カーブでは抵抗感もあり、さらに重く感じる。
街中でのV8、4.0ℓターボ+モーターの走りは大人しい。60km/hで7速に入り、1400回転あたりで巡航できる。高速走行でも100km/h巡航はDレンジ8速1600回転。7速でも2300回転なので、エキゾースト音の侵入も少ない。乗り心地は硬めだ。上下動もソリッドに伝わってくる。ただし、ハンドリングに関しては、かなりクイック。手首の動きでノーズは瞬時に向きを変える。その動きはレーシングカー的。公道の高速コーナーでは気を使う。日本の一般道や高速道路では上下動も発生し、ややハネ気味。そのセッティングはサーキット路面に合わせてあるかのようだ。
HVモードで0→100km/h加速を計測してみると、スタートと同時にモーターパワーで一気に頭がヘッドレストにへばり付いた。エンジン回転計は8000回転。ハンドル上部の警告灯も点灯する。思わずアクセルをちょっとゆるめてしまった。全開はサーキットの幅広い直線コースでしか試せない!と思った。それでも3秒台。1000馬力モードだとどんな加速をするのだろうと思うと恐ろしくなったのだ。
「SF90」は電動シートやグローブボックスも省略した記念モデル。それはスクーデリア・フェラーリというレーシングチームの90周年モデルにふさわしいスパルタンなレーシングカーに近いモデルだった。
◆ 関連情報
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/sf90-stradale
文/石川真禧照(自動車生活探検家)
雑誌「DIME」の連載「カー・オブ・ザ・ダイム」を長年にわたり執筆。取材で北米、欧州、中東、アジアをクルマで走破するなど、世界のクルマ事情に詳しい。国内外で年間に試乗するクルマは軽からスーパーカーまで200台以上。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)副会長。日本モータースポーツ記者会(JMS)監事。日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)選考委員。
撮影/萩原文博(静止画)、吉田海夕(動画)