■連載/ゴン川野の阿佐ヶ谷レンズ研究所
35mmフォーマットを作ったLEICA
カメラに興味のない人もLEICAというブランドには反応するだろう。「ちびまる子ちゃん」の親友、たまちゃんのお父さんが愛用するカメラであり、「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」にも登場するカメラの一流ブランドだ。LEICAのルーツは、1914年にエルンスト・ライツ社の技術者オスカー・バルナック
一眼レフ以前のカメラには距離計を内蔵したレンジファインダーが搭載されていた。LEICAは銀塩時代にLEICA M3で凝りに凝ったレンジファインダーを完成させて、世界中のカメラメーカーを震撼させた。一眼レフが登場してからも、シャッターが切れる瞬間も像が消失しない、撮影範囲の外側まで見える、スナップに向いているなどの理由から、M型LEICAを愛用する人々は世界中におり、それに応えて数多くの現行モデルが存在する。
デジタル版M型LEICAの最新モデルLEICA M10-R
今回はM10ファミリーの中でも4000万画素を超える高解像度を誇るLEICA M10-R(115万5000円)に、高性能な LEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH. (105万6000円)と、明るいLEICA SUMMILUX-M F1.4/28mm ASPH.(89万1000円)をお借りした。作例撮影にはLEICA M6を仕事に使われていた写真家、小平尚典氏にお付き合いいただいた。
ライブビューに対応したレンジファインダーのM型LEICA
レンジファインダーカメラというM型LEICAの特徴は、ビギナーにとってそのまま敷居の高さになったが、LEICA M10はライブビュー対応なのだ。つまりモニター画面を見ながらスマホ感覚で撮影できる。レンジファインダーでは不可能だった70cmよりも近距離でのピント合わせができ、距離計に連動しなかった交換レンズも拡大画面で精度の高いピント合わせが可能になった。LEICA M10は上級者だけでなく初心者にも優しいデジタルカメラになったのだ。ちなみにLEICA M9はライブビュー非対応でLEICA M(Type240)から対応となった。
赤バッチか筆記体刻印かそれが問題だ
歴史と伝統のあるLEICAには他のメーカーでは問題にならないことが、ユーザーにとって重要視されることがある。カメラ正面にある赤い丸の中にLEICAと描かれたエンブレム、通称、赤バッチの存在。これはフィルムカメラのLEICA M6から、採用されており、それ以前はトップカバーに筆記体でLEICA、そして「LEICA CAMERA WETZAR GERMANY」の刻印のみだった。まあ、位置は違うがLEICA M4-Pにも赤バッチが付いていたが。これを踏まえて、デジタル版のM型、LEICA M8、LEICA M9、LEICA M、LEICA M10にも赤バッチが付いている。
ところが、赤バッチのないモデルも存在する。LEICA愛用者の中には正面の赤バッチは目立ち過ぎる。赤バッチ不要と黒テープを貼ったり、塗りつぶす人もいたので、LEICAが赤バッチのないモデルを用意したのかどうかは定かではないが、デザイン違いは確かに存在する。M10ファミリーでは、LEICA M10-P、LEICA M10-D、LEICA M10 Monochromeに赤バッチが付いていない。LEICA M10はトップカバーには刻印なしだったのだが、LEICA M10-Pは刻印が復活している。こうなると赤バッチか刻印かで悩むことになる。さらにシルバークロームボディという選択肢もある。
上がLEICA M10-R、下がLEICA M10-Pである
正面から見ると赤バッチなし刻印ありと赤バッチあり刻印なしとなる
電池とSDカード交換はLEICA M3と同じ底板を外す方式を採用
センサーにゴミが付いているかどうかを確認する機能を搭載。
ズシリと重いそれがLEICA
フィルム時代のLEICAはズシリと重かった。LEICA M3は重量595gもあった。高級機だったので逆に気が抜けるほど軽くても困るのだが、この伝統はデジタルにも引き継がれ、LEICA M10-Rの重量は660gもある。つまり、フルサイズミラーレスのCanon EOS R5より、Nikon Z7より、SONY α1より重いのだ。
これにレンズが加わると撮影重量が1kg超えのこともあり、気軽にスナップするには慣れが必要とされる。無論、ボディにもレンズにも手ブレ補正機能はないので、この重さが手ブレを抑える役割を果たしているのかもしれない。ともかくLEICAは金属部品を多用しているので、カチッとした質感、操作感が得られ、軍艦部のブラックペイントが剥げてくると金色の真鍮の地金が出てくるのもLEICAならではの渋みである。
LEICA M10-RにLEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH.を付けると実測958gだった
LEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH.
SUMMICRONと言えば、M型LEICAの標準レンズとして定番であり、開放絞り値F2のレンズに対して付けられる名称である。特にSUMMICRON 35mmは1958年に生まれてから開発が続けられているLEICAの顔とも言えるレンズなのだ。APOは色収差を抑えるアポクロマート補正を意味し、非球面レンズ3枚と異常部分分散ガラス6枚を使った新製品で、従来レンズの限界を超える描写性能を追求している。LEICAで撮るなら、SUMMICRONは欠かせないレンズだ。
最短撮影距離は30cmで、70cm以下ではライブビューを使ってピントを合わせる
LEICA M10-R LEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH.1/1000sec F4.8 ISO100
しまった、どこにもピントが合っていない。AFカメラではあり得ない失敗。広角35mmでも絞り込まないとパンフォーカスにはならない。LEICAの厳しさを実感
LEICA M10-R LEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH.1/250sec F3.4 ISO100
絞り開放でライブビューを使ってピントを合わせた。これはガリピン。訓練すればレンジファインダーでもこのようにピントが合わせられるはずだ
LEICA M10-R LEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH.1/500sec F2+1 ISO100
夜景で絞り開放。背景のボケが美しい。これ以上ボケると何が写っているか分からなくなるので、F2という開放絞り値はスナップにはちょうどいいのかもしれない
LEICA M10-R LEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH.1/45sec F2 ISO100
高感度ISO6400で撮影。少し粒子が荒れてフィルムで撮影したような雰囲気になった。フルサイズなので感度を上げても問題なく、レンズの高性能もそのまま活かされた
LEICA M10-R LEICA APO-SUMMICRON M F2/35mm ASPH.1/180sec F2 ISO6400
LEICA SUMMILUX-M F1.4/28mm ASPH.
開放絞り値がF1.4と明るい28mm。LEICA M3に50mmレンズが似合ったように、デジタルのM型には28mmレンズがマッチする。なぜなら、レンジファインダーの対応画角が28mmまでだからだ。ブライトフレームを気にせずファインダーを見たまま撮れる画角が28mmなのだ、これが24mmや21mmとなると外付けのファインダーが必要になる。M型LEICAの標準レンズは28mmと言ってもいいだろう。
コントラストが強い風景でも白飛び、黒つぶれの心配ナシ! 明るい場所での線香の煙、暗い場所での階調性が見事に再現されている
LEICA M10-R LEICA SUMMILUX-M F1.4/28mm ASPH. 1/500sec F2.4 ISO100
暗い高架下から強い陽射しの当たった車道まで破綻のない描写。神田駅の横にあるリベットの陰影が立体的に浮かび上がって見えた
LEICA M10-R LEICA SUMMILUX-M F1.4/28mm ASPH. 1/250sec F3.4 ISO100
街角の小さな鳥居のある佐竹稲荷神社。奥は普通の人家に見える。F8まで絞ったので非常にシャープな描写になった。歪みは少なくわずかに上に向かってパースが付いている
LEICA M10-R LEICA SUMMILUX-M F1.4/28mm ASPH. 1/250sec F8 ISO100
RICOH GR 28mmF2.8
1997年にRICOHから3000本限定で発売されたLマウントレンズ。同社のコンパクトカメラGR1に搭載されたレンズを交換レンズ化したもの。LEICA M10-Rに純正以外のレンズを付けたくて持参。距離計も連動して気分良く使えた。M型LEICAが1台あれば世界の有名レンズが選び放題となり、LEICA以外のレンズ沼にハマる可能性も大きい。
ヌケが良く歪みも少ない、周辺光量落ちも少なく現代的なレンズだった。ズシリと重いのでボディとのバランスも良かった
LEICA M10-R RICOH GR 28mmF2.8 1/250sec F8 ISO100
100%で切り出してみると、さすが4000万画素だけあって高解像度、看板の文字もハッキリ読める
LEICA M10-R RICOH GR 28mmF2.8 1/250sec F8 ISO100
Voigtlander SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Aspherical
小平氏が持参した超広角レンズ。幻のZeiss Hologon 15mmF8の代わりにLEICA用として人気のあった傑作Lマウントレンズだ。1999年に開発され、II型、III型と進化を続けている。最短撮影距離は30cm。超広角レンズでこれだけ小型化できるのもレンジファインダーカメラの長所である。
超広角らしいパースと周辺光量落ちがある個性的な画像。コントラストが高く発色は鮮やかだ
LEICA M10-R Voigtlander SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Aspherical 1/250sec ISO100
どこまでも参道が続くかに見える奥行き感に引き込まれる。暗部もつぶれずに描写されている
LEICA M10-R Voigtlander SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Aspherical 1/750sec ISO100
最新のIII型では抑えられた周辺光量落ちが楽しめる初期型レンズ。最短撮影距離30cmもLEICA M10-Rのライブビューを使えば容易にピント合わせができる
LEICA M10-R Voigtlander SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 Aspherical 1/250sec ISO100
LEICA M10-Rは巻かなくてもいいLEICAだ
久しぶりにLEICAを手にしたという小平氏は「デジタルのM型LEICAはフィルムを巻き上げなくてもどんどん撮れるのがいいね」と目を輝かせる。ファインダーから目を離さず、ブレないように巻き上げレバーを操作していかに連写するかがLEICAは難しかったという。それが今ではシャッターを押すだけでどんどん撮れる。しかもフィルムの残数を気にする心配もない。
LEICAの作法が身に付いている小平氏に比べて、レンジファインダーでのピント合わせに慣れていない私は、SUMMICRONを開放で撮るといった余裕は無く、F8まで絞ってパンフォーカースで撮ることが多かった。広角でノーファインダーでスナップというのも間違いではないが、それはLEICAの一面に過ぎない。今回、LEICA M10-Rを使ってみて感じたのは、レンジファインダーカメラとしても使えるし、ミラーレスとしても使える懐の深いカメラだということ。ビギナーならミラーレス的に使いながら、M型に慣れていく、ベテランなら銀塩時代のLEICAと同じ感覚で使えるに違いない。今回、短い期間だったがM型LEICAに触れて、その沼にいつかはハマってみたいと思った。
写真・文/ゴン川野