半世紀近くも愛され続け、生産を終了したヤマハSR400の後を引き継ぐように登場したホンダのGB350。シングルエンジンならではの鼓動感と、最新バイクとしての機能性や走りやすさを備えてやって来たニューカマーに跨がり、ツーリングに出てみた。
オリンピックが終わり、町の空気にも少しだけ秋の気配が漂いだしたとき、友人との約束を果たすため、ライディングジャケットに腕を通した。真夏の熱気というか、まさに熱風を縫ってまでツーリングに出掛ける気にはなれなかったのもあるが、なにより友人の新しい相棒の納車を待っていたために、この時期になった。彼の愛車は「SR400 Final Edition」。1978年3月登場以来43年もの間、数多くの人々の支持を受けてきたバイクだが、ついに生産中止がアナウンスされた。それにいても立ってもいられなくなった50代の友人が、躊躇なく購入した。
白状すれば私も欲しかった。いや昔からズッと心のどこかにSRがあった。その魅力と言えばビッグシングル(大排気量の単気筒エンジン)の鼓動感。馬が全速力で走るときの、あのギャロップ感というか、体に伝わるビッグシングルならではの振動が、何とも心地いいからである。さらに最大の重量物であるエンジンが、単気筒になることで軽量となると同時に、ボディ自体も細身で仕上げられる。まさに人馬一体感の心地よさを味わうには最良の選択肢として存在感を発揮していた。
一方で、SRがデビューし、人気が出てきた頃の私はと言えば、カワサキZ750FOUR(名車Z2RSの流れを汲むマシン)という4気筒エンジンのマシンが愛車だった。つまりギャロップ感を顕著に感じることがなく、SRとは正反対の性格を持っていると言っていいバイクだった。マルチシリンダー(多気筒エンジン)の大きなメリットと言えば振動が少なくスムーズに回転が上昇すること。回転バランスの良さによって、まるでモーターのようにスムーズにエンジン回転が上昇し、鋭く加速していく感じには、ビッグバイクの魅力ならではの快感が詰まっていた。当然、マルチ化によってエンジンの幅は大きくなり、ガソリンタンクからシリンダーヘッドやクランクケースがはみ出してしまう。だが、それさえもカッコ良さと感じていた。
そんなバイクライフを送りながらも、心の中では「そろそろSRかなぁ」などと思いながら過ごしてきた。だからこそ今回のSR生産中止の報を耳にしたときには「これで魅力的なビッグシングルが消える」と思い、残念であり、そして寂しくもあった。
ところが、その後を継ぐようなタイミングで登場したのが「ホンダGB350」である。ヤマハSR400の、クラシカルな味わいが醸し出すエレガンスに対して、新世代のGB350は、程よいクラシカルな雰囲気の中に、独特の力強さが備わっていた。私が友人とのツーリングに連れ出したのは、この2021年4月にデビューしたシングルエンジンのマシンである。
乗りやすさと鼓動感の心地よさの先にあるもの
マットパールモリオンブラックと言うマッドブラックに塗られたGB350。シートのカラーはボディカラーに関係なくブラウンである。そのトラディショナルで重厚さのある佇まいを見る限り、SR400より排気量が50cc少ないという印象を受けない。実際、GB350は全長で約10cm、全幅で5cm、全高でわずかだが5mm大きく、シート高は1cm高く、そして車重でも5kg重いのである。見た目の風格では決してSR400に負けていない。そして実際に跨がってみると、シート幅やサイドカバーなどの影響か、SR400よりも足つき性がやや劣る。
そんな印象を感じながら早速、走り出してみた。排気量だけで言えば「350ccをビッグシングルと呼ぶべきか」と言った議論もあるかもしれない。だが、実際に走り出してみると、その力強さや意外なほどのスポーティなエンジンフィールのお陰で「これはビッグシングルと呼んでもいい」と感じた。
それにしても心地いいギャロップ感である。アクセルを戻し、エンジンブレーキがかかったときの吸気の感覚、アクセルをググッと開けたときのリズミカルな排気音と共にエンジン回転が上昇する感覚、すべてにおいてシングルエンジンならではの、心地いい鼓動を全身で感じられるのである。そしてもう一点、その振動を長く感じていても苦にならないことである。
実は友人とのツーリング途中で、お互いのバイクを入れ替えてみた。そのとき最初に感じたのはSR400の振動の大きさであった。「一日乗っていると、振動で手が痺れていく」というのである。さすがにGB350は現代のバイクらしく、振動についても抑制が効いていた。心地いい鼓動だけを拾い集めてライダーに与える。その味つけには、さすがに時間の経過というか、進歩を感じたのである。おまけによく曲がるし、ブレーキも確実に効き、なんとも軽快でスポーティな走りをツーリング中、ズッと楽しめたのである。
小回りのきく、この乗りやすさがあれば、リターンライダーが感じる不安感はかなり払拭され、ストレスもなくなる。ツーリングの終盤、彼はこれから冬用のライディングジャケットを見にいくという。50代の彼はどこか「いい年をして」と呼ばれることを、むしろ喜んでいるようなところがある。だから、冬に向けての心意気は当然か、と納得した。
いま、バイクに乗ることは、別に青春を取り戻すことでもなければ、意地を張っているわけでも、ましてやカッコつけているわけでもない。それなりに年齢を重ねてくると、そんな感覚だけでは寒風の中にバイクで、乗り出そうなどとは思わない。実は年齢を言い訳にしない「心の生存確認」のために、バイクに跨がるのではないだろうか。GB350、その相棒とするにはうってつけ、と感じながら自宅へと向かった。
ティアドロップ型燃料タンクと長いシートでクラシカルな雰囲気を演出。
燃料タンク容量は15Lで、WMTCモード値での燃費は41km/L。
美しく延びる一本のエギゾーストパイプ。つや消しのブラックボディとの対比が美しい。
シフトペダルは後ろにも踏み込める「シーソー式」。靴底だけでシフトできるためブーツの傷みも気にせずに済む。
シート高はSRとほぼ同じだが全幅が広く、リアスタイルに重厚感がある。
ブラウンのシートにブラックのステー、つや消しブラックのフェンダーなどトラディショナルな雰囲気に仕上がっている。
ホイール径はフロント19インチ、リヤ18インチ。前後ブレーキにABSが標準装備となる。
スペック
価格:550,000円(税込み)
ボディサイズ:全長×全幅×全高:2,180×800×1,105mm
車重:180kg
駆動方式:チェーン駆動
トランスミッション:5速MT
エンジン:空冷単気筒OHC 348cc
最高出力:15kw(20PS)/5,500rpm
最大トルク:29Nm(3.0kgm)/3,000rpm
問い合わせ先:ホンダ TEL:0120-086819
TEXT : 佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。