ネクタイは合格だが、スーツの色はNG
衆院選を前に行われた10月18日の党首討論会。岸田総理とN党・立花党首(NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で)には、ある共通点がありました。国民民主党・玉木雄一郎党首、日本維新の会・松井一郎代表にも共通することです。
それは4人とも「赤いネクタイ」だったこと。ネクタイはイメージ戦略におけるキーアイテムであり、赤いネクタイで「情熱」「闘志」「威厳」を表現できます。衆院選を前に各党党首が揃う勝負の場にふさわしい色で、イメージ戦略として効果的だったといえるでしょう。
アメリカ大統領選において候補者が直接対決するテレビ討論会は、勝敗を左右する重要なイベントですが、そこでもネクタイの色に注目が集まります。後に詳しく書きますが、ケネディが、ニクソンとの討論で若さと闘志をアピールするのに使われた赤いネクタイは鉄板とされています。2020年のバイデン大統領、トランプ大統領による第2回のテレビ討論では、トランプ氏が赤のネクタイ、バイデン氏が青のネクタイで、それぞれの政党のイメージカラーでアピールをしました。エネルギッシュで大統領のイメージに近かったのは、トランプの方だったのではないでしょうか。しかし公平さに欠ける発言や相手が話している間の聴く姿勢がメディアで大々的に取り沙汰され敗因となりました。
私は服装やプレゼンテーション、スピーチの面から経営者や政治家のコンサルティングを行って20年程になりますが、今回ほど服装に意思を感じた党首討論会は記憶にありません。ようやく日本の政治家にもイメージ戦略の重要性が認識されてきた、グローバルスタンダードに近づいたと感慨深いものがありました。
他の党首たちのネクタイは、色彩心理学的に冷静沈着を感じさせるブルー、親しみを感じさせる黄色、女性に人気の高いピンク、日本人のプレーンな顔立ちを引き立てる効果があるストライプなどで、それぞれの方の雰囲気にはよく合っていました。しかし、党首討論会で最もアピールすべきは「親しみやすさ」よりも「政権を取るという気概」「これからの日本を任せられる強さ」のはずです。対象も若者だけでなく、幅広い年代となります。そう考えると、やはりあの場面では情熱と威厳のある赤のネクタイがベストだったといえます。
同じようにスーツの色もさまざまでした。党首討論会はテレビ中継されるといっても公式な場であり、男性、女性問わずダークネイビーのスーツが正解となります。唯一の女性である社民党の福島党首は鮮やかなブルーのジャケットでしたが、どのような戦略があったのか気になりました。
例えば菅前総理は官房長官時代、「令和」の元号を発表する際に拉致被害者救出運動の象徴である青のネクタイを選び、その思いで、日米首脳会談に同じ服装で挑んだと語っています。
このように服装には、意図的にメッセージを託すことができるのです。
眉毛が薄いままなのはマイナスイメージに
今回、服装以外で私が注目したのは「眉毛」です。しっかり整えられて、プロのメイクが付いているのかもしれないと感じられる方もいました。眉毛は感情の動きが表れやすく、顔の中で重要なパーツです。平安時代は眉毛を抜いて、その上に楕円のいわゆる「麻呂眉」を描いていましたが、これは眉には感情が表れやすいため、奥ゆかしさを表現する邪魔にならないように隠すためだったと言われています。眉をひそめる、柳眉倒豎などの言葉もあるように眉も“口ほどに”ものを言うわけです。
髪の毛が薄くても、まゆげがきりっとしていれば印象は変わります。加齢によって眉毛が薄くなりますが、薄い部分があるとパワーがない印象になります。濃い眉毛に目が行くと思われがちですが、実はない部分にも目がいきやすいため、薄い眉毛も意外に目立ちます。党首討論会では、まゆげの薄い部分をしっかり書き足している方もいた一方、薄いままの方もいました。意見を戦わせる党首討論の場ではマイナスイメージです。
そして、評価すべきは眉毛がどうだったか、ではなく、眉毛にまで気を配った「意識の高さ」にあるといえます。なぜなら、今回は菅前総理が退陣後、初めての総選挙だからです。菅前総理が最後まで「発信力」が弱いと言われ、4月の日米会談では「サイズがダボダボ」と服装に対して厳しい声が相次いだのは記憶に新しいでしょう。それまで、総理の話し方や服装がここまでトピックになることはありませんでした。
私は永田町で取材をすることもあり、このコロナ禍で「菅前総理だからこそできたことがある」と、そのリーダーシップを評価する声をよく聞いてきたので、それが伝わっていたらと思わずにはいられません。
つまり、外見、スピーチ、ふるまいなどで多面的に判断されることを理解しているかも問われるようになったわけで、眉毛はその判断基準の1つなのです。
スピーチは聞くものではなく「見るもの」
今回、発信力の要素の1つである服装については、全党首とはいえないものの、ほとんどの方がしっかり対策をしていたと思います。中でも岸田総理、玉木代表は完璧でした。一方で、話し方やジェスチャー、姿勢については苦手な方が多く、どの方もテレビの前の有権者に向けて話すという意識が足りないと感じました。
特に岸田総理は話す出番が多かったせいもありますが、回答にたどりつくまでの話が長く、「このように」「これによって」といった指示語を多用していたのが気になりました。話している本人には「この」が何を指しているか分かりますが、映像だけをみて聞いている側には分かりにくいもの。こういう場面では回答を述べた上で解説する、うまく間をとるといった、視聴者の立場を考えた「聞きやすい」話し方が求められます。
ジェスチャーも手を動かせばいいわけではなく、細かい動き、手をひらひらさせるような軽い動きは見る側を疲れさせます。そして、ジェスチャーには指揮者のように人々を扇動するパワーもあるので、イニシアチブを感じさせる動きや、手の動きを話に合わせてきちんと止めるといったテクニックが必要です。
姿勢についても時間が長かったせいか、途中からひじをついたり、前のめりで座ったりしていた方がいたのが残念でした。特に並んで立つ、座るという場面で、姿勢の違いは一目瞭然です。
私がクライアントによく言うのは、スピーチは聞くものではなく、「見るもの」だということです。1960年のアメリカ大統領選で初めて討論会がテレビ放映され、それまで不利な状況にあった43歳のケネディが、47歳のニクソンに対して「若さ」をアピールするイメージ戦略で選挙に勝ったのは有名なエピソードです。
この時、ニクソンはポーディアム(演台)に両手を置いていたため、背中が丸まりがちだったのに対して、ケネディは立っている時も座っている時も姿勢が良く、テレビ目線ではつらつとしていたといわれています。
服装はアドバイスを受ければ、その日から変えることができます。しかし、話し方やジェスチャー、姿勢などは、本人が意識を変えなければ身につきません。私のクライアントの多くは、90分のレッスンの最後にようやく手を動かしながら話せる方がほとんどです。効果的にジェスチャーを交えながら話せるようになるには、さらに時間がかかります。そういう意味では、若いうちからリーダーとしてのふるまいを学べる場が必要かもしれません。
政治家の顔を拡大して見る時代
「見られる」という点では、アメリカの大統領選挙では討論会で使うペンにまでこだわります。大統領は法案に署名する際に敢えて数十本のペンを使い、それを立法に貢献した人などに贈る文化があります。バイデン大統領は副大統領時代にオバマ大統領から贈られたボールペンを肌身離さず使い、大統領選のテレビ討論でも使用することで「自分がアメリカ大統領に近い人物である」というイメージを演出したと言われています。
このエピソードを踏まえて党首討論会を見ると、青いサインペンや鉛筆などが目立ってしまい、戦略が感じられなかったのが残念です。
党首討論会をはじめ、政治家が話す映像は、テレビだけでなく、スマートホンやパソコンでも見るようになりました。これは解像度が上がり、拡大して細部まで見られるようになったということでもあります。今後はアメリカのエグゼクティブ同様、日本の政治家も肌のトラブルをカバーするような意識が当たり前になっていくかもしれません。
私はクライアントがモーターショーでプレゼンテーションをするのであれば、背景と展示する車の色を確認した上でジャケットやネクタイを選びます。今回の党首討論会では、服装に意思を感じる党首が増えていたことを考えると、今後は党首討論会や首相官邸の部屋の背景の色や照明なども考慮して戦略ありきでスーツを選ぶ政治家が増える可能性は十分にあるでしょう。
文/乳原佳代(うはら・かよ)
印象戦略コンサルタント。有限会社キャステージ 代表取締役。大阪府出身。航空会社退職後、英国ロンドンシティーリットでコミュニケーションを学ぶ。帰国後、印象戦略コンサルティング会社キャステージを起業。危機管理の観点から、行政や大手企業で演説トレーニングや服装戦略を手掛ける。また、日本政策学校講師、上智大学グリーフケア研究所認定臨床傾聴師、麹町中学校「制服等検討委員会」アドバイザー、ラジオ日本「ラジオ時事対談」レギュラーも務める。