人間は匿名になるだけで、これほどまでに残酷で無責任になれるのだろうか。
2020年7月29日よりNetflixで独占配信中のNetflix映画『ヘイター』は、ポーランドで製作された社会派サスペンス映画。
2020年トライベッカ映画祭インターナショナル・ナラティブ長編部門で、最優秀作品賞を受賞した。
あらすじ
論文を盗用したとして、大学から退学処分を受けた法学部生のトマシュ(マチェイ・ムシャウォウスキー)。
単純ミスに対して処分が厳しすぎると訴えるが、却下されてしまう。
農村出身のトマシュは、都会に住む裕福な親戚に援助を受けながらバイトを掛け持ちする苦学生だった。
就職活動も行っているが、なかなか内定が出ない。
ある日、ナイトクラブで出会った女性ベアタからPR会社での極秘の仕事を紹介される。
ミッションは、ターゲットとなる有名人の“メディアでの評判を落とすこと”、そして“動画の公開をやめさせること”。
SNSで一般の匿名ユーザーを装ってターゲットの社会的評価を貶める中傷戦術や世論操作により、トマシュは成功を手にするが……。
見どころ
日本でも誹謗中傷やヘイトスピーチは社会問題となっており、法改正が急速に進められているところだ。
匿名アカウントによる世論操作の例も、枚挙に暇がない。
SNSの匿名アカウントは、透明人間になって好き放題に振る舞うことができる“魔法のアイテム”のようなもの。
だからこそ、暴走に歯止めがきかなくなることも少なくない。トマシュの場合、私生活で鬱憤が相当たまっていたことも、拍車をかけたのかもしれない。
本作のトマシュは、周りとの経済的格差、そして文化的資本の格差に強いコンプレックスを抱く苦学生。
上流階級に生まれ育った人々と自分とはスタートラインから何もかも違うことを痛感し、どれだけ努力しても“何者にもなれない”という現実に打ちひしがれていた。
トマシュがPR会社に就職する前、ネット上に無数にある残酷な画像をチェックするアルバイトをしているシーンがある。
“誰かがやらなければならないが、誰もやりたくない仕事”であり、心を激しく消耗する“現代の重労働”だ。
本作の中では詳しくは触れられていないが、苦学生のトマシュにとっては“やむを得ず”選んだ仕事だったのかもしれない。
そんなこんなで、何とかして現在の苦境から脱出しようともがくあまり、大学で学んだ法律知識を活かせる“禁断のビジネス”に手を染めてしまったのだろう。
悪意と怒りと劣等感を爆発寸前まで溜め込んだ人間が“匿名性”と“大義名分”を一度手に入れたら、無自覚なままどこまでも残虐になれるのかもしれない。
Netflix映画『ヘイター』
独占配信中
文/吉野潤子