ダントツに多い九州の鳥肉消費量
総務省の家計調査(二人以上の世帯)品目別都道府県所在地及び政令指定都市ランキングは、1世帯当たりの品目別年間支出金額と購入数量のデータが掲載されている。
つまり、品目による地域差が如実に表れ、食文化における県民性をうかがい知ることができるわけで、なかなか奥深いものがある。
たとえば鳥肉消費量。2018~2020年全国平均とトップ10は以下の通り。
九州全県が鳥肉王国と呼ぶにふさわしいことがよくわかる。福岡の水炊き・とりかわ、宮崎のチキン南蛮・炭火焼き、大分の唐揚げなど、読者の皆さんもいろいろ思い浮かぶものがあるはずだ。
鳥刺しは南九州の食文化
では、鳥刺しについてはどうだろう?
実は、鹿児島や宮崎のスーパーマーケットに行くと、高い確率で肉売り場や総菜コーナーに「鳥刺し」が並んでいる。モモやムネなど、皮や表面は火が入っているものの、ほとんどタタキ状態で、中身は完全な生である。
もちろん、居酒屋でも鳥刺しのメニューは定番中の定番であり、筆者が行きつけだった鹿児島の店では、下の写真のように豪快な盛りが、お通しみたいなものだった。
生肉は原則火を通すことが求められている
とはいえ、牛、豚、鳥などの生肉を食べると食中毒のリスクがあるのは周知の事実。原因の9割は微生物であり、なかでもカンピロバクターやサルモネラなどの菌は、これら動物のほぼ全ての腸の中に生息している。
それがと畜(食肉用に解体)の過程で肉の表面に付着してしまうため、「火を通して食べる」ことが求められているわけだ。
家庭での扱い方も、肉に触れた手やまな板はそのままにしておくと他の食材に付着してしまうため、肉を扱うのは一番最後にする。逆の順番になるときは、肉を切ったあとに中性洗剤でよく洗い、熱湯や漂白剤で消毒することが推奨されている。
これらの菌は人の体内に入ると、2~7日ほどで発熱や腹痛、下痢などの症状が現れる。もし原因が腸管出血性大腸菌(O157)の時は重症化しやすいので、最大級の注意が必要。厚生労働省も肉の生食は避けるよう注意喚起している。
独自の衛生基準で細かく指導
そんな中でも、なぜ南九州では生食の状態で販売されているのか?
鹿児島県を例にすると、紐解く鍵は独自の衛生基準にあった。県(くらし保健福祉部生活衛生課)では「生食用食鳥肉等の安全確保について」と題し、
・食鳥処理場における加工
・飲食店等における処理や調理
・冷却温度
・保存や運搬
など「南九州の食文化である生食用食鳥肉について安全確保を図る」ための目標基準を定め、関係事業者に細かく指導を行なっている。
そのうえで、生食による食中毒のリスクが高いことを、販売者が表示するよう指導。子どもや高齢者など、食中毒に対する抵抗力が弱い人は生食を控えるよう注意喚起している。
事業者も独自基準で
さらに、鳥の生食加工に携わる事業者も、食文化の維持発展を目的とした「とりさし協会」を作り、勉強会や啓発を実施。独自の基準をクリアした飲食店(人に対し)には「鳥刺しマイスター証」、加工・販売店には「鳥刺し優良店証」を発行している。
このような行政と民間の努力があるからだろう、実は鶏肉における食中毒の発生件数を調べると、鹿児島県は全国的にみて圧倒的に少ない。食文化を守るため厳しい基準を守り抜いている証といえよう。
取材協力/鹿児島県くらし保健福祉部生活衛生課/とりさし協会/まつの
取材・文/西内義雄
医療・保健ジャーナリスト。専門は病気の予防などの保健分野。東京大学医療政策人材養成講座/東京大学公共政策大学院医療政策・教育ユニット、医療政策実践コミュニティ修了生。高知県観光特使。飛行機マニアでもある。JGC&SFC会員